兼愛ジャーナル

兼愛とは、平等博愛の意味です。平等博愛の観点から、社会の矛盾を追求します。

 

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投稿者:荻野誠人
早速丁寧なご回答をありがとうございました。信念に基づくご方針のようですので、私、それを尊重いたしたいと思います。

よい方々が集うことを期待いたします。それではまた。



http://blog.livedoor.jp/kokoro_no_fukei/
投稿者:桑田義雄
こんにちは。

俺は批判対象にならない宗教は、何一つ存在しないという立場です。
そして、すべての「ドグマ」(教条主義)を克服しなければ、人間は自由にはならないという立場です。

上座仏教が好きな人も、大いに、こちらに来ていただいて結構です。
ですが、上座仏教が唯一最高と思う方は、来ていただきたくない。
上座仏教の人には、そういう独善的傾向のある人が多いのは事実です。

俺は思想的には天台宗寄りです。
それでも、天台にはしっくり来ない部分が多々あります。
天台宗の止観が大衆化出来なかった原因に、その教理の複雑性があります。

一度、上座仏教や止観の本に目を通していただけたら、俺の言っている意味もおわかりだと思います。

俺には、これまでの諸宗教が、人を救って来れなかった怒りがあります。
なぜ、人を救えなかったのか?
それは、自分達の宗祖や教義を絶対化し、批判を許して来なかったからです。

俺は一休禅師が好きです。
あらゆるドグマを否定したからです。
ですが、その中に、一本、筋の通った信仰が見える。

札幌精神世界懇談会は、無教会主義、無寺院主義の個人的宗教者が集う場です。
ですから、その中に、自分の宗教、宗派に固執する人がいては困るのです。
俺の、今回のような記事を読んで、不快感を感じるような人では困るのです。
仮に、自分が上座仏教の信者であっても、そこに固執せず、他の宗教、宗派の教えに耳を貸せる。
上座仏教への手痛い批判にも耳を貸せる。
そういう人しか、おそらく、他の宗派の人とのコミュニケーションは不可能でしょう。

俺は、決して、信者「個人」に対しては批判しません。
(教祖は別です)
いささか、きつい言語表現ですが、これくらいの表現を用いなければ、痛くも痒くも無い、何の影響力も持たぬ主張になります。
俺は袈裟を来た坊さんじゃないのです。
それでも、一休さんよりは温厚なほうだと思います。

俺の思想に対しても、批判が向けられても構わないと思います。
それなりの根拠に基づく批判であれば、論議します。
人格誹謗であれば無視しますが。

今回のご指摘により、俺の目指すところを説明する機会を与えていただき、感謝いたします。
投稿者:荻野誠人
しばらくぶりですが、お元気でいらっしゃいますか。そちらはもう雪でしょうか。クマ騒ぎは収まりましたか。

さて、この記事についてですが、失礼ながら一言だけ。このブログが桑田さんのご意見を主張する目的のものでしたら、何の問題もないと思います。ただ、桑田さんは、このブログで色々な宗教の人が懇談するきっかけを作ろうとされていたのではないでしょうか。

>こういう商標に騙されてはいけない
>「ごちゃごちゃうるせーんだよ」という理屈が並べ立ててある

上記のような表現ですと、その宗教の信者は懇談しようという気持ちにはなかなかなれないと思うのですが、いかがなものでしょうか。

大変失礼しました。それでは。



http://blog.livedoor.jp/kokoro_no_fukei/

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