アメリカのテレビ番組の話をアメリカ人の友人がしてくれた。
”男は何でもサイブに入れる癖があった。彼のサイフはいつもパンパンだった。あるとき、何かをもらってそれをサイフに入れ歩き始めたが、二つ折りのサイフがなかなか折れない。彼が力をこめてギュっとサイフを折ったら、パーンとサイフが破裂して、NYの街中に全てが散らばってしまった”
という話だ。
彼はその話をした後に、自分のようだとポツリと言った。
彼は知識を得る事がとても好きで、一日中パソコンの前に座って色々と読んでいる。何か一つ見てもそれに関わる知識が湯水のように出てくる。私はすごい事だと思うが、彼はいつまでたっても満足できない。もっと、もっと、と常に思っている。
破裂してしまいそうな不安を胸に抱えながら。
彼は特殊な人なのだろうか。
いえ、同じ人間です。
私はそのテレビ番組を知らないのでイメージがつかなかったが、今考えると思い当たる感情がある。
私は人の感情を知る事が好きだ。人の感情を同じように感じたいと思う。”共感”と呼ぶのかもしれないけれども、人のためにするか、自分のためにするかの違いは、ただの共感では表せない。
人の感情を推察する事は、とても心のエネルギーを消費する。感情豊かな人と行動した後は、ものすごい充実感と、疲労感を感じる。
ひとつたりとも漏らしたくない、この経験は今しかできないと思って常にアンテナを張る。人の感情を感じ、受け止め、自分の言葉に直す作業を頭の中でやっている時・・・
彼と似た感情を感じていたのだ。
人は自分の許容量を知らない。誰も教えてはくれない。
常に枯渇した気持ちを持つ事と、破裂してしまいそうな不安は、誰にでもあるものではないかな。忘れてしまえばそれまで。考えないようにすればそれまで。だけど、確かにあるのだ。
人生は短い。そして一度しか経験できない。考えられる時間は限られている。
逃げないで、馬鹿を装わないで、考えてみよう自分を。

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