巻頭エッセーが2本。一本は歌人・羽田野令さんの「平賀胤壽『水摩』を読む」。川柳人とはまた別の味わいの、歌人としての切口は、万葉集の例を引きながら、句に歌人らしい細やかな光を当てる。
もう一本は「川柳大学」会員として、新子の門下であった芳賀博子さんの、突然の新子の死、そして「川柳大学」廃刊のあとの、戸惑いを素直に綴る「いったいここはどこだろう」。彼女とは「川柳大学」で何年か一緒だったが、パーティの席で二言三言話した程度で、向き合って話したことはない。しかし、当時はまだ結婚前の美しいお嬢さんという感じで、確かコピーライターを職業にしていたはず。風の五月を突き抜けてゆく光りのような、素直で、強靭でしなやかなバネを思わせる句はいくつか記憶に残っている。
根こそぎの痕に月光が溜まる 博子
美しく切断されるつながれる
よく晴れて金魚に空を見せている
階段がずっと遊んでくれました
手のひらのえさも手のひらもあげる
編集後記によれば、現在は坪内稔典氏の俳誌「船団」に、エッセーのコーナーを任されて頑張っているらしい。

4