最近、精神世界的な話題について考える事が多くなったので、ちょっとまとめ的にここでいくつか書いてみます。
アセンション、と呼ばれる現象についてご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、そういう話題も絡めていく…かもしれません。
さて、表題にしました「波長の法則」。
スピリチュアルカウンセラーの江原啓之さんなどの番組でメジャーになりましたね。
でも、特に目新しい話ではなく、いわゆる
「類は友を呼ぶ」
ということです。これは日常生活でも実感できることが多いことでしょう。
「気が合う」「うまが合う」
こうした言葉も、やはり
「互いの波長が一致した」
ということを肌で感じて表現した言葉だと思います。
たとえ近くに住んでいても、心の波長が合わない人とは自然と疎遠になっていきます。
こういう話をご存知でしょうか。
覚せい剤の売人、というのは、結構昼間の街をうろついていたりするのだそうです。そして、覚せい剤に興味を持ちそうな人を的確に「嗅ぎ分け」、接触します。薬物を買いたいとか、反社会的な性向を持った人も、これがまた不思議なくらいその窓口になりそうな末端の人を見分けて接触してしまいます。
同じ街を歩いているのに、「普通の平凡な街の風景」と「犯罪者たちの蠢き」のような、全く違う世界が混在していて、しかもその構成員は空間的には同じところに居るはずなのに、いわゆる「住む世界が違う」状況を現出しているのです。
その昔、「トキワ荘」に、若き日の藤子不二雄ら後の漫画界の巨匠らが集っていたことは有名ですが、まさに彼らは同じ志のもとに引き合ったとしか思えません。
レベルの高い人たちは、やはりレベルの高い人と縁が出来てくるものなのです。
ですから、現在の自分のレベルを知るには、自分の周りにいる人間関係を観察してみるというのはかなり効果的だと思います。
ここでいうレベル、というのは、社会的地位等というものとはまた別の、人間的な性向をさす事はいうまでもありません。
同じように、いわゆる天国と地獄という世界もまた、本人の内面のレベルや波長によって、「送られる」のではなく「自ら選んで(自然に)行く」もののようです。
実際には、「天国」「地獄」というだけでなく、様々なレベルの世界(それこそ周波数帯的な)があるようなのですが、例えば天国がお寺の修行僧たちの生活するような世界だったとしたら、「そんな世界はイヤ」と自ら逃げ出す人もいるでしょう。
一方、この世で暴力団などのような暴力の世界、犯罪の世界になじんだ人間は、むしろ互いに威張りあい争いあう修羅の地獄のような世界の方が性にあう、と考えるかもしれません。
こんな感じで、人はまさに自分の魂の波長に「合う」「居心地の良い」世界へ、自然に引きつけられていくもののようなのです。
一方、私は、魂とはエネルギー体である…というイメージを勝手に持っています。
実際にはエーテル体・アストラル体といった区別があるようなのですが、それら目に見えない部分を、固有の波長を持ったエネルギー体だとすると、おそらくそのエネルギー体は、その波長の特徴によって自然と違う世界へ分かれていくのだろうなと思います。
貯金箱で、上から硬貨を入れると種類ごとに分かれて収納される仕組みの物とかありますよね。自動販売機の内部なんかがそうだったと思うのですが、ちょうどあんな仕組みが魂の世界にはあるような気がしています。
あるいは、水と油が分離するような形で分かれるのかもしれません。現世では、ちょうど肉体が乳化剤の役割をしていて、さまざまな波長の魂が入り交じって存在していると考えることができます。
冒頭で少しばかり触れた「アセンション」(日本神界系だと「立て替え・立て直し」)という現象では、この、さまざまなレベル(波長)の魂(精神)が、どういう仕組みでもってか、きれいに分けられ、住む世界が本当に違ってしまう…ということが起こってくるという話もあります。
どうなっていくんでしょうね…

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