「リンゴとスイカ」の続き。
この本によると、朝鮮共産党は、韓国が日本の支配下にあった戦前に発足している。もちろん、非合法であるから、弾圧を受けた。そして、彼らは当然に「日帝」からの祖国の独立を目指して活動をしていたのだ。
「北朝鮮の共産主義者の中で、八・一五解放の日を迎えて真っ先に活動を開始したのは玄俊赫だった。」と記されている。その彼の活動とは、李承晩のような保守派や中間派らとも一緒に新政府を作ろうとする、一種の大連立の考え方によるものであった、と言う。右翼であれ左翼であれ、祖国の独立を求めて日本帝国主義と戦った者たちが大連立をして、祖国を建設すべきだ、というのである。
ところが、そこにやって来たのが、ロマネンコ少将を筆頭とする進駐ソ連軍と、彼らが連れて来た朝鮮人43名である。そこには、ソ連軍少佐の金日成(34歳)やその右腕となったソ連軍少尉の南日(32歳)などがいる。この43名は、権力の中枢として送り込まれたソ連共産党員の数であるから、彼らの家族、例えば金正日のような子どもは含まれていない。
「いわゆる『ソ連派』の主流だった彼らはまず、9月28日の白昼、平壌市内の路上で玄俊赫を暗殺することで後日の禍根を絶った。」とされる。この時から、共産主義者のみならず、一般民衆に至るまで、誰がこの国のボスなのかを認識するようになる。まことにスターリン直伝の恐るべき統治である。かくして、43人は、新たな権力の中核となり、ソ連赤軍という圧倒的な武力を背景とした権力奪取のための闘争を始めたのだ。そして、この権力闘争は朝鮮戦争を引き起こし、その休戦状態が長く続いてはいるが、今なお継続して戦われていると見るべきだ。
当初43人だった権力中枢は、その後世代交代をしているのだが、それでも、アメリカにおけるピルグリム・ファーザーズのような彼らとその子孫たちは、今でも独立朝鮮の礎のような位置を占めているのではないだろうか。
たった43人からはじまった「北朝鮮」というレジームが、今でも2千万人の北朝鮮という国家を統治し続けている。しかも、彼らは日本が朝鮮半島を支配していた間、その支配を受けていたような人々ではない。様々な事情はあったにせよ、ソ連に住み、ソ連軍によって選抜されて、スターリンから朝鮮半島に送られて来たエリート、逆に民衆から見れば、はじめからソ連軍の軍服と階級章を身に着けて、モスクワからやって来た異質な人々だったのである。
北朝鮮の権力中枢は、朝鮮半島に住んでいた人々の代表として生まれたのではなく、ソ連の傀儡だった。もちろん、李承晩を「米帝」の傀儡と見ることもできるから、そうだとすると、結局、韓半島における権力の本質は、世界的なレベルでのヘゲモニー争いが、傀儡としての韓国人同士によって争われているだけなのだ、という見方もできよう。

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