通り道は戦場

2016/3/29 | 投稿者: 鹿苑院

安保法施行。まことにめでたい。

Twitterで、「非武装・軽武装中立を表明した国が『単に通り道だから』というだけの理由で侵攻された例もある。そして中国が太平洋進出しようとしたら日本列島はまさに通り道」という意味のツイートがあった。
そういう例を歴史の中から考えてみたら真っ先に浮かんできたのは豊臣秀吉の朝鮮出兵だった。秀吉の構想ではあれは朝鮮出兵などではなく唐入りである。あくまでも目的は中国を支配することで、朝鮮は通り道に過ぎない。

オレは愛国反韓の右翼で近代の日韓併合は責められる筋合いは無いと思っているが、秀吉の朝鮮出兵に関しては公平な目で見て日本が加害国であることは認めざるを得ない。
安保法に反対している人々はきっと韓国や北朝鮮が大好きだろうけど、その大好きな朝鮮の国家がかつて通り道だというだけで戦争に巻き込まれた事実を知れば、安保賛成派の主張がよく理解できることだろう。
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2016/4/3  14:47

投稿者:鹿苑院

刀伊の入寇とか元寇とか、朝鮮人が日本に攻め込んできた事件もあるわけで、歴史的に見て
日本がいつも加害者というわけではないですね。

秀次の一族が生き残らなくても、冬の陣開戦前の交渉の段階で秀頼が大坂城を明け渡して大
和郡山城に移っていれば、それだけでも豊臣は存続できたと思います。秀長ゆかりの城で豊
臣にとっても縁深い城ですし。

2016/4/1  19:50

投稿者:ふみた

豊臣秀吉の朝鮮出兵は日本が加害国ですが、400年以上も前のことを批判される筋合いはないですよね。

豊臣秀吉の晩年の失策として取り上げられることの多い朝鮮出兵ですが、私はそれ以上に、豊臣秀次とその妻子を皆殺しにしたことのほうが、豊臣政権への大きな打撃になったと考えます。
秀次の息子のうち誰かが生き残っていれば、徳川幕府の中でも小大名として存続することができたと思います。


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