身体・心・仕事・暴力

40にして惑いは増える一方の暮らしの中でのこと、狭いテリトリーですが庶民の目で見たこと感じたことのブログです。

 

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投稿者:タコス
 地下鉄サリン事件。映像の中ではなく生々しい体験としての。あれはいったい何のためのテロ/無差別殺傷だったのか。小伝馬町、突き時、霞ヶ関と日比谷線に乗るたびに、問いかけて見るけれどもちろん犯人たちの罪はあまりに深い。
 ただ、それに至るまで垂れ流され、増幅されたメディアの発信と、それにかじりついていた観客がいてこそ、実行する意味が生じた劇場型犯罪だったことは、単に犠牲者や被害者への同情だけでは癒しがたいトゲのようなものがいつまでも引っかかっている気がします。
 何十台もの救急車やレスキュー車両があらゆる邦楽から一斉に都心めがけて突っ走っていった異様さを、売り場を離れてずっと道路で眺めつくしていた自分を思い出しました。
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