2017/2/19 | 投稿者: 鹿苑院

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欧米人がイメージする日本というのはやはり誇張や誤解が含まれる。
例えば『アイ・カーリー』でも日本に来るエピソードがあったが、実際に日本ロケをやっていないのは誰が見ても明らかで、サムライ・ゲイシャほどベタではないにしても、「アメリカ人がイメージする日本」の範囲からは脱出しきれていなかった。

この「エリザベスアーデン グリーンティ」は日本をイメージした香りとはどこにも書いていないが、日本人の僕が嗅いでも紛うかたなき「日本」である。
名前の通り、基本的には緑茶の香りだが苔の匂いもする(実際ラストノートにオークモスが入っている)。そこからなにかこう、銀閣寺の庭で深呼吸をしたような気持ちになった。この香水はまさに東山文化である。

ひょっとしたら香水だとすら思われないのではないかというほどの軽やかな香り。どこにでも売っている上に小学生の小遣いでも買えそうな値段なのもうれしい。鹿苑院といえば茶というのが畏き辺りでも浸透してきたようだから、これは僕のためにあるような品と言えるかもしれない。
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2017/2/16 | 投稿者: 鹿苑院

暗殺された金正男氏は、キムファミリーで唯一のまともな人だったと思う。暗殺されるのではないかとは以前からささやかれていたが、本当にこんな映画のような手口でやられるとはまったく驚いた。

インタビューでの金正男氏はまったくの人が良さそうな紳士的な笑顔で、亡くなったことが惜しまれるのだが、「紛れもなく非道な独裁者の一族で人民から搾り取った金で太りディズニーランドに遊びに行く人物がちょっと物の分かったことを言ってるだけで良い人だと思うのは、ヤンキーがたまに良いことをしたら偉く見えるのと同じ」という意見もあって、それも一理ある見識と思う。

とはいうものの、こんなやり方で兄を殺した金正恩の末路も安らかであるはずがない。金正男氏を保護していた中国との関係もまずくなるだろう。アメリカはタカ派のトランプ大統領である。もしアメリカが北朝鮮に宣戦し、中国はこれを黙認するということになったら北朝鮮など風前の灯火に等しい。
天網恢恢疎にして漏らさず。兄を殺したことで金正恩は自分の首を絞めた。
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2017/2/12 | 投稿者: 鹿苑院

先日、フィリピン人の親子の患者さんが来た。息子の歯がグラグラになってきたから抜いてほしいという要望だったが、見てみると確かにちょっと揺れてるけどさほどでもない。
本人も嫌がってたし、「まだ抜かなくていいですよ」とお母さんに話したのだが、お母さんは日本語があまりわからないらしく、たぶん「抜かなきゃだめよ、おとなしくしなさい」みたいにタガログ語(?)で息子を一生懸命なだめているありさま。それに対して息子本人と僕と歯科助手の3人でお母さんを説得するという珍しい図式になった。お母さんの方はたぶん僕と歯科助手は自分の味方だと思っているのだろうが…。

他の患者さんもいてそっちに行かなきゃいけなかったので、「ちょっと説得しといてくれ」と歯科助手に任せたが、しばらくして戻ってみるとまだやってたので、改めて自分で説得した。
他の患者さんを見ながら、「まだ抜かなくていい」という意味の英文を頭の中で組み立てていたので、それで話したらやっと納得して帰っていった。いやー、英語で仕事できる僕かっこいい!(笑)

ちなみに考えた英文はこちらです。文法的にどこまで正しいかは不明。
「He does'nt need remove this tooth. It's too early. We want let it be.」
たぶんneedの後は名詞形でないとおかしいので、removingにするべきだったのだろう。
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2017/2/12 | 投稿者: 鹿苑院

このブログでは自分を指す時に「オレ」を使ってきた。せっかく知的な内容なのに(ありがとうございます)「オレ」は似付かわしくない、「私」か「僕」にしてはどうかという指摘を過去にいただいたことがあって、この問題はずっと考えていた。

「僕」という一人称は近代においては長州藩の倒幕派志士が使い始めたとされている(古代でよければ古事記にも出てくるが、「ぼく」とは読まなかったらしい)。「僕」をこれまで使ってこなかったのはそういういわば敵国語だからなのだが、いつの間にか実生活ではこれを使うことが一番多くなった。カジュアルでもフォーマルでもどっちでも使えて便利だからで、そうするとこのブログでだけ「オレ」と書く方が違和感を覚えるようになってきた。

というわけで、次の記事からは「僕」になります。
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2017/2/4 | 投稿者: 鹿苑院

香水を使う者ならブルガリは誰でも通る道らしい。ド定番中のド定番。定番過ぎて没個性とすら言われる。日本では香水を使っているやつ自体が少数派なのでそこまで没個性って程かなあ?と疑念はあったものの、まあ没個性ではつまらなさそうと今までなんとなく避けていた。
ただ、オレの中でなんとなく意識の変化が起こっていて、香水をつけるにしてもいかにも香水でございというような香りよりも、「なんとなく良い匂いがすると思ってたけど香水だったの!?」というようなさりげない香りが欲しいと思うようになった。すなわち今までの好みは柑橘系だったが、石鹸系への鞍替えである。

石鹸系というのは案外難しい。そう名乗っている商品はたくさんあるが、どれもシャンプーのような香りで、「香水でござい」になってしまう。ネットのレビューを見ながら、石鹸系でかつ入手しやすいものを探したら浮上してきたのはブルガリだった(高級ブランドのイメージがあるが香水は定番ゆえかそんなに高価ではない)。
一番人気はブルガリ プールオムらしいが短時間で匂いが消えるらしいので、二番人気の青い瓶が美しいブルガリ ブルー プールオムを試香させてもらったところ、これまでにないほど気に入った。

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つけたては生姜のピリッとした匂いがするがこれはすぐに落ち着き、あとは石鹸そのものの匂いになる。オシャレ雑貨店にあるようなカラフルな香りの石鹸でもシャンプーでもなく、どこの家の風呂場にでもありそうなシンプルな白い石鹸の匂いである。これを探していた。やはりみんなが選ぶ定番商品は優れた品なのだ。もっと早く素直になるべきだった。
青は陰陽五行説では東方の色である。柔和だがピリッとした芯を隠し持っているような、坂東武者たる者はこの香りのようであるべきではないか。
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2017/1/27 | 投稿者: 鹿苑院

「東海地方のお嬢さんは縁談をまとめるのが本当に大変」──東京にも支部を持つ結婚相談所のスタッフのおばさんがそう言っていた。その理由は、「保守的で親元を離れたがらないから」だそうだ。
その時はふーん、なるほどという程度に聞いていたが、今はその分析の的確さに舌を巻く思いがする。

婚活とは関係無いが、昔の職場にいた事務の女の子も「結婚しても絶対○○市から出ない。○○市に住んでくれる人としか結婚しない」と言い切っていた。自分の生まれ育った土地以外はアネクメネだと思い込んでいる女性は少なくともここ東海地方では彼女に限った話ではない。

オレがお見合いをして、まあ本格的に付き合ったといえるであろう最初の女性もそういうタイプだった。オレはその彼女を家に連れてきて両親に会わせるところまでいったのだが、その少し後にフラれた。
両親は「うちの家を見て『なんだ、こんなところか』と思われたんだろう」と分析していたが、それは違うと断言できる。別に我が家はとりたてて狭くもないしボロくもない。むしろおそらく(外からしか見たことがないが)彼女の家より広いはずである。
では本当の理由は何かというと、きっと彼女は結婚が現実味を帯びてきたら親元から離れることが急に怖くなったのだ。毎晩2時までゲームをやり、仕事は半日だけのパート(それすら最近始めたばかりでずっと家事手伝いだったらしい)で許されているぬるま湯モラトリアム生活をやめたくなかったのだ。
無論それは30歳近い成人の考えとしてはあるべきでないことだけど、「ここ東海地方はそういう保守的な人が多いから」と言われればなんとなく納得してしまうものがあるのは同じ東海地方民ないしはビジネスか何かで東海地方民と関わったことがある人ならわからないこともない感覚と言っていいのではないか。

つい最近も「生活感が合わないから」という理由で断ってきた女性がいたが、何をかいわんやである。自分のそれまでのライフスタイルを捨ててパートナーと新しいそれを作るのが結婚というものではないのか。婚活をしておいて生活感が合わないなどとほざくのは、サッカー部に入っておいてボールを足で蹴るなんてお行儀が悪い!とほざくのと同じくらいに場違いな言動である。どうしても生活感が合う相手を探すとしたら、それは同じ家で生まれ育った兄弟しかいないだろうが、彼女は自分の弟と結婚するつもりなのだろうか。
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2017/1/22 | 投稿者: 鹿苑院

酒にもギャンブルにも興味が無く、いわゆる飲む買う打つの中で興味があるのは女だけ。「これだけ欲が女にだけ集中している奴も珍しい」というお褒めの言葉を頂いたこともある。
そのさしものオレが近頃、元気が無い。疲れやストレスが大きな原因らしく、疲れなら日々の仕事で人後に落ちないぐらい疲れているし、婚活鬱寸前でストレスも絶えない。どちらも思いっ切り心当たりがあるがすぐには取り除くことができない要因だから、後は栄養面を改善するしかない。すなわち、亜鉛である。

亜鉛の代名詞であるカキの旬は冬というイメージが強いが、それはマガキ(真牡蠣)の話。マガキのシーズンが終わると入れ替わるように夏が旬のイワガキ(岩牡蠣)が出てくる。つまり、マガキでないとダメだ、イワガキでなければ嫌だというようなこだわりがなければ広義のカキならほぼ1年中食べることができる。
カキというのは不思議な食材で、魚介類を生で食べない欧米人がこれだけは食べる。逆に魚介類ならなんでも生で食べたがる日本人が生ガキを食べるようになったのは明治以降に西洋の食文化が入ってきてからのこと。生で食べる文化が西洋から日本に輸入された珍しい例である。なぜ人類はカキに対してだけこうまったく逆の対応を示したのかどうにもよくわからない。

ちなみに伝統的なフランスのカキはヨーロッパヒラガキという種類だが、1970年代に寄生虫で大打撃を受けたために日本からマガキを輸入して養殖を始めた。このため現在、フランスのカキの大半は日本のカキの子孫である。
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2017/1/15 | 投稿者: 鹿苑院

宝石にはあまり興味が無い。どのぐらい無いかというと、ダイヤモンドとピカピカの赤銅なら赤銅の方が美しいと思うぐらいだ。パワーストーン効果も半信半疑というより二信八疑といったところ。

ただ例外はあって、ラピスラズリという石はちょっと欲しいと思っていた。片仮名めいた名前に馴染みが無い人には瑠璃といえば通じるだろう。
薬師如来はフルネームを薬師瑠璃光如来というので直接的に瑠璃と繋がるのだが、瑠璃は極楽浄土七宝の一つでもあるので阿弥陀如来とも縁がある。

ま、そうはいうもののあまり宗教的な意味もパワーストーン効果も考えず、単純に宝石を愛でるだけでいいじゃないかという気持ちで買った。深い青が美しく、これが地中に埋まっていると思うと不思議な気がする(むろん、鮮やかな青になるためには原石を磨かなければならないが)。宝石好きの気持ちが多少わかる気がした。
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2017/1/14 | 投稿者: 鹿苑院

「満洲」とは本来、民族の名前であって地名ではない。それまでは女真族といっていたが、これには「属民」という意味があるため清朝2代皇帝ホンタイジが改名させた。
「満洲(マンジュ)」は彼らが盛んに信仰していたマンジュシュリー(文殊)菩薩に由来するもので、「洲」という字があたかも特定の地名を想像させがちだがただの音写に過ぎない。

しかし表意文字とは面白いもので、漢人も日本人もやはり「洲」という字からの思い込みをやめられず、彼らの故地をいつしか「満洲」と呼ぶようになってしまった。
「満洲族がいる地だから満洲」になったのだが、「満洲にいる民族だから満洲族」という誤解をしやすい。

なお、「満洲」は「満州」と書かれることもあるが、彼ら自身のこだわりとして水徳の王朝であることを意識して「満」「洲」「清」とすべてさんずいで統一していることに意味があるので、それを尊重したい。
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2017/1/9 | 投稿者: 鹿苑院

「ぬるい!淹れ直せ!」と湯呑を投げつけるというのはオレは漫画でしか見たことがない。ステレオタイプ過ぎてもはや陳腐になっているから今はドラマなどでもこんなシーンはほとんど出てこないのだが、かつての男尊女卑時代にはこういう人もいたのだろうか。まあいたと仮定して話を進めるが、どうにも妙な話である。日本茶はぬるい方が美味いのに。

いわゆるフツーの緑茶(煎茶)はぬるいお湯で淹れた時に旨みを発揮するようにできている。熱すぎると苦くなったり渋くなったりするから、ちゃんと心得ている人は沸騰したお湯がぬるくなるのを待ってから急須に注ぐ。だから、「ぬるい!淹れ直せ!」と言いたくなるようなお茶はおそらくちゃんと淹れられたお茶に違いない。

「ぬるい!淹れ直せ!」が意味するものとは何なのだろう? もしかしたら知識の無さゆえにちゃんとしたものを拒絶する愚かさ(前稿のそば屋の客と同じ)を揶揄するための演出的表現なのかもしれないが考え過ぎだろう。ドラマにこのシーンが出てくるとしたら脚本家も日本茶の正しい淹れ方を知らない可能性の方が高そうだ。
あと大穴の可能性としては、湯呑の中身が煎茶ではなくほうじ茶や番茶だったら確かに熱湯の方が美味いのでぬるいと文句を言うのは理にかなっている。

こういう事情で、オレは来客に(オレのための来客などほとんど無いが)自分の買い集めた茶を淹れて出すことはあまりしない。せっかくちゃんと淹れたのにぬるさゆえに良く思ってもらえなかったら癪に触るからで、コーヒーでも出す方がよほどお互いの精神のために良い。ぬるくて旨い茶はあくまで孤高の楽しみである。
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