2009/11/26
11月26日 自句
舟唄を陽気に唄ひ冬の浪 自句
(中七不出来了解済み)
子供の頃、いつも叔父と一緒だったので当時の歌謡曲をずいぶん聞いた。
たぶん、叔父の呪縛が消えて自分なりの音楽を楽しめるようになったのは、高校生になった頃だと思う。
マヒナスターズ、松尾和子、西田さち子など7歳の少年のアイドル?だった
今日はほとんど一日寝ていた。
そのかん、寝ぼけ状態で来客を迎えたり食事を作ったりしたのだが、夢の中のような状態であった。
はっきりしたのは夜の7時頃で、息子が帰ってからである。
目覚める間ぐるぐると頭の中で三沢の曲が流れていたような気がする。
昔の歌謡曲にたいする私なりのラブコールを書きたいと思っている。
それは、大好きだった叔父へのラブコールでもある。
才能が無くてなかなか書けない。
http://www.youtube.com/watch?v=emfaBAUqagg&feature=related
(中七不出来了解済み)
子供の頃、いつも叔父と一緒だったので当時の歌謡曲をずいぶん聞いた。
たぶん、叔父の呪縛が消えて自分なりの音楽を楽しめるようになったのは、高校生になった頃だと思う。
マヒナスターズ、松尾和子、西田さち子など7歳の少年のアイドル?だった
今日はほとんど一日寝ていた。
そのかん、寝ぼけ状態で来客を迎えたり食事を作ったりしたのだが、夢の中のような状態であった。
はっきりしたのは夜の7時頃で、息子が帰ってからである。
目覚める間ぐるぐると頭の中で三沢の曲が流れていたような気がする。
昔の歌謡曲にたいする私なりのラブコールを書きたいと思っている。
それは、大好きだった叔父へのラブコールでもある。
才能が無くてなかなか書けない。
http://www.youtube.com/watch?v=emfaBAUqagg&feature=related
2009/11/23
共犯 自句
共犯(または・・・なれ合い)
夕闇は無限に深し鵙の贄
月の舟ファイル共有ソフトより
なれ合いを「共犯」と云ひおでん鍋
事例一・事例二霜の夜の更ける
年つまるユング・フロイト・ニーチェなど
楽園を追われしごとく枯野ゆく
BY修司(もちろん、野風増)
夕闇は無限に深し鵙の贄
月の舟ファイル共有ソフトより
なれ合いを「共犯」と云ひおでん鍋
事例一・事例二霜の夜の更ける
年つまるユング・フロイト・ニーチェなど
楽園を追われしごとく枯野ゆく
BY修司(もちろん、野風増)
2009/11/23
勤労感謝の日 俳句
私の祖母は「文化の日」のことを死ぬまで「明治節」と呼びつづけた。そしてこの日は彼女が子供の頃、いかに華やかな祝日であるか語ってくれたものである。
今日は「勤労感謝の日」さすがに祖母も「新嘗祭」という言い方はしていなかったように思う。
勤労感謝の日は1948年の「国民の祝日に関する法律」で制定された9つの祝日の中の1つである。
その後、祝日はどんどん増えた。
古い歳時記を見るとこのへんの編者の苦労がうかがわれる。
たとえば平凡社版の「俳諧歳時記(冬)」は「新嘗祭」と「出雲の新嘗祭」に関して約2頁にわたり解説考証などびっしりと記しているのだが「勤労感謝日」は数行で例句もない。
虚子編「新編歳時記」では主題が「新嘗祭」で傍題として「勤労感謝の日」が記してある。
20年程前から絶版になっている新潮文庫の「俳諧歳時記(冬・新年)」(この歳時記は文人俳句がかなり載っていて私の好きな本なのだが、絶版のままで残念)にはこの季語は両方とも無いのはさっぱりしている。
だいたい「新嘗祭」というお祭が分かったような分からないような庶民には少し高貴な響きのある行事である。
これを「収穫祭」といえば分かりやすいがそれでは少し違うような気がする。
とりあえず虚子編歳時記の一文を載せて日ごろの勤労に対する感謝の念としたい(まあ、意味不明な言い回しですが・・・)
『今年の初穂を神に奉り、天皇陛下も聞き召す御儀である。昔は十一月中の卯の日、今日では十一月二十三日に行はせられる。民間の神社でも神事を行ふ。しんじやうさい。現在はこの日を勤労感謝の日としてゐる』
勤労感謝の日の句
柊にからみし旗や新嘗祭 高橋秋耕子
夜半に賜ふ黒酒白酒や新嘗祭 田島未知生
計算機寂と勤労感謝の日 吉田北舟子
猫おのが身を舐め勤労感謝の日 白岩三郎
新嘗祭長々ブログ綴り終へ 自句
今日は「勤労感謝の日」さすがに祖母も「新嘗祭」という言い方はしていなかったように思う。
勤労感謝の日は1948年の「国民の祝日に関する法律」で制定された9つの祝日の中の1つである。
その後、祝日はどんどん増えた。
古い歳時記を見るとこのへんの編者の苦労がうかがわれる。
たとえば平凡社版の「俳諧歳時記(冬)」は「新嘗祭」と「出雲の新嘗祭」に関して約2頁にわたり解説考証などびっしりと記しているのだが「勤労感謝日」は数行で例句もない。
虚子編「新編歳時記」では主題が「新嘗祭」で傍題として「勤労感謝の日」が記してある。
20年程前から絶版になっている新潮文庫の「俳諧歳時記(冬・新年)」(この歳時記は文人俳句がかなり載っていて私の好きな本なのだが、絶版のままで残念)にはこの季語は両方とも無いのはさっぱりしている。
だいたい「新嘗祭」というお祭が分かったような分からないような庶民には少し高貴な響きのある行事である。
これを「収穫祭」といえば分かりやすいがそれでは少し違うような気がする。
とりあえず虚子編歳時記の一文を載せて日ごろの勤労に対する感謝の念としたい(まあ、意味不明な言い回しですが・・・)
『今年の初穂を神に奉り、天皇陛下も聞き召す御儀である。昔は十一月中の卯の日、今日では十一月二十三日に行はせられる。民間の神社でも神事を行ふ。しんじやうさい。現在はこの日を勤労感謝の日としてゐる』
勤労感謝の日の句
柊にからみし旗や新嘗祭 高橋秋耕子
夜半に賜ふ黒酒白酒や新嘗祭 田島未知生
計算機寂と勤労感謝の日 吉田北舟子
猫おのが身を舐め勤労感謝の日 白岩三郎
新嘗祭長々ブログ綴り終へ 自句
2009/11/21
古暦 俳句
買い物に出る。
年賀状、暦、煙草、剃刀など・・・。
郵便局で卓上のカレンダーをもらう。
「年末なのだな−−」つくづく思う。
年賀状と煙草以外は百円ショップで済ませる。
まあ、このデフレの世に「百円ショップこそが安いのか」といえばそうでない場合もあるが雑貨は高くない。
暦はもちろんカレンダーではなく、冊子になっている「開運暦」というやつである。
他にも自分の干支や星座にターゲットを絞ったものもあるが、基本的に旧暦と二十四節気が分かればよいので一番シンプルな物を買う。
気の利いたカレンダーにはそんな情報も載っているものだが、そのようなカレンダーが貰えるとも限らないので「暦」だけは毎年買うことにしている。
そうそう、私はカレンダーは断然「貰う」派で、あの品にお金を出すのは抵抗がある。
だいたい、毎年カレンダーをもらっても余った物が階段下の収納庫に押し込んであったりする。
貰ったものを使わないのは失礼だと思うが、余分に張るのも好まない。せめて、少しでも頂き物で済ますように心がけている。
そうすると、カレンダーの中の情報云々など云えなくなり、自分の必要な部分だけお金を出して賄う事になる。
暦に関する句。
古暦水はくらきをながれけり 久保田万太郎
母と在らば一会の日々よ古暦 新井盛治
古暦裏に怪獣ゐたりけり 自句
年賀状、暦、煙草、剃刀など・・・。
郵便局で卓上のカレンダーをもらう。
「年末なのだな−−」つくづく思う。
年賀状と煙草以外は百円ショップで済ませる。
まあ、このデフレの世に「百円ショップこそが安いのか」といえばそうでない場合もあるが雑貨は高くない。
暦はもちろんカレンダーではなく、冊子になっている「開運暦」というやつである。
他にも自分の干支や星座にターゲットを絞ったものもあるが、基本的に旧暦と二十四節気が分かればよいので一番シンプルな物を買う。
気の利いたカレンダーにはそんな情報も載っているものだが、そのようなカレンダーが貰えるとも限らないので「暦」だけは毎年買うことにしている。
そうそう、私はカレンダーは断然「貰う」派で、あの品にお金を出すのは抵抗がある。
だいたい、毎年カレンダーをもらっても余った物が階段下の収納庫に押し込んであったりする。
貰ったものを使わないのは失礼だと思うが、余分に張るのも好まない。せめて、少しでも頂き物で済ますように心がけている。
そうすると、カレンダーの中の情報云々など云えなくなり、自分の必要な部分だけお金を出して賄う事になる。
暦に関する句。
古暦水はくらきをながれけり 久保田万太郎
母と在らば一会の日々よ古暦 新井盛治
古暦裏に怪獣ゐたりけり 自句
2009/11/20
矢切の渡し 自句


