2013/2/14

屋上  


午前中は、街ごと静かだ。ここから見えるのは住宅街と、国道と、それに沿った並木、その向こうに小さく商店街、さらに向こうには都心の高層ビル。遠ざかるほど景色は色をなくす。レンズを通しても同じなことは、もう何年も前から知っていた。時折体育館のほうから聞こえるホイッスルが、わずかずつ進む時間を知らせる。
何をするでもなく屋上にいるのはいつものことだけれど、鞄からのぞく可愛らしい包みが気になって何度も確かめにいく自分はまるで小さい子供だ。
彼女が今朝、寒そうに手渡してくれたもの。


―――せんぱい。


その声には返事をしなかった。自分を呼んでいると思わなかったから。始業前に後輩が自分を呼びに来るなんてことは、まずない。


―――あの、水島先輩。


名前を呼ばれ、驚いて振り返ると、マフラーだけ巻いた彼女が目を細めて俺を見ていた。教室に荷物を置いて、コートも置いてきてしまったのか、頬と耳と、膝まで赤くして、所在なげに立っていた。


―――大丈夫?
―――えっ、はい。


変な間が空いて、自分の言葉の下手さにしみじみしていると、彼女がおもむろに持っていた包みを差し出した。


―――これ、あの先輩に。
―――あの先輩?
―――あ、あの、水島先輩に。
―――ああ。


お互いに下手くそか、と思っているうちに手はそれを受け取っていて、ふわりとあまい香りがして、


―――バレンタインだ。
―――バレンタインです。


今度は、同時に言った。

彼女はそれから初めて笑って、俺のほうが照れくさくて目をそらして、彼女がそれじゃとか何とか言ったのに手を振って、包みの中身をそっとのぞいた。お菓子屋さんのようなガトーショコラ。開封しかけて、ようやくお礼を言い忘れたことに気がついた。だからメールを打ったのだった。


【昼休みまで待ってる。】




ガラガラと体育館を片づける音が聞こえて、4限が終わることがわかる。午前中まるまるサボる必要はなかったけれど、心を落ち着けるためだ、と自分に言い訳しているのがおかしかった。
彼女はきっと早足でやって来てくれるだろう。今度はコートを着てくるかもしれない。
メールにわざとつけ忘れた言葉を、今度は上手に言うための準備。
白く冷えた屋上で、深呼吸をする。
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2013/2/4

生徒会室  


シックな紺色の箱に、金色に縁取りのある赤いリボン――が巻かれていたのだろう。リボンはくるりと癖のついたまま机に落ちていて、箱の蓋は開き、ばらばらと雑につままれた中身はその人の手のひらにある。
窓際で運動部を見つめていた会長は、私のたてた物音に気づいて振り返った。

「――のチョコ」
「はあ」

聞き慣れないブランド名を聞き返すこともせず、自分の手に落とされたそれを眺めた。花のかたちだと思ったけれど、記憶に結び付く前に口に入れる。体温でわずかにやわらかくなったそれは、角のない甘さに芳醇な花の香りが溶けて、むしろ女性好みの味のように感じた。

「お前も貰ったろ」
「え?いえ、特には」
「逆にあげにくいみたいなやつ?」

会長はひとりで笑うと最後の一粒を口に入れ、ウエットティッシュで手のひらを拭った。

「お前に告白するのは覚悟がいりそうだもんな」
「真面目に答えていいのか判りませんが、覚悟のない告白は必要ありませんよ」
「ふーん」

やるべき仕事は机に積まれていて、もちろんそのためにここに来ているのだけれど、西日の差し込む生徒会室には活気もなく、私はただ会長が指に絡めてはほどくリボンの曲線を見つめた。

――告白されたんですか?

聞いてみたい気持ちはあるが、自分の納得がいく答えが返ってくるだろうか。そもそもどのような答えを求めているのか。
浮かぶのは彼女の顔だ。
何となく、先程のチョコレートは彼女の好みとは違うような気がするが、もしも彼女が会長に贈ったものなら。
無意識に舌で甘さを探った自分がひどくいやらしく思えて、顔に血が集まるのを感じた。

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