嫂を娶る話

2017/11/30 | 投稿者: 鹿苑院

兄亡き後、弟が嫂(兄の嫁)と結婚するという行為はまあ日本人の感覚ではおぞましいことだと思う。
中国(漢族)でもその感覚は同じで、「三国志演義」で桂陽の太守・趙範が趙雲に降伏した時、同姓の誼で義兄弟の契りを交わしたが、調子に乗って未亡人となっていた嫂を趙雲に嫁がせようとしたため、「義兄弟になった以上、おまえにとって嫂なら私にとっても嫂。それを娶るなどという人でなしの振る舞いができるか!」と激怒した趙雲にタコ殴りにされる場面がある。
漢族も日本人と感覚が同じというよりは、漢族の倫理観が日本に伝わったとみるべきかもしれない。

ただし世界的に見るとこれを別段タブーにしていない文化も多い。遊牧民の間ではむしろ頼る人を亡くした嫂を娶ることで保護してあげるという美談になる。
むろん満洲人も例外ではなく、清朝の摂政王ドルゴンはこれをやっている。そしてこれが死後の不幸の因になった。娶った嫂には息子がおり、これが順治帝である。ドルゴンは順治帝の摂政として清朝を牽引するが、彼の死後この甥はドルゴンを皇室から除名し墓を暴き死体を斬首している。幼時から漢文化に染まっていた順治帝にとっては叔父と母の行為は不潔としか思えなかったのだ。

旧約聖書にも嫂を娶る話が出てくる。それも神の命令でである。これによりオナンという青年が嫂を娶るのだが、子供ができてしまうとその子は亡き兄の子という扱いになり自分は財産を相続できなくなるので、性交時に故意に精液を地に漏らすという行為をしたため神の怒りを買い殺されている。
これが「オナニー」の語源になったのだが、元来は「生殖を目的としない射精」のことであり現在の意味とは少し違う。
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