【世界に花束を】
「お母さん、よういち君、にじ子ちゃん、その後変わりありませんか。
元気に暮らしていますか。
お父さんは今、お前たちのところからもう何千キロも離れた、遠い南の島にいます。
知っての通り、お父さんの仕事は写真家だから、この戦争が飛び火する度に、その後を追わなくてはいけないのです。
お父さんが戦争を撮りに行くと言った時に、お前たちはずいぶん泣きましたね。
けれど、誰かがこの争いの悲惨さを伝えねばならないのです。
皮肉なことに、この島の景色の美しいことといったらありません。
その大自然に包まれて、お父さんは、人間も自然の一部であるならきっと美しいもののはずだのに、どうして醜い争いなどしてしまうのか、などと思ったのです。
この間、ある噂を聞きました。
あまり言いたくはないけれども、これだけは伝えておかねばなりません。
いよいよお前たちの住んでいる国が、この大きな戦いに参加することになったそうです。
そのうち、お父さんの手紙もなかなか届かなくなるでしょう。
どうぞ、気を確かに持って、正しく暮らしてください。
よういち、にじ子、お母さんの言うことをちゃんと聞いて、兄妹仲良くするのですよ。
一日の終わりには、今日したことの反省をしなさい。
そうして立派な大人になって、戦争の起こらない世の中を、あなたたちの手で切り開いてください。」
世界中に 幸せが 消えていく
世界中に 幸せが 無くなっていく
世界中に 花束を・・・
世界中に 花束を・・・
「この手紙は、面会に来てくれた従兄弟のセイちゃんにこっそりと渡したものです。
うまく届いてくれれば良いのですが・・・。
入院してからふた月ほどが経ち、足の傷もだいぶ癒えてまいりました。
窓の外では満開の桜が咲き誇り、国の桜を忍ばせます。
昨日、隣のベッドにいたTという若者が、脱走を図って捕まりました。
銃殺にこそなりませんでしたが、恐らくTはもっとも過酷な戦場に行かされることになるでしょう。
皆はTのことを馬鹿だと言いますが、強ち私にはそうとも思えません。
むしろ馬鹿げているのは、個人の自由を完膚無きまでに奪い去っているこの戦争という状態で、Tはただ単に、己の自由意志に則ったに過ぎません。
こんなことを言うようでは、たかしは兵隊として失格ですね。
まったく、何故私のような死の覚悟とてない、ノンシャランな人間が銃を持つのかというに、それは、銃後にいるお母さん、妹のよし子のためと言う他ありません。
たかしは、愛すべき家族のいることに感謝しております。
いずれ近いうちに前線に出ることになると思います。
妹のよし子はどうしていますか。
あれは世慣れぬところがあるので、とても心配です。
いつの日か帰ることができたなら、お母さんの作った煮物をたらふく食べたい、そうして好きな絵を思う存分描きたいです。
何よりも、お母さんの元気であらんことを。」
世界中に 幸せが 消えていく
世界中に 幸せが 無くなっていく
世界中に 花束を・・・
世界中に 花束を・・・
幾千もの想いをのせて、手紙は今日も世界中で認(したた)められる。
トロントで、サンフランシスコで、リバプールで。
配達された手紙。
配達されなかった手紙。
封に入れられることすらなかった手紙。
そのどれもに人の切なる願いが込められている。
悪意の篭った態度が人を不快にさせずにはおかないように、慈愛に満ちた言葉もまた、その人を揺り動かさずにはおかないだろう。
一度転がり出してしまった戦争は、巨大な破壊を以ってしか止めることはできない。
歴史が証明するように、それはひとつのきっかけが世界中を席巻していった、悪夢のバタフライ効果だ。
しかしまた、一個の分子運動が全体に波及するというこの構造を信ずるならば、我々の書かなくてはならないのは、平和への願い、ただそれだけである。
世界中に 花束を・・・
世界中に 花束を・・・