彼岸花も終わりに近い。
田舎にいるとお彼岸も親戚が多く訪ねていらして、彼岸を実感する。
仏壇のある部屋をこどもが気に入っていて、朝起きると寝室をでて、とりあえず廊下の突き当たりのその和室めがけて走っていく。
ドドドッ・・・と力強い足音が一度途切れるのは、途中に一段だけ段差があるからだ。
そこを慎重に降りるとまたドドッ!と走っていく。(ってそんなに広くないんやけど)
しばらくするとチーン!と仏壇の鐘を鳴らす音。
(うちに出たねずみも夜中にこれを鳴らす)
やがてドスンドスンっと無視できない音が響いてくる頃には、なにを置いても駆けつけねばならない。
どこから見つけたのか、太鼓の太いバチを振り回している。
ああ〜〜っ、障子が!ふすまが!
笛のケース(ハード)から飛び降りる練習も始まった。
そんな状態で、片付けても端から散らかっていく毎日だ。
誰かが言っていた。
子育て優先順位はまず料理。掃除は二の次!
そうやそうや、散らかってても死なへん。
いまのわたしの座右の銘はこの「散らかってても死なへん」
そんな訳だから散らかっている。
(掃除しないわけやない、一応ホロウしておく。)
ところが彼岸ともなれば、いつ親戚がいらっしゃるかわからない。この数日間だけは何とか形を保たねばならん。
と思っていたのに、あっ・・・と思ったら遅かった。
お寺さんがいつのまにかいらして廊下をすすすーっと歩いていかはる。もう間に合わない。
しかし、今回の散らかり、実は犯人は私。
楽譜を書きはじめると、自分の座っているところを中心に
円形に譜面やら録音機材やら笛やらが散らばる。
立つと座っていた所だけがぽっかり空いて、主人を待っているのだ。
この風景は母も同じ。
母も仕事を始めると床に円状に資料が散らばり、そこから脱出するのに足を必死に伸ばさないといけないことに。
本人にとってはどこになにがあるかわかっているので、
「絶対に触らんといて!」と言う。
以前、フルート工場に勤めていたときに観察した結果、職人の机は「整頓型」と「カオス型」の2種に分れていた。
整頓型はものの見事に、それはもう嫌味なくらいに片付いていた。その隣のカオス型は、工具が山のように積み重なって、どこで作業すんの?というほどだったが、こういう職人さんもまず工具を探すということはない。
どこになにがあるか、わかっているのだ。(かっこいい〜!)
ところで、父は整頓型だ。
背が高いので、高いところにものをしまう。
お弁当は具材を切って、箱に納まるように詰めるので仕上がりが美しい。
母は前述のようにカオス型。
背が低いので、父が掃除をすると圏外のものが増えると怒る。
お弁当は蓋を開けると、びっくり箱のようにカラアゲが飛び出てくる。
わたしは背はどちらかというと高い方だろう。
椅子に乗らないと届かないところは整理されているが普通に手が届く程度のところはカオスだ。床はもう述べた通り。
お弁当は材料、切ります。
うまい具合がどうかは知らんけど、ブレンド遺伝されたようだ。
さて、嫁ぎ先は旦那を除いた全員が「整頓型」だった。
旦那だけが漏れたのか。残念!
こどもはどうだろう。
いまはまだ未知数だが、両親がカオス型ということは・・・?
写真の線路は姫新線。
最近水害で被害の甚大だった津山と新見を結ぶ。
単線で、車両はかわいい一両だけ。
こどもが電車とバスの違いを分っているのやろかと時々思う。

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