英雄というのは、何なのだろうか。
ナポレオンが現れた時、ルートビッヒ・ヴァン・ベートーベンは、彼を「英雄」として熱烈に支持したのだが、ナポレオンが皇帝となるに及んで、彼を権力欲にまみれた俗物と断じ、嫌悪することになる。これは外国人であったベートーベンだけのことではなく、フランス国民も同様に思ったので、ナポレオンは帝位を追われ、フランスは再びブルボン王朝という「正統な」王権を求めた。
さて、ナポレオンの事績とは何か。軍事的な成功はその一面に過ぎない。彼が出現し、権力を掌握したことによって、パリは今日に見るように整然と計画された近代的な都市になった。そして、人々の取引はナポレオン法典と呼ばれる民法典によって律せられることになった。
要するに、今日の我々が当然と思って、街を歩き、取引をする、という近代市民社会を現実のものにしたのが、ナポレオンであろう。
封建領主と領民というのが、長い間、社会の基礎となっていた。その中で、国王が現れて、領主たちをその支配下におくようになる。絶対王政の出現である。こうして国家という概念が現れ、富の集中と分配が国家という単位でなされるようになる。
しかし、国王にできることが、どうして自分たちにできないのであろうか、と実際に国家の内部で富を生産し、流通させている、実務を担当する市民たちは考えた。そして、国王を断頭台に送り、権力を掌握する。しかし、市民階級というものは、多数であることがその特徴なのに、権力を同時に多数の者が行使することはできない。代表者の選任が必要なのだが、フランス革命時には、多数者の中から平和的に権力の執行者を選び出すシステムなどできていない。
結局、国王を断頭したギロチンは、市民同士の権力闘争でも活躍することになって、そこには秩序が失われる。かかる事態の中、フランス国民の注目を引いたのが、周辺諸国との戦争で活躍し、フランスに勝利と栄光をもたらしてくれた男、ナポレオン・ボナパルトである。彼は単純な軍人であり、妥協や譲歩を好まなかったので、社会の現実を否定して、ビジョンをそのまま実行することに躊躇しなかった。かくして、市民革命の中で醸成されて来た近代市民社会のビジョンが、彼に採用されて、それが次々に実現されるに至った。実際には、それは彼自身から生まれたのではなく、次世代社会のビジョンを持った人々が、ナポレオンが偶発的に所有した権力を利用して実現したのである。
独裁者の価値は彼自身の能力にあるのではなく、彼が偶々どんなビジョンを持つ人々を登用するかによって決まるのであろう。逆に、ビジョンを持つ人々にとっては、多数を説得するより個人を説得する方が遥かに簡単なのだから、独裁体制は、ビジョンを実現するための絶好の舞台だとも言える。

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