2009/11/7
外郎売 人
「拙者親方と申すは、お立会いのうちにご存知のお方もござりましょうが・・・」
という口上で始まる外郎売の台詞、しゃべりの訓練の基本ですが、この外郎売の口上は、二代目市川団十郎の歌舞伎「外郎売」によるもの。
そしてその「外郎売」が、この11月3日から、東京国立劇場で、市川団十郎と坂田藤十郎という東西の名役者の公演で観ることができる。

「外郎売」の台詞はしっかり覚えたけども、生の歌舞伎の外郎売は観た事がなかったので、感動しきり。またこの公演が市川団十郎さんの復帰舞台でもあり、会場は暖かい拍手で一杯でした。
歌舞伎は面白いね。

▲開演前の国立劇場。

▲売店では小田原名物「ういろう」の店も登場。外郎売が出来た逸話などが書かれたパンフレットも手に入れることができる。
0
という口上で始まる外郎売の台詞、しゃべりの訓練の基本ですが、この外郎売の口上は、二代目市川団十郎の歌舞伎「外郎売」によるもの。
そしてその「外郎売」が、この11月3日から、東京国立劇場で、市川団十郎と坂田藤十郎という東西の名役者の公演で観ることができる。

「外郎売」の台詞はしっかり覚えたけども、生の歌舞伎の外郎売は観た事がなかったので、感動しきり。またこの公演が市川団十郎さんの復帰舞台でもあり、会場は暖かい拍手で一杯でした。
歌舞伎は面白いね。

▲開演前の国立劇場。

▲売店では小田原名物「ういろう」の店も登場。外郎売が出来た逸話などが書かれたパンフレットも手に入れることができる。
0
2009/11/5
片山さつき 社会・経済
片山さつき元衆議院議員。この8月の総選挙で落選したのだが、この落選で少しは自分自身のことが見えてきたのではないかと思うのでちょくちょくブログを覗かせて貰っている。
そこにあった一節をちょっとお借りして、ここまでの鳩山政権の様子を振り返ってみたい。
11月4日付け「2001年〜2002年の建設土木危機のデジャビュ」と題したブログにこういう下りがあった。
”たばこ税でもなんでも、取れるところからは、税収をかき集めて、さらに、単なる無駄探しではなくて、痛みをともなう予算削減をやらないと、無理です。”
まったくその通り。
そもそも、官僚・省庁は国を良くするためのプロ集団。例えば経済産業省なら、”経済発展”の為にどんな国策を立て、実行すべきかを考える人たちの集まり。文部科学省なら”教育水準や若い人たちの育成”、財務省なら”金融コントロール”などがある。
しかし実行の主役は個々の企業や医療機関、学校などの教育機関や団体。
がゆえに、官僚と企業が「癒着」のような関係になることは政権が長く続けば当然ありうる。
特に、決められた予算の中で、省庁が選択を迫られた場合、あきらめなければならなかった予算に関係する企業や団体に対してどうしても「負い目」を作ることになる。
官僚は、国策を立てるときに自らを「立案者」であることを認識しているから、「実行者」である企業、団体と一緒に国策を考えないわけにはいかない。この接点がもっとも「予算の無駄」をなくすことができる部分でもあり、「予算の水太り」を赦してしまう部分でもある。
さて、そういう関係を作りながら、概算要求をした結果、予算が出なかった場合、それらの企業、団体に対して「取れませんでした」だけではすまされず、おおよそ「言質」を要求されるもの。そういうことを繰り返すことで関係が癒着化するのは、日本の国民性である。 つまり自民党だからではなくて、民主党にだって長期政権なら起こりうるもの。
政権交代は、「厭自民」がその原動力だったが、ではどこに「厭」なのかといえば、国民の期待は、この癒着の清算ではないか? 民主党に期待するのは?という問いに「民主党ならしがらみがない」と答えている人たちの期待はまさにここにある。
だから、平成22年度の概算要求で95兆円という数字が出たときは、「なんじゃこりゃ」とあきれてしまった。
まさに「国民の期待に応えていない」
国民の期待は、この一節にある「痛みを伴う削減」である。
そして政治主導というのは、国策のプロである官僚に対して、自らが考える国策を示し、双方で十分な議論をし、大臣と官僚が一体となって本当に効果のある国策を策定し実施することであるはず。
しかしこの結果。つまり「何も出来ていない」に等しい。
鳩山政権の閣僚たちは残念ながら、見ている限りにおいて、「国策」は示しておらず、人気取り的発言、マニフェスト金科玉条発言、思いつき発言に終始しており、これでは官僚と対等に国策を議論するどころか、官僚たちに鼻で笑われるだけである。「やっぱり国策のプロである俺たち官僚が動かなきゃ」と。
では国策とは何か?公共工事に頼りきっている地方経済活性化を本気ですすめるために何が必要か?箱物ではなく、地方自治体が自らの力で継続的に推進できるための策とは何かを議論するところから始まるはずである。
これまでの自民党政権では、公共工事で地方の土木建築産業が潤うことをひとつの国策としてきたが、民主党ではどうやるのか?
民主党は公共工事をほとんど悪と決めつけた。その証拠にダム工事の一斉中止中断を発令し、無駄の点検をやるとのこと。 工事と経済施策を連動させない近視眼的発想で決めてもらっても困るんだけども、そんなの一切関係ないというのが前原君の考え。もちろん彼は国土交通大臣だから、経済がどうこうしても責任はない。彼に問えばきっとこういう返事が返ってくる「経済刺激策は経済産業省や財務省が主となってやるもの、わたしはマニフェストどおりやる」
こんなのは決して国策とはいえない。
厚生労働省、経済産業省、文部科学省、総務省など日本の経済はもはやひとつの省庁の国策・施策だけで動けるほど単純ではない。縦割り行政がダメならば、国策別にクロスミニストリアルチームを作ればいい。
幼稚園・保育園問題は、厚生労働省と文部科学省が集まって議論し、政治主導で基本路線を示し、必ず結論を出すという具合にだ。
ここで初めて政治主導の意義が出てくる。
政治が、優先順位の高い解決すべき課題を官僚からの話をすべて聴いてまず決断する。
政治が、解決手段や解決した結果どうなるべきかという着地点を示し、それに向けて官僚があらゆる方法論を考える。
政治が、関係する省庁間の調整の場を公式に開催する。
残念だけども、鳩山政権ではこうなっていない。現実は、一閣僚の発言でいろんなことが動かされている。クロスミニストリアルである限りは、閣僚だって連携しなければならない。
ハブ空港の案も、前原君だけで決めていいはずはなく、経済産業省などもハブ空港については意見があろう。これがいい例である。いまの鳩山政権は昔々の省庁モデルでも夢見ているらしい。
さらに言えば、省庁連携ができずに無駄が排除できるとも思えない。
要するに、今の政権は言葉はきれいに聞こえるけども、まったく実行力がない政権である。
マニフェストにかかれたから、それを実現する。
官僚の話を聞かない(耳にいれるけど、耳を傾けない)
マニフェストにかかれているから、どうなるべきかという着地点は示せない。官僚は着地点が見えないからあらゆる方法を考えることもなく、マニフェストに書かれていることを実現するためのありえない脚本を描く。
マニフェストにかかれているにもかかわらず、国家戦略室は機能していない。省庁間での調整をやることなどどうやら頭にないようだ。
これが今の段階での、鳩山政権の実態であろう。
国民の堪忍袋はいつ切れるか?物事を決められないし、先送りする。現実を突きつけられてうろたえる閣僚と、重大問題を先送りする政府。いまの鳩山政権は、あまりにそれぞれの閣僚がばらばらに動いていることだ。ばらばらな分無駄もでる。時間もかかる。国策も決められない。
何も決めていない、何も決められないでる、いまの状況がすべてを証明している。
0
そこにあった一節をちょっとお借りして、ここまでの鳩山政権の様子を振り返ってみたい。
11月4日付け「2001年〜2002年の建設土木危機のデジャビュ」と題したブログにこういう下りがあった。
”たばこ税でもなんでも、取れるところからは、税収をかき集めて、さらに、単なる無駄探しではなくて、痛みをともなう予算削減をやらないと、無理です。”
まったくその通り。
そもそも、官僚・省庁は国を良くするためのプロ集団。例えば経済産業省なら、”経済発展”の為にどんな国策を立て、実行すべきかを考える人たちの集まり。文部科学省なら”教育水準や若い人たちの育成”、財務省なら”金融コントロール”などがある。
しかし実行の主役は個々の企業や医療機関、学校などの教育機関や団体。
がゆえに、官僚と企業が「癒着」のような関係になることは政権が長く続けば当然ありうる。
特に、決められた予算の中で、省庁が選択を迫られた場合、あきらめなければならなかった予算に関係する企業や団体に対してどうしても「負い目」を作ることになる。
官僚は、国策を立てるときに自らを「立案者」であることを認識しているから、「実行者」である企業、団体と一緒に国策を考えないわけにはいかない。この接点がもっとも「予算の無駄」をなくすことができる部分でもあり、「予算の水太り」を赦してしまう部分でもある。
さて、そういう関係を作りながら、概算要求をした結果、予算が出なかった場合、それらの企業、団体に対して「取れませんでした」だけではすまされず、おおよそ「言質」を要求されるもの。そういうことを繰り返すことで関係が癒着化するのは、日本の国民性である。 つまり自民党だからではなくて、民主党にだって長期政権なら起こりうるもの。
政権交代は、「厭自民」がその原動力だったが、ではどこに「厭」なのかといえば、国民の期待は、この癒着の清算ではないか? 民主党に期待するのは?という問いに「民主党ならしがらみがない」と答えている人たちの期待はまさにここにある。
だから、平成22年度の概算要求で95兆円という数字が出たときは、「なんじゃこりゃ」とあきれてしまった。
まさに「国民の期待に応えていない」
国民の期待は、この一節にある「痛みを伴う削減」である。
そして政治主導というのは、国策のプロである官僚に対して、自らが考える国策を示し、双方で十分な議論をし、大臣と官僚が一体となって本当に効果のある国策を策定し実施することであるはず。
しかしこの結果。つまり「何も出来ていない」に等しい。
鳩山政権の閣僚たちは残念ながら、見ている限りにおいて、「国策」は示しておらず、人気取り的発言、マニフェスト金科玉条発言、思いつき発言に終始しており、これでは官僚と対等に国策を議論するどころか、官僚たちに鼻で笑われるだけである。「やっぱり国策のプロである俺たち官僚が動かなきゃ」と。
では国策とは何か?公共工事に頼りきっている地方経済活性化を本気ですすめるために何が必要か?箱物ではなく、地方自治体が自らの力で継続的に推進できるための策とは何かを議論するところから始まるはずである。
これまでの自民党政権では、公共工事で地方の土木建築産業が潤うことをひとつの国策としてきたが、民主党ではどうやるのか?
民主党は公共工事をほとんど悪と決めつけた。その証拠にダム工事の一斉中止中断を発令し、無駄の点検をやるとのこと。 工事と経済施策を連動させない近視眼的発想で決めてもらっても困るんだけども、そんなの一切関係ないというのが前原君の考え。もちろん彼は国土交通大臣だから、経済がどうこうしても責任はない。彼に問えばきっとこういう返事が返ってくる「経済刺激策は経済産業省や財務省が主となってやるもの、わたしはマニフェストどおりやる」
こんなのは決して国策とはいえない。
厚生労働省、経済産業省、文部科学省、総務省など日本の経済はもはやひとつの省庁の国策・施策だけで動けるほど単純ではない。縦割り行政がダメならば、国策別にクロスミニストリアルチームを作ればいい。
幼稚園・保育園問題は、厚生労働省と文部科学省が集まって議論し、政治主導で基本路線を示し、必ず結論を出すという具合にだ。
ここで初めて政治主導の意義が出てくる。
政治が、優先順位の高い解決すべき課題を官僚からの話をすべて聴いてまず決断する。
政治が、解決手段や解決した結果どうなるべきかという着地点を示し、それに向けて官僚があらゆる方法論を考える。
政治が、関係する省庁間の調整の場を公式に開催する。
残念だけども、鳩山政権ではこうなっていない。現実は、一閣僚の発言でいろんなことが動かされている。クロスミニストリアルである限りは、閣僚だって連携しなければならない。
ハブ空港の案も、前原君だけで決めていいはずはなく、経済産業省などもハブ空港については意見があろう。これがいい例である。いまの鳩山政権は昔々の省庁モデルでも夢見ているらしい。
さらに言えば、省庁連携ができずに無駄が排除できるとも思えない。
要するに、今の政権は言葉はきれいに聞こえるけども、まったく実行力がない政権である。
マニフェストにかかれたから、それを実現する。
官僚の話を聞かない(耳にいれるけど、耳を傾けない)
マニフェストにかかれているから、どうなるべきかという着地点は示せない。官僚は着地点が見えないからあらゆる方法を考えることもなく、マニフェストに書かれていることを実現するためのありえない脚本を描く。
マニフェストにかかれているにもかかわらず、国家戦略室は機能していない。省庁間での調整をやることなどどうやら頭にないようだ。
これが今の段階での、鳩山政権の実態であろう。
国民の堪忍袋はいつ切れるか?物事を決められないし、先送りする。現実を突きつけられてうろたえる閣僚と、重大問題を先送りする政府。いまの鳩山政権は、あまりにそれぞれの閣僚がばらばらに動いていることだ。ばらばらな分無駄もでる。時間もかかる。国策も決められない。
何も決めていない、何も決められないでる、いまの状況がすべてを証明している。
0
2009/11/1
古代米 心と体
デパートの物産展は不況といわれる百貨店業界の中でも人を呼ぶことができる目玉の一つ。
今日は、知り合いの仕事がそういう物産展で出店する飲食店での接客をやっているということで、ちょいと覗いてみた。
以前も様子を見に来たが、そのときやっていたのは北海道展。知り合いによるとやっぱり北海道展は相当の人が呼べるとのこと。
今回は、「岩手・秋田・宮城・山形物産展」で前回は「北海道展」4つの県が挑んでも北海道展のほうが集客がいいというのは、北海道の魅力なのだろうか?
確かに、今日よりも以前のほうが混雑していた。
そういうこともあってか、今日は物産展を隅々まで見て回ることができた。
そこで見つけたのが、この「古代米」。アントシアニンだとかが含まれているそうで、古代米の正体は黒い色のもち米。


値段は400グラムで630円でした。「高い!」けども、お米1合につき大さじ一杯の使用量でいいのだそうです。だからま、こんなもんでと買って早速ご飯を炊いてみました。

赤飯よりももっと紫が強い色かな。食感はまさにもち米。わずかばかりかおりがあるので炊いたらどうなるのかなぁと思っていたけども大丈夫でした。
というか、ご飯にもちもち感が出て少しプチプチした食感もあって結構ハマるかも。
0
今日は、知り合いの仕事がそういう物産展で出店する飲食店での接客をやっているということで、ちょいと覗いてみた。
以前も様子を見に来たが、そのときやっていたのは北海道展。知り合いによるとやっぱり北海道展は相当の人が呼べるとのこと。
今回は、「岩手・秋田・宮城・山形物産展」で前回は「北海道展」4つの県が挑んでも北海道展のほうが集客がいいというのは、北海道の魅力なのだろうか?
確かに、今日よりも以前のほうが混雑していた。
そういうこともあってか、今日は物産展を隅々まで見て回ることができた。
そこで見つけたのが、この「古代米」。アントシアニンだとかが含まれているそうで、古代米の正体は黒い色のもち米。


値段は400グラムで630円でした。「高い!」けども、お米1合につき大さじ一杯の使用量でいいのだそうです。だからま、こんなもんでと買って早速ご飯を炊いてみました。

赤飯よりももっと紫が強い色かな。食感はまさにもち米。わずかばかりかおりがあるので炊いたらどうなるのかなぁと思っていたけども大丈夫でした。
というか、ご飯にもちもち感が出て少しプチプチした食感もあって結構ハマるかも。
0
2009/11/1
風が強く吹いている 映画
メンバーがやっと10人そろったばかりの陸上競技部が大学箱根駅伝出場を目指す青春映画。
大学生のノリと、ほろりとさせる部分と、それぞれのメンバーの抱えている表に出せないこれまでの人生、そして大変な箱根駅伝出場に向けてみんなが一緒になって頑張る姿、頑張ることってだれのためでもいい、結局すべて自分に返ってくるものだから。そういうことを理屈抜きに伝えてくれている。
走ることで見えてくるものは、走らないひとには絶対に見えない。走ったら形には見えない何かを人は手にすることが出来る。それは大人になるという成長。
だらだらになりそうな筋書きを映画的にうまくまとめているのでとてもいい。
監督・脚本:大森寿美男
主演:小出恵介、林遣人
公式サイト:http://www.kaze-movie.com/index_pc.html
0
大学生のノリと、ほろりとさせる部分と、それぞれのメンバーの抱えている表に出せないこれまでの人生、そして大変な箱根駅伝出場に向けてみんなが一緒になって頑張る姿、頑張ることってだれのためでもいい、結局すべて自分に返ってくるものだから。そういうことを理屈抜きに伝えてくれている。
走ることで見えてくるものは、走らないひとには絶対に見えない。走ったら形には見えない何かを人は手にすることが出来る。それは大人になるという成長。
だらだらになりそうな筋書きを映画的にうまくまとめているのでとてもいい。
監督・脚本:大森寿美男
主演:小出恵介、林遣人
公式サイト:http://www.kaze-movie.com/index_pc.html
0
2009/11/1
THIS IS IT! 映画
2週間限定公開の映画、マイケルジャクソンのロンドン公演を追いかけた映画、THIS IS IT!を観てきました。
たった1人のアーチストでありエンタテイナーでありミュージシャンそしてポップキングであるマイケルジャクソン。
彼の半世紀に及ぶ生涯を表面上だけ追いかけてもたくさんの波乱万丈が想像できるが、見えていない部分での彼の魅力をこの映画では見せてくれている。
1つの公演の為にかける時間やこだわりは本当にすごい。でもそれは自己満足ではなくて、来場者やファンに対して自分がどこまで出来るかという追求ゆえであることがしっかり伝わってくる。
舞台に立つ人や自ら発信する人は、その発信することの意味をいつも自分に対して問うているもの。マイケルジャクソンももちろんそうだろう。
ふつうに“ベスト”を提供するのではなく、“ベストのベスト”を提供しようとしているところがすごい。
マイケルジャクソンというアーティストの側面を垣間見ることが出来る映画。
監督:ケニー・オルテガ
主演:マイケル・ジャクソン
0
たった1人のアーチストでありエンタテイナーでありミュージシャンそしてポップキングであるマイケルジャクソン。
彼の半世紀に及ぶ生涯を表面上だけ追いかけてもたくさんの波乱万丈が想像できるが、見えていない部分での彼の魅力をこの映画では見せてくれている。
1つの公演の為にかける時間やこだわりは本当にすごい。でもそれは自己満足ではなくて、来場者やファンに対して自分がどこまで出来るかという追求ゆえであることがしっかり伝わってくる。
舞台に立つ人や自ら発信する人は、その発信することの意味をいつも自分に対して問うているもの。マイケルジャクソンももちろんそうだろう。
ふつうに“ベスト”を提供するのではなく、“ベストのベスト”を提供しようとしているところがすごい。
マイケルジャクソンというアーティストの側面を垣間見ることが出来る映画。
監督:ケニー・オルテガ
主演:マイケル・ジャクソン
0
