2009/11/6

意外な味方  

福島みずほさん人気急上昇中。

鳩山内閣を私は支持するけど、移民受け入れは納得できないものだった。なのにまさかみずほさんが移民受け入れに反対してくれるとはね。だいたい社民党というと土井たか子さんなんかがいた時代の極左のイメージがまだ残っていて、今ひとつ危険なイメージを持っている人が多い気がするが、冷静な目で見て最近の社民党はそんなに悪くない。この調子で民主・国民新党と共に良い方向に導いてもらいたいと思う。くれぐれも政権交代したのにあっという間に元に戻ってしまった細川内閣の二の舞だけは避けて欲しい。自民公明の政権はもう沢山。
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2009/11/4

権現様と桐の紋  

戦国ブームでいろいろな武将の家紋グッズが巷に溢れ返っているが、努めて桐紋を選んでいる。豊臣秀吉の紋という触れ込みで売られていることが多く、従ってそれを見た歴史好きの友人などには「あんなに家康が好きだったのに豊臣家に鞍替えしたのか!?」なんて言われたりもするが、ちゃんと我が家と桐紋の関わりを話せば分かってもらえる。

桐紋は天下人の紋という位置付けがあり、足利、織田、豊臣と伝わってきた紋なのだけど、続いて天下人になった徳川家康はこの桐紋をやるという後陽成天皇の申し出に対して「うち本来の葵の紋を大事にしたいから要らない」と言って断り、その結果、葵紋の権威が高まったという話が有名である。

ちなみに、私はいくら徳川贔屓でも葵紋グッズはあまり持ちたいと思わない。理由は3つで、
@ベタすぎるから。
A葵紋は徳川一族で独占という政策をとった家康の意思を尊重したいから。
B世間では葵紋というと家康よりも水戸黄門のイメージの方が強いらしく、水戸黄門だ水戸黄門だと言われまくってウンザリするから(この理由が一番大きい)。


閑話休題。
そういうわけでいくら我が家と桐紋に縁があって私が桐紋を好んで使っていても、大好きな家康様は桐紋をスポイルしていたというのは残念だなと思っていた。しかし、調べてみるとウィキペディアの「桐紋」には「ただし、家康個人は大御所時代になってからは桐紋も用いるようになっている」と耳寄りな話が書かれているではないか! それを裏付けるように、家康公愛用の馬の鞍と鐙は…
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思いっきり桐紋がデカデカと付いている。

そうかあ、良かったな桐紋よ、おまえ家康様に嫌われちゃいなかったぞ。今夜は二人で慶びの酒を酌み交わそう!
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2009/11/3

鹿さんイタズラする。  

高校時代の友人Nとベトナム料理店で食事をした。Nのデザートにはタピオカが出たが、彼はタピオカを知らなかったので、俺のイタズラ心がむくむくと頭をもたげ…
「な〜んだ、おまえ知らんのか。これはな、カエルの卵だよ」
「うえぇ…まじ?」
「おう、アジアではよく食べるんだ」
「…鹿君食べる?」
「おまえのセットに付いてきたんだから責任持って食えよ」
「……。」
「早く食わんとオタマジャクシになるぞ。ゲコゲコ」
「あ〜もう、わかったよ…」
「おらおら、奥歯でしっかり噛まんかい」
彼が気持ち悪そうに完食してから、
「カエルの卵食った感想はどう?」
「心が曇り空って感じだね…」
「そっか、まあ、本当は澱粉なんだけどな」
「食べる前に教えてよ! あ〜、気持ち悪かった」
「そんなの信じるおまえにビックリしたよ!」

…う〜む、いい奴なんだが素直すぎるのが欠点という奴でなぁ…。
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2009/11/2

しかみ像  

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痩せこけた頬。憔悴しきった表情。子供が見たら泣くんじゃないかと思うほど異様な絵である。
実はこれ、徳川家康なのだ。まだ織田信長のちっぽけな同盟者として東方への盾の役目を押し付けられていた頃。戦国最強・武田信玄の脅威が常にあり、そのためにこんなに痩せていたのだろう。家康といえば太っているイメージがあるが、こんな時期もあったのだ。
この絵は三方ヶ原の戦で武田信玄に無謀な突撃をし、ボロクソにやられて恐怖のあまり馬上で脱糞しながら命からがら逃げ帰ってきた時の姿を写したもの。普通こんなカッコ悪い姿を肖像画にしたがる人はいないが、家康はわざわざこの姿を描かせ、一生この絵をそばに置いて無謀・慢心の戒めにしたという。ちなみに名古屋の徳川美術館に現物があるが、案外想像するより小さな絵である。
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2009/11/1

叱らない人たち  

ただいまコメダ珈琲にて西遊記を読書中。なんかよくわからんが小さな子供が奇声を上げている。大人が3人付いているが、まったく叱ったりたしなめたりする気配がなく、「かわいらしいなあ」とばかりに目を細めて見ているだけ。どうも最近こういう大人が増えたような気がする。
私と妹が小さかった頃などは、どんな理由があろうと公共の場で行儀悪くするとすぐに親父の拳骨が飛んできたものだから、そのおかげで「おまえらは随分礼儀正しいガキだったぞ」とは父の談。現代の風潮では我が子といえど殴ってしつけるのは良くないとされているが、本当にそうなのかどうか。
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2009/10/31

反省しない人たち  

自民党の野党になって最初の仕事がこれだそうで。先の衆議院解散で廃案になったのとほぼ同じものだとか。相変わらずですな自民党さんは。国民の生活も権利もまるで眼中にない。名は体を表すというがウソだな。「自由民主」が聞いて呆れるよ。

そういえば国会での谷垣総裁と鳩山総理のやり合いを見たが、民主党政権を批判する谷垣総裁に対し、鳩山総理が終始、「あなた方に言われたくない」と言い返していたのは本当は子供っぽい態度というべきであまり感心できたものではないはずなんだが、それが痛快な正論に見えてしまったのはやはり自民党がいかにダメダメだったかということかな。
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2009/10/31

源道義?  

室町三代将軍・足利義満は明国への国書に「源道義」と署名している。足利家は源氏だし、義満の出家後の法名は道義だから個々には問題ないが、そういう俗姓+法名という用法が果たして公式にOKなものなのかどうか。実は俺もPCのユーザー名を「平慈照」としているんだが、本当にこういう用法ってあるのかなあ?
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2009/10/31

追悼・圓楽師匠  

「笑点」の司会者で有名な三遊亭圓楽師匠が亡くなった。俺は笑点が大好きで、可能な限りほぼ毎週見ているので、圓楽師匠も非常に馴染み深い人なんだが、なんだろう…。全然実感が湧かないのだ。まだどこかであの豪快なガハハハという笑い声を響かせているような気がしてならない。ひとつには笑点の司会が桂歌丸師匠に替わってから久しく、もう長らく圓楽師匠の姿を見ていないからそうなのかもしれない。笑点は2週録りなので、圓楽師匠没後最初に収録されたものがオンエアされるのにはまだ時間があるだろうが、それを見たら実感として本当に寂しくなるのかもしれない。
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2009/10/28

ひとまず終わり。  

何がって? このブログのタイトルをウルトラシリーズのパロディにするのを。楽しかったけどそろそろ苦しくなってきたというわけ。「ひとまず」なので気が向いたらまたやるかもしれない。
ちなみにそれぞれの元ネタをいうと、「史上最大の生徒会長」は「史上最大の侵略」で……いや、無粋だからやめよう。暇潰しには元ネタを当ててみるのも面白いんじゃないでしょうか。
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2009/10/26

必殺! 反則仕掛人  

「闘わないことは時に何よりも酷い暴力。守れるはずのものを守らないのは不実といって差し支えない。仲間とか友達とか大事なものを奪われてからブチ切れてもただの仕返しにしかならない。」

というようなことを今週の「めだかボックス」で鍋島猫美が言っていた。もしかしてこれって社民党などの憲法9条至上主義者への批判なのかな? うがち過ぎ?

…うん、とりあえず、憲法9条の是非はともかくとして、時々9条至上主義者が言う無条件降伏論(敵が攻めてきたらさっさと降伏すれば戦争しなくてすむからいいじゃんという考え)は論外だな。侵略してくるような連中に降伏したら日本人は兵として徴用され、兵器を作らされて次なる侵略のための駒にされるだけ。それも先鋒にされて一番危ない戦場に立たされ、重税を搾り取られて国は疲弊するだろう。元に降伏した高麗、今川家の属国となった松平家の例をみればそれは自明の理である。

…つい真面目な話になってしまったな。
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