李泰著「南部軍ー知られざる朝鮮戦争」(平凡社)を読んでいる。現在の北朝鮮と韓国がそれぞれ独立を宣言したのは1948年であるが、当時「北はリンゴ、南はスイカ」との言い回しがあった、と書かれている。
すなわち、ソ連軍の援助で成立した北朝鮮は、国是としては社会主義を標榜しているのだが、その国民すべてがそれを支持している訳ではなく、表面は赤くても、実はその中味は白い、というのである。それに対して、韓国政府は、アメリカのホッジ中将をトップとする連合国の進駐軍が朴政権を事実上支配したのだが、国民の間には、せっかく日本帝国が去ったと思ったら、今度はアメリカに支配されることへの抵抗感が強く、皮が白くても、中味は結構赤いのだと言うのである。
著者は、韓国の支配下でパルチザンとしてゲリラ戦を戦った南部軍に所属していた者であり、これはその事実の記録である。
もともとソウルで生まれ、大学を出て新聞記者をしていた、という筆者は、青年らしい正義感から、米軍および朴政権に批判的になり、その結果、北側を支持する。しかし、韓国におけるゲリラ部隊は、朝鮮戦争が38度線で休戦するにおよび、孤立してしまう。韓国政府から危険視されて弾圧されるのはもちろんのこと、北朝鮮政府も、韓国からやって来る「同志」を信用せず、むしろ粛清の対象とされた。
かくして、正義を愛し、祖国のために青春を犠牲にした彼らは、誰からも否定されるようになったのである。
朝鮮戦争中の彼らの「英雄的な」ゲリラ戦の記述を読むと、彼らは、主義や思想ではなく、むしろ単純な仲間意識や若者らしい高揚感で生きていたことが分かるが、同時に、一般民衆というのも、その土地が北側の占領地域になれば、人民軍とうまくやり、連合軍に「解放」されれば、また彼らとも仲良くする、というように、生きるために色々な顔を使い分けなければならなかったことが分かる。どちらかをはっきり支持することは、自分の地域の戦局によっては、極めて危険なことだからである。
この内戦を実際に戦った者による手記というのは、はじめて読んだ次第なのだが、要するにこれは、米ソというふたつの極によって操られた同民族が、互いに騙しあい、殺し合った記録である。そして、自分の住む村が、38度線という休戦ラインのどちらに位置したかによって、彼らのその後の人生が大きく変わったことは間違いないのだが、どちら側に属したにせよ、そこが彼らの本来あるべき位置だ、ということにはならないのではないか、という気がする。すなわち、かつて日本に支配されていた彼らにとって、ソ連に支配されることも、アメリカに支配されることも、いずれも彼らが求めていたものではなかったに違いない。北朝鮮と韓国、外側は紅白に分かれているのであるが、その中身を良く見れば、実はあまり違っていないものなのかも知れない。

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