2017/1/15 | 投稿者: 鹿苑院

宝石にはあまり興味が無い。どのぐらい無いかというと、ダイヤモンドとピカピカの赤銅なら赤銅の方が美しいと思うぐらいだ。パワーストーン効果も半信半疑というより二信八疑といったところ。

ただ例外はあって、ラピスラズリという石はちょっと欲しいと思っていた。片仮名めいた名前に馴染みが無い人には瑠璃といえば通じるだろう。
薬師如来はフルネームを薬師瑠璃光如来というので直接的に瑠璃と繋がるのだが、瑠璃は極楽浄土七宝の一つでもあるので阿弥陀如来とも縁がある。

ま、そうはいうもののあまり宗教的な意味もパワーストーン効果も考えず、単純に宝石を愛でるだけでいいじゃないかという気持ちで買った。深い青が美しく、これが地中に埋まっていると思うと不思議な気がする(むろん、鮮やかな青になるためには原石を磨かなければならないが)。宝石好きの気持ちが多少わかる気がした。
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2017/1/14 | 投稿者: 鹿苑院

「満洲」とは本来、民族の名前であって地名ではない。それまでは女真族といっていたが、これには「属民」という意味があるため清朝2代皇帝ホンタイジが改名させた。
「満洲(マンジュ)」は彼らが盛んに信仰していたマンジュシュリー(文殊)菩薩に由来するもので、「洲」という字があたかも特定の地名を想像させがちだがただの音写に過ぎない。

しかし表意文字とは面白いもので、漢人も日本人もやはり「洲」という字からの思い込みをやめられず、彼らの故地をいつしか「満洲」と呼ぶようになってしまった。
「満洲族がいる地だから満洲」になったのだが、「満洲にいる民族だから満洲族」という誤解をしやすい。

なお、「満洲」は「満州」と書かれることもあるが、彼ら自身のこだわりとして水徳の王朝であることを意識して「満」「洲」「清」とすべてさんずいで統一していることに意味があるので、それを尊重したい。
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2017/1/9 | 投稿者: 鹿苑院

「ぬるい!淹れ直せ!」と湯呑を投げつけるというのはオレは漫画でしか見たことがない。ステレオタイプ過ぎてもはや陳腐になっているから今はドラマなどでもこんなシーンはほとんど出てこないのだが、かつての男尊女卑時代にはこういう人もいたのだろうか。まあいたと仮定して話を進めるが、どうにも妙な話である。日本茶はぬるい方が美味いのに。

いわゆるフツーの緑茶(煎茶)はぬるいお湯で淹れた時に旨みを発揮するようにできている。熱すぎると苦くなったり渋くなったりするから、ちゃんと心得ている人は沸騰したお湯がぬるくなるのを待ってから急須に注ぐ。だから、「ぬるい!淹れ直せ!」と言いたくなるようなお茶はおそらくちゃんと淹れられたお茶に違いない。

「ぬるい!淹れ直せ!」が意味するものとは何なのだろう? もしかしたら知識の無さゆえにちゃんとしたものを拒絶する愚かさ(前稿のそば屋の客と同じ)を揶揄するための演出的表現なのかもしれないが考え過ぎだろう。ドラマにこのシーンが出てくるとしたら脚本家も日本茶の正しい淹れ方を知らない可能性の方が高そうだ。
あと大穴の可能性としては、湯呑の中身が煎茶ではなくほうじ茶や番茶だったら確かに熱湯の方が美味いのでぬるいと文句を言うのは理にかなっている。

こういう事情で、オレは来客に(オレのための来客などほとんど無いが)自分の買い集めた茶を淹れて出すことはあまりしない。せっかくちゃんと淹れたのにぬるさゆえに良く思ってもらえなかったら癪に触るからで、コーヒーでも出す方がよほどお互いの精神のために良い。ぬるくて旨い茶はあくまで孤高の楽しみである。
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2017/1/6 | 投稿者: 鹿苑院

昨日のケンミンショーは見応えがあった。うどん王国・香川県のそば屋さんを特集していたが、やはりマイノリティの苦労が大きいのだという。
そのお店は国産そば粉を使った十割そばを出しているのだが、一口食べて「いやあ、これはそばではないわ」と言う客が多かったそうだ。香川ではそばといえばセルフうどんのお店におまけのように置いてあるそば粉の割合が低い安っぽいものしか知られておらず、そのため本格的な十割そばをそばと認識できないからこういう反応になるらしい。「金に例えればうちのが純金なのに、みんなはメッキをありがたがって本物が偽物と思われてしまう悔しさがあった」と店主は語る。

再現VTRの「いやあ、これはそばではないわ」がさんざん聞いた四国訛りだったためか、見ていて自分が言われたようにムッとしてしまった。
こちらはちゃんと裏付けのある正しいことを言っているのに、周囲が無知ばかりのために数の論理で間違いが正しいことにされ、あべこべにこちらが無知・ウソつき・変人にされてしまう経験はオレも十指に余るほどしてきた。そば屋の店主の気持ち、胸に迫るほどよくわかる。

香川のうどんが美味しいことは事実だ。でも、本物のそばを出す店が香川で頑張っていることはもっと知られていい。
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2017/1/3 | 投稿者: 鹿苑院

もみじに続いて小さな梅の木を買ってしまった。「野梅」と書いてある。原種に近い梅という意味で、大輪だったり八重咲だったりの派手さはないがシンプルで清楚な花が咲く。犬に例えればチワワやマルチーズではなくほとんどオオカミに近いようなのというわけか。好みとしてはそちらの方が良い。
梅といえば真っ先に連想するのは大菅公なのだが、ひとまずそのイメージは奥底にしまっておきたい。その名はあまりに偉大過ぎて、小さな梅の木に頭が上がらなくなってしまう。もう少し気楽に育てたいのだ。とはいえ桜に勝るとも劣らない思い入れが元々梅にはある。
ちなみに梅の実が有名なのは和歌山だが、花の場合は水戸らしい。御三家の領地のうち二つが梅を名物にしているのは面白い。久能山東照宮にも梅の木が多く、家康公が好んだこともちゃんと説明板に書かれていた。

花の時季は2月だという。落語などでは正月には梅の花が付き物のように語られているから、旧暦の正月とほぼ同時に咲いていたのだろう。してみると太陽暦に変えて梅の花の咲かない時季を正月にしてしまったのは無粋なことだなとごく無責任に思った。
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2017/1/1 | 投稿者: 鹿苑院

母の実家から徒歩1分のところに神社がある。そこの御祭神も浅間大明神だから縁深い。
今朝、寝正月をしていたらオレは夢の中でその神社に参拝しに行っていた。社殿の横に建つ高い櫓(夢の中だけの物で実在しない)に登って社殿を見下ろしてみたが、その後で恐ろしいことに気が付いた。猫の木登りの如く、登りは簡単だが降りるのは足がすくむ高さなのだ。

起きてからこの夢の意味を考えてみると、人間急激に登り詰めてはいけない。ましてや神様を見下ろすような傲慢さを持つと後が恐い。そういう意味の浅間大明神からの教えだったのではないかと思う。年の初めに良い説法を頂いた。

なお、昨日の大掃除で久能山東照宮のパンフレットが出てきたがそこに載っている和歌もこれに通じるものがあるので載せておく。
「人はただ身の程を知れ草の葉の 露も重きは落つるものかな」
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2016/12/21 | 投稿者: 鹿苑院

滋賀県議員が吉本新喜劇がいじめを助長する恐れがあると発言したという。正論である。マスコミもネット世論もこの発言を批難しているが、オレは拍手したい。

例によってろくなことを言わない害人・大谷昭宏は
「吉本は喜劇集団で、悲劇であるいじめとは違う。人を傷付けるための言葉と笑わせるための言葉の区別がついていない」
とほざいているが、そもそもいじめが悲劇なのはされる側にとってだけで、いじめっ子側にとっては楽しい喜劇であることをまったく考慮していない。「議員としての見識を疑う」とまでほざいているがオレはこいつのジャーナリストとしての見識を疑う。吉本からいくら金を貰ったのだろう。
そもそも大谷はアニメを見ると犯罪者になると日頃から主張しているはずだが、大抵のアニメには幼女を誘拐したり殺害したりするシーンはない。それがもろに人の身体的特徴をみんなで笑う吉本新喜劇はいじめに繋がらないとなぜ思うのか。それはすなわち、大谷が偏見にまみれた差別主義者だからか、吉本から金を受け取っているからかのどちらかしかない。
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2016/12/19 | 投稿者: 鹿苑院

今朝のニュースで、幼稚園児がトイレに正座させられて弁当を食べさせられたというのをやっていた。担任は否認しているらしく、その年頃の子はありもしないことを言うこともあるので報道を鵜呑みにはできないのだが、まあ事実だと仮定して書く。

ここでも再三書いているようにオレは小学校の先生に嫌われていたので、トイレほどひどくはないが一人だけ廊下で給食を食べるように命じられたことがあった。たぶん理由は給食中に私語をしていたからとかそんなものだと思うが、私語なら相手がいるはずなのにオレだけそうさせられるのだからこの先生がいかにオレのことを嫌いだったか窺い知れるだろう。
ニュースを見ながらそんな話をすると、母が「そんなの初めて聞いた」と驚いていたが、そうだったかな!?
いや、ひょっとしたら言わなかったかもしれない。当時の空気感だと「厳しい先生は良い先生だ。学校のことは先生にお任せしてある。」で終わりになる可能性が高かったし、どうかするとそうさせられた原因の私語についてまた親に叱られる可能性もあり、そういう二次災害を避けるには黙っていることが得策と当時のオレが判断してもなんら不思議はない。

余談だが、自分の生活に関わることなのに「政治なんて政治家に任せとけばいい。私には関係ない」と思っている大多数の日本人に対して「おまえらは民主主義国家の民たる資格がない!」と言いたくてたまらなくなるオレの体質はもしかしたら、自分の子供のことなのに「学校のことは先生にお任せしてある」と言い切ってしまう親の姿が原体験になっているかもしれず、長じて自分の歯のことなのに「先生にすべてお任せします」と言い切ってしまう患者を見てその気持ちを強くしたと言えるかもしれない。

もちろん、報道が事実だとしたら「オレだって我慢したのに今の子は甘やかされとる、軟弱だ」と老害を振りまきたい訳ではなく、教員の横暴がちゃんと糾弾される世の中になったのは良いことだと評価したい。
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2016/12/16 | 投稿者: 鹿苑院

普通我々が食べるみかんは温州みかんである。明治以前には種無しが縁起が悪いということであまり普及しておらず、みかんといえば別種の紀州みかんを指した。むろん種があり、皮を剥けば一口で食えるほど小さい。駿府城には家康公お手植えのみかんというのがあるが、これも紀州みかんである。
明治以降になると種がなく身が大きいことが喜ばれ、温州みかんが急速に紀州みかんに取って代わった。

なお、温州は中国の地名で確かに柑橘の産地として名高いが、温州みかんの原産地はここではない。どうやら単純に名高い温州にちなんで勝手に付けた名前のようで、本当の原産地は日本の鹿児島らしい。長らく由来が不明だったが、400〜500年前に紀州みかんと九年母の雑種として誕生したことがつい近年明らかになった。
面白いことに欧米では温州みかんを「サツマオレンジ」とか「サツママンダリン」と呼んでいるそうで、欧米人の方が正確な呼び方をしている。
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2016/12/14 | 投稿者: 鹿苑院

先週の『真田丸』で討死した豊臣秀頼の乳兄弟・木村重成。その首級を検分した徳川家康は髪に香が焚き染めてあることに気付き、「まだ若いのにこんな戦陣のたしなみを誰が教えたのだろう。惜しい若者を失くした」と称賛したという。

前々から不思議なことがある。重成はなぜここまで秀頼に忠義だったのだろう。
彼の父・木村常陸介は豊臣秀次付であったため、秀次に連座して処刑されている。その時に兄も切腹させられているし、姉も磔にされている。重成だけが幼少ゆえに罪無しということで命拾いしたのだが、彼が秀吉・秀頼を家族の仇と見てもなんらおかしくはないはず。
当時の乳兄弟は実際の兄弟以上の絆で結ばれることが珍しくなかったから──という学校のテスト的な無味乾燥な答えも一応書けるが、本当に彼はそれで割り切れたのだろうか。いや、行動を見れば割り切れていたに違いないが、どうにも不思議な気がする。
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