2009/6/23

セブンイレブン自体が賞味期限切れかけ  ニュース

 コンビニエンスストアチェーン最大手のセブンイレブンによる加盟店への、弁当値引き販売に対する圧力について、公正取引委員会から排除措置命令がだされた。

 排除勧告ではなく、排除措置命令だからこの決定はレベルが違う。


 このことに対してセブンイレブンはなんだかんだといろいろコメントしているが、オテントウ様に聞けばわかる話だ。



 結論だけいえば、「弁当を廃棄することがおかしい。」




 ニッポンはいつから、おいしく食べられるお弁当を簡単に廃棄できるようになったんだろうか?当たり前の心を持っていれば、せっかくのお弁当が廃棄されることに胸が痛まないはずがない。


 ところがコンビニという販売形態では、捨てさせるのだ。食べるものを粗末に扱ってはいけませんと教えられた世代なので、食べるものを捨てるという行為は、そもそもあってはならないのだ。



 お米の米という時は、八十八と書く。農家のかたがたが丹精こめて八十八の手間をかけて作ったものだから、こぼしたり、残したりすると目がつぶれるだのと注意されたものだ。




 農家の人たちが作ったお米を、おいしいお弁当にしようと考えた人の努力を、「廃棄」という行為はすべて無駄にしているのだ。




 こんな酷い話もないだろう。




 セブンイレブンがこの排除命令にどんな理由をつけても、
 この当たり前のことが守られていないことに違いはない。





 この当たり前のことが守られていないことのほうが、

 ひととして、当然の感覚から乖離していることを主張していることの方が、
 
 よほど良識を疑うし、主張を続ければ続けるほど、

 「顧客の視線」から離れているということもわからないのだろうか?


 そういうセブンイレブンのほうこそ、賞味期限切れで廃棄されるべきではないか?



 ちなみにこんなアホなことを言ってるシンクタンクさえあるので驚いた。

 ろくなもんじゃない。


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2009/6/20

仕事で大事なのは  ニュース

 Yahoo!の記事に、

 新型インフル感染男性の新幹線帰宅というのがあったが、これまさにお役所仕事。

 役所という組織は、“誰も責任を取らないですむ仕事をやるところ”。だから“決められた”とおりに仕事をやる。

 だからこの記事のように、“決められた”通りにやることになる。もっともらしい理由もあるから、わざわざ、ルールが決められた背景にまで入り込まない。

 

 ただ、新型インフルエンザにかかってしまった男性も、自宅に帰る手段として新幹線や飛行機などの方法以外に取ることができないのも事実。東京で入院したとしても何日いればいいのかということもわからないのでは、本人の仕事や生活にも影響が及ぶだろうから、難しいところでもある。



 
 それをわかった上で、あえて苦言を呈する。



 仕事で大切なのは結果である。



 



 
 


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2009/6/20

書いて覚える  趣味

 今朝のラジオで、小学生向けの学習方法として「書いて覚える」という話をしていた。

 まったくその通り。

 ここ10年〜15年でパソコンが急激に普及し、社会人や学生も普段の文書作りでは手書きすることが少なくなってきている。文筆のプロである小説家でも作品作りにワープロやパソコンを使っている人も多いと聞く。

 そこでよく言われるのが、「“漢字”が書けない。」という話。

 そうそう、読めても書けないという漢字は昔からよくあるが、昔ちゃんと掛けていた漢字が書けなくなっているのだ。原因はもっぱら紙と鉛筆で字を書かないから。

 そういうこともあって漢検ブームになってきている。


 つまり、紙と鉛筆で勉強しないと物を覚える、学習には役立たないということはわかっているわけだ。



 一方で、英会話もずっとブームであるし、TOEICや英検も注目されている資格なのだが、さて、どれだけの人たちが、単語を紙と鉛筆で覚えようとしているだろうか?



 自分も昔は紙と鉛筆で英単語を覚えた。だからその頃覚えた英単語はいまも結構覚えている。


 でも紙と鉛筆を使わずに覚えようとした英単語はさっぱりだ。



 改めて、紙と鉛筆で繰り返し書いて覚えることの学習効果に気づかされた。



 小学生であろうと、大人であろうとしっかり覚えたいのなら、紙と鉛筆に限る。



 父の日に、子どもとおそろいで、紙と鉛筆をプレゼントするっていうのも素敵じゃないですか?


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2009/6/9

何が罪なのか  文化・芸術

 裁判員制度が始まった。

 そこでふと疑問がわいた。

 「何が罪」なのか、「何を罪とする」のか?

 「何に罰を与えるのか?」

 というごくごくシンプルな疑問




 “殺人”を起こしたことのみが罪ならば、そしてその事実に罰を与えるのであれば、その事実が立証されるだけで機械的に懲役何年だとかを決めればいい。

 しかし、その動機、その時の精神状態まで問うということは、罪に問われるのは、もちろん司法上での加害者の保護というのもあるが、単なる殺人の事実だけではないことを物語っている。


 裁判員の存在が必要とされるのは、その事実以外の部分をどう汲み取るのかということが要求されているからかもしれない。

 
 裁判では単に殺人の事実の立証のためだけではなく、何故殺人に至ったのかという経緯や動機を明らかにして酌量の余地を問う。


 つまり単に殺人を犯したという事実に対してのみ罰を与えるのではなく、経緯や動機を含めて罰を与えるわけだ。


 
 1人殺したから無期懲役で3人殺したから死刑という図式だけで人を裁くのではない裁判の難しさを司法のプロの感覚だけに任せるのではなくて、一般市民のごくごく当たり前の考えも取り入れてよりよくしようという試みがこの裁判員制度のように思う。



 何が罪なのか、何を罪とするのか?そして何に罰を与えるのか?


 一般市民としての感覚をうまく反映させることができるような進め方になるように裁判員も積極的に関わる必要がある。



 制度への賛成反対の不毛の議論にエネルギーを投じるのではなくて、真正面から考えてみてはどうだろうか?

 裁判員制度がうまく行くことを見守りたい。



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2009/5/30

フジテレビ 裁判員制度ドラマSP「サマヨイザクラ」  ドラマ

 とてもタイムリーなドラマ。

 裁判になぜ「素人」の裁判員が参画するのか?その意義はどこにあるのかがよくわかるドラマ。

・個人の感情が判決に影響してしまわないかどうか?
・個人的な人生背景や生活心情を判断どのように影響するのか?そもそも影響させてもいいのか?
・たった数日の審理でほんとうに判決が導き出せるのか?
・裁判官やこれまでの判例によって判決が誘導される心配はないのか?


ということがドラマの脚本で見事に描き出されていて、とても興味深くまたわかりやすく考えさせられる内容だった。


裁判員制度の実態はわからないが、裁判員に選ばれたなら、ここに挙げたことを忘れずに臨みたい。


再放送の機会があれば是非見て欲しい。

フジテレビ系 土曜ドラマ 裁判員制度ドラマスペシャル「サマヨイザクラ」


 

  





 
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2009/5/24

柴田淳  音楽

 柴田淳、そろそろ新しいシングルとアルバムが出る感じですね。

 さて今回は、お気に入りの柴淳の曲、3つを紹介します。

■君へ 歌詞はこちら

▲この曲は、“親愛なる君へ”に収録されています。


■私の物語 歌詞はこちら

▲アルバム“月夜の雨”に収録されています。


■夜の海に立ち 歌詞はこちら

▲デビューアルバム、“オールトの雲”に収録されています。
 
おまけ

■後ろ姿 歌詞はこちら

▲シングル“紅蓮の月”のカップリング曲です。

どの歌もメロディ、歌詞とも秀逸です。
よーくかんで食べてください。



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2009/5/24

ニノが歌えなかった「夢」  音楽

 小栗旬君も、ニノが途中で歌えなかったのを知ってたみたいですね。

 ということで、映像はありませんが、ニノが歌えなくなってるときの音声をリンク埋め込みしました。

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2009/5/24

二宮和也&柴田淳  音楽

 柴田淳と二宮和也とのつながり。

 ニノ(二宮和也)は、ライブでソロのピアノの弾き語りを披露している。
 最近の代表的な歌が、「虹」

  

 結構いいので、しかも家族全員「嵐」ファンなので1曲ぐらいは覚えようとしているのがこの曲。


 一方、家族はそんなに聴いてくれないけども、ソロでピアノといえば、柴田淳。


 実は、彼女の作詞作曲、「夢」(柴田淳のアルバム「ひとり」に収録)をニノが2003年のライブで披露してくれている。



▲ニノの歌う「夢」作詞作曲:柴田淳


 



▲小栗旬のオールナイトニッポンで、ゲストで柴田淳が登場。
 そのときの模様です。

 あなたは、どちらの「夢」がいいですか?





 
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2009/5/16

ラジオを聴こう  テレビ

新聞、テレビ、ラジオというメディアが広告媒体として君臨してきたが、数年前にインターネットへの広告出稿がラジオを抜いた。



まるで凋落してしまったメディアのように言われるラジオだが、いえいえ、ラジオはネットでもテレビでも新聞でもないメディア。




類似するものがない以上、けっしてなくならないし、もっとラジオのいいところを見直すべきだと思う。




テレビは面白いドラマも、興味深いドキュメンタリー、緊張を伝えるニュースなどが目白押しで、どうしてもテレビの電源をオンにすると、テレビから離れられなくなってしまうし、作業や仕事の手も止まってしまう。


それほど魅力的なコンテンツが満載ということなのだけども、この“手が止まる”というのはかなり厄介。


そういう時は、ラジオに限る。


掃除をしていても、料理を作っていても、勉強していても、邪魔にならないのがラジオ。

邪魔にならないのだけども、断片断片が耳に入ってくる。

トークだったり音楽だったり、結構楽しめるのに、邪魔をしないメディアってそうそうない。
しかも、無料。乾電池があれば携帯ラジオで長時間聴くことができる。


インターネットは能動的にならなければならないが、大勢の人がマニアックな情報を載せているので、調べ物だとかにはこれ以上の情報源はない。信憑性は、いくつかのサイトをチェックしていればおおよそ見えてくるから、鵜呑みにしないで情報を探す感覚が身につく。


新聞は、これはまさに取材力そのもの。プロの記者がプロの文章を載せてくれている世の中の今の動きを整理して見ることができるこれも貴重なメディア。


4者4様。それぞれの特性があるので、どれかに偏ることなく、さまざまな生活シーンに合ったメディアに接してゆくことをお勧めする。



ラジオってあんまり聴かないって人は、ぜひともAM,FMだけではなく、コミュニティラジオなどもチェックして、自分の感性にあった番組を楽しんでみてほしい。



ラジオはどのメディアとも違う、とても魅力的なメディア。音だけのメディアであるラジオを聴いて自分の想像力や感性をアップしてはどうでしょう?


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2009/5/15

スラムドッグミリオネア  映画

遅ればせながら観ました。

映画として、すごくよくできていてアカデミー賞は、フロックではなくて、本当に評価された受賞だったことがわかる。

ストーリーも、クイズに答えて賞金を獲得するというのも実はこの映画にとって大きな問題ではない。

インドのかつて、ポンペイと呼ばれていた都市、今はムンバイという大都市らしいのだけども、そのスラム街で、日本では考えられない極貧で、窃盗や詐欺などでしか生きる糧を得られない境遇に生まれた兄弟の物語。

この映画を見て、経済的には満たされた日本に住む私達が、実の子を手にかける心の貧しい国になってしまったことに対して、とても恥ずかしさを覚えてしまう。



貧しさと親族愛は比例するのではないか。



住むところもなく、人様のものを盗んだり、だましたり、ずるをしないと生きてゆけない兄弟は、これ以上泣く思いやっている。血のつながった立った二人の家族だからなんていう理屈もなく、ただ、お兄ちゃんと弟という二人の間を結ぶ心の絆が、とても切なく、でもサスペンスを含めたストーリーの中で描かれている。




こういう設定で日本人の映画監督なり、脚本家が映画をつくったら、もっとじっとりした粘着性の高い、暗い映画にしかならないんじゃないかと思う。





映画を見て、どう考えても本当によく考えられた脚本と展開。本編にはまったく無駄がない。いい映画でした。








しかし、最後の“逆まわし”は、絶対にいらない。

踊りがあるのは、インド映画だから仕方ない。



 スラムドッグミリオネア。OKです。
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