黒子みて確かめている右左
という句を持ってきた女の子の、左手の指の付け根にうっすらと黒子のあるのが見て取れた。「そっか・・あなたも幼い頃の刷り込みからなかなか抜け出せないんだね」と言うと、その子は「今でも右左を確認するときは黒子に目が行く癖が抜けなくて」と恥ずかしそうにニッと笑って背中を向けた。
たぶん4歳か5歳の頃「このホクロのある方が左手、もう一つの方が右手だよ」と、何度も何度も教え込まれたに違いない。そうなると、成長してからも「ホクロのあるほうが左」という幼い頃の刷り込みからはなかなか抜け出せない。もう右左ぐらいはなんでもない知識になっているはずだが、彼女は無意識にホクロに目がいってしまうのだろう。
実はおなじような経験が私にもある。恥ずかしいことだが今でも咄嗟に右と左の判断ができない。車を運転していて、「そこ右」と指示されると無意識のうちに必ずバンドルを左にきる。知識としては右左は当然わかるのだが、意識としては、「箸を持つほうが右」と何度も教え込まれているだけに、幼い頃の家族が食事をしている映像を意識の中に再生して、そこにいる私の箸をもつ右手を確認して、初めて知識として右が判断できるようになる。車を運転する時は、その0.何秒かの映像を取り出す時間がないために、トンチンカンな行為をしてしまうことになる。
特に私の場合は先天的な左利きを、左手に袋を掛けられて強引に右利きにさせられた経過があるだけに、よけい右左の判断がややこしくなるようだ。
このことは恥ずかしいことだから誰にも話したことはなかった。だが話してみると同じ悩みをもっている人はかなり多いことがわかった。もしあなたの隣に左利きのひとがいたら、咄嗟に右はとっち?と聞いてみるといい。瞬間的に左を指すはず。あるいは0.5秒ほど遅れて正しい判断をするはずだ。
左手に黒子のある少女に私は、おなじ悩みを持つ者の連帯感のような親しみを覚えた。
高校生のための川柳講座のワンシーンである。
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