2017/3/30 | 投稿者: 鹿苑院

どうしたものか、あれほど好きだった香水がどんな銘柄でもうるさく感じるようになった。特に食事の時などに箸を持った手から匂ってくると(手首に香水をつけるので)、飯をまずくさせる特効薬のようなものである。

欧米では香水をつけていないと「なぜあなたは無香なの!?」と変に思われることもあるというが、少なくとも日本で生活している上では香水をつけていなくて困ることはない。
つけていたら「あら、いい香り!」と好感度が上がるなどということはレアケース。つけているゆえに「香水がくさい」と嫌われることならあり得る。逆に「無香だから」といって顰蹙を買うことはまず絶対にない。
折しも春である。どんな上等な香水でも人工的である以上、花々の自然な香りには勝てない。春の陽ざしの中で深呼吸しても香水の香りが混じっていては「空気が美味しい!」と素直に言えるだろうか。

というわけでパッタリと香水をやめた。何か香りが欲しい時は白檀の粉末を少量手首にまぶしているが、まったく人工的でない天然の香木の香りだからこれは心地良い。これに比べると巷のサンダルウッドと銘打った香水がいかに嘘っぱちかがよくわかる。
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2017/3/30 | 投稿者: 鹿苑院

名古屋城天守閣の木造再建が決まった。もちろん財源の問題があるし、名古屋市民の間でも賛否両論あるが、名古屋市民でないごく無責任な歴史ファンの立場からは賛成したい。

鉄筋コンクリートの現天守には思い出が詰まっている。だからあれが取り壊されることは寂しいといえば寂しいが、内部は城の風情など微塵もなくエレベーターで昇り降りできるものだから「あれは城じゃない」という声も少なくない。三大都市と言われながら市内に観光地らしい観光地が無いという名古屋の弱点を補強する意義も大きい。
徳川家康が計画し、小堀遠州がデザインし、加藤清正が陣頭指揮をとって築いた天下無双の城…その本当の姿をこの目で見たい。
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2017/3/21 | 投稿者: 鹿苑院

今話題の教育勅語の現代語訳はこちらをどうぞ。

ごく醒めた言い方をさせてもらえば、右翼も左翼も教育勅語を過大評価し過ぎである。当り障りのない平凡な事しか書いておらず、ありがたがる程の物でもないし危険視するのもおかしい。

左翼がアレルギーを起こしそうな箇所を挙げるとすれば、「皇運ヲ扶翼スヘシ」「朕カ忠良ノ臣民」だろうが、これは確かに現代にはそぐわないにしても勅語の書かれた時代の制約からして仕方がない部分ではないか。
否むしろ、例えばイギリスは今でも公然と王国だし国歌で女王を讃えている。イギリスばかりでなく世界中に王国はまだいくらでもある。それらの国は前時代的な軍国主義国家かと言われたらそれは違うわけで、そう考えるとひとり日本だけが公に天皇を奉じることを禁止される謂れはない。だいたい皇帝や王様を否定した20世紀の共産主義諸国の惨状を見るがいい。あれが良いとでも言うのだろうか?

というわけで、森友学園で教育勅語を暗唱させていても私立なら特に問題はないし、公立学校で教育勅語を排除したのがけしからんと言う気もない。どちらのベクトルにしろ取り立てて騒ぐような問題ではない。
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2017/3/19 | 投稿者: 鹿苑院



子供の頃に聴いていた歌をふと聴きたくなった。大人になって聴き直すと歌詞の沁みることよ。
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2017/3/12 | 投稿者: 鹿苑院

「多数決=民主主義」ではなく、多数決を否定しなければならない場合もある──と発言したキリスト教徒のおっさんが炎上している。

僕は基本的にネット民側の意見に立つことが多いが、こういう時に多い「多数決は民主主義の基本だろうが!」という書き込みは間違いであると断言できる。そう、多数決=民主主義だと思っている人が多いが本当はそれは違う。

かつて「外交とは何か」で書いたように、議論とはまずお互いが100%自分側の主張を出し合い、そこから双方納得できる妥協点を探っていくものである。民主主義とイコールなのは多数決ではなく「誰にとってもそれならまあいいかと思える妥協案が出て全会一致」である。
多数決は本来、全会一致ができない時の非常手段に過ぎず、民主主義の本質では決してない。むしろ多数決をとらねばならない状況になった時点で議論は失敗したと考えるべきである。

ただ、日本においては野党には自分の考えはなく「与党が白といえば黒」ぐらいの行動基準しか持っていないので多数決にどうしてもなる。そのうえ政治家も国民も大多数が「多数決=民主主義」という間違った思い込みを持っているのでそれでいいと思っている。つくづく日本人は民主主義を知らない。
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2017/3/10 | 投稿者: 鹿苑院

朴槿恵罷免の判決が出たことで支持派によるデモ・暴動が起き、死者まで出たという。記者に暴行を加え、警察とも武力衝突している。

警察との武力衝突といえば、我が国にもかつて学生運動というのがあった。この世代は今でもサヨクをやめられない老人が多いが(チャーチルが「いい歳してサヨクやめられないのはアホ!」と言い切ったまさにそれである)、そのサヨクは韓国のデモを「成熟した民主主義」と絶賛している。
なんだ、何十年経ってもまったく進歩していないじゃないか。結局やつらにとっての民主主義というのは「権力との闘争」と称する暴力に他ならない。正義の味方のつもりで反社会的な行動をするやつが一番たちが悪い。

今やテレビもこういう韓国の姿を報道するようになってきた。韓国が野蛮で危険な国だということは保守速報を見ているようなニッチなネット民だけの認識ではなくなってきた。
…と言いたいところだが、現実には僕の周りには韓国好きがうようよいる(高卒の女が多い。医療機関というのはアンバランスな所で、ドクターは6年大学に行って国家試験に合格しないとなれないが、他のスタッフは高卒無資格でもなれるものがある)。
この期に及んでまだ韓国を嫌いにならずにいられるというのは、いったいどんな隔離された空間に住んでいるのだろう? きっとこういう野蛮な暴動を見ても無礼な反日活動を見てもまったく気にも留めずそんなの関係無いとでも思っているのだろうけど。
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2017/3/7 | 投稿者: 鹿苑院

実は今さら『相棒』にハマっている。今がシーズン15だが見始めたのは14からで、従って今の冠城亘が僕が見ている右京さんの唯一の相棒である。好きすぎて映画は2回観に行った。

水谷豊さんは田中実さんと親交が深かったという話を田中さんが亡くなった時に聞いたことがあって、その時は『相棒』を見ていなかったため水谷さんには興味がなく、あまり気に留めなかった。
ふとそういえば、と思い出して調べてみたところ、『刑事貴族』という番組で水谷さんとタッグを組んでいたらしい。別の番組での相棒だったわけだ。
なにか、『相棒』にハマったのはサコミズ隊長が右京さんに会わせてくれたからのような気がしてきた。
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2017/3/5 | 投稿者: 鹿苑院

昨日はアナ雪が地上波で放送された。アナ雪といえば「ありのままの姿見せるのよ ありのままの自分になるの」という歌詞の歌『レット・イット・ゴー』が話題になったが、マツコ・デラックスが「ありのままじゃだめなのよ」とツッコミを入れていた。同感である。

古くは河島英五の『時代おくれ』という歌がある。有名どころではSMAPの『世界に一つだけの花』もある。
これらの歌は別に悪い歌ではなく、曲解せずに聴けば良い歌なのだが、悪用されやすいことはちょっと考えればリリース前にわかるはずで、わかっていながら世に出したことは無罪にはできない。

世の中の変化についていけない頑固者は『時代おくれ』に慰められただろう。人と比べて劣等感のある者は『世界に一つだけの花』に励まされただろう。自分の現実にコンプレックスがある者は『レット・イット・ゴー』に勇気づけられたかもしれない。
だが忘れてはいけない。慰めはあくまで慰め。改善できるのならした方がいいに決まっている。ダメな現状を肯定するものではないのだ。ただしこれらの曲は時代遅れであることや人に劣ることや自己を改善しないことがさも良い事であるかのように歌っているという大きな落とし穴がある。

現代の現実とまったく噛み合わない時代遅れな言動で周りを呆れさせている老害、ファイトが湧かない無気力な自分を「世界に一つだけの花」と美化する若者、自分の欠点を知っていながら改善する努力をせず「ありのままの自分」と称して受け入れてもらうことを期待するムシのいい人間──。
彼らは決して肯定されたりましてや褒められているのでもない。作詞家も作曲家も歌手もそんな人間を助長するために歌を作ったのではないだろう。

あと、余談を付け加えれば「頑固」という言葉を肯定的に使う風潮もやめてもらいたい。
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2017/3/2 | 投稿者: 鹿苑院

このところ朝のワイドショーは連日同じ話題ばかり。すなわち金正男暗殺と森友学園である。マスコミが偏向しているのは今に始まったことでもないが、森友学園に関する報道には違和感がある。

森友学園の教育姿勢については、ネトウヨの僕でもドン引きである。やりすぎである。あれを適度に批判するのはまあいい。
ただ、問題の本質はあくまでも国有地の8億円値引きの方のはずで、教育方針についてのことは副次的な問題のはずなのだが何故かマスコミはヒステリーを起こして、園児が教育勅語を暗唱する同じ映像を毎日流している。

特定の政治思想を刷り込むのは教育基本法に反するから、ともっともらしい批判をしているが、日教組が共産党であることを知らない者はいない。音楽の教科書の「君が代」のページを隠すようにプリントを貼ることを命じられたという話はいくらでも聞く。小学校の歴史の教科書は何故あんなに韓国が日本から受けた「被害」についてページを割いていたのだろう。
小中高の12年間を通して一度もアカ教師に遭遇しなかった人はいないのではないか。むしろ本当に教育基本法のその条項を順守している学校があるのなら教えてほしい。もっと言えば事あるごとにマスコミが躍起になって擁護しようとする朝鮮学校が政治的に中立な教育をしているとはどうしても思えない。

反日親中親韓は良いが愛国反中反韓は絶対に許さず連日しつこく批判を繰り返すマスコミの姿を見れば、マスコミ人はどういう人たちで構成されているのかが透けて見える。
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2017/2/24 | 投稿者: 鹿苑院

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童友社の小田原城のプラモはこういう形をしている。ただし北条氏の時代には小田原城に天守閣はなかった。それが造られたのは江戸時代になってからのこと。
小田原城のアイデンティティはその広大かつ複雑な構なのだから、個人的な感想を言わせてもらえば天守閣だけというのは寂しい気がする。少しは周りの小建築群を付けてほしい。もっといえば小田原城に関してだけはむしろ天守閣がなくてもいい。

城というものの概念は日本と中国ではやや違う。日本では城と城下町は別物だが、中国では両者は一体であり、町全体を城壁で囲んだものを城と呼ぶ。
小田原城の場合、秀吉の侵攻に備えて城下町全体を城壁で囲んだので、いわばその最終形態で中国式の城になったと言える。他に日本の城でその形をとったのは僕の知る限り石山本願寺だけだが、その両城は難攻不落を謳われた城の東西横綱であることを考えると、中国式の城の方が堅城たりえるのかもしれない。まあ小田原城は中国式になった途端に落城したわけだが。

ちなみに地図を見るとわかるが小田原は関東地方の南西の隅にあり、西から箱根を越えてくる敵を迎え撃つには都合が良いが例えば北から上杉謙信が攻めてきたりすると小田原までの道はほぼすべて蹂躙されることになる。関八州の首府としては偏り過ぎであり、家康がここを本城にしなかったのは当然といえば当然である。
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