どの地方も川柳の高齢化と体質的な閉鎖性に悩み、その閉鎖性になんとか風穴を開けたい少数が苦闘している。だが苦闘は本当の苦闘なのか。ただの頭でっかちの机上論ではないのか。あるいはたらたらと愚痴を言うことで自分だけを正当化していないか。
四国松山の「GOKEN」は松山の古い体質からずり落とされた、あるいは自らずり落ちた少数の、いわばアウトロー集団として細々と立ち上がったと聞く。それは立ち上がったと言うよりも、肩を寄せ合う仲間意識の出発でしかなかったようだ。当然さまざまな迫害があったとも聞くし、松山にあっては存在そのものすら認知されることもなかった。
しかし、リーダー原田否可立氏の「川柳は何を書いても自由なんだ」という簡潔なメッセージが、若い人たちの心をとらえた。古い結社で、誰にでも解るように575の鋳型に流し込む言葉に、心の叫びがないことに気づいた若い人たちが、初めて表現の自由に気がついた。川柳という鋳型に自分を嵌めるのではなく、言葉で自分の器を作るのが定型の文芸だと気づいた人たちは、ぽつりぽつりと「GOKEN」に寄ってきた。寡黙な否可立氏は、両手を広げて笑顔で迎え入れたのだろう。
全国に呼びかける誌上大会、松山でのGOKEN大会の開催によって、自分たちの存在を自覚し、そこに寄せられた作品を糧とし研鑽し、井上せい子さんなど全国に流通する作家も少なくない。かつては認知すらされなかった存在から、今では松山の結社大会などにも選者の要請があるという。
志のある書き手は大会を軽視する。軽視しながら、おつきあいだからと言い訳しながら存在証明のように参加する。軽視するなら行くな。行くのなら内部からの改革に手をつけろ。地方の川柳の改革は、一も二もなく大会の改革に始まる。傍観していたら改革は永遠の課題のままで終わってしまうだろう。(つづく)

3