寧夏って?  寧夏
「仕事で寧夏へ行くんですよ」
「寧夏って?」

よく聞かれます。

寧夏をご存知の方は少ないですよね。
仕事で関るまで、私も知りませんでした。

日本語では「ネイカ」、中国語では「ニンシャー」と読みます。

中国の「○○省」って聞くと思います。
黒龍江省、吉林省とかですね。
中国には省のほかに、同じ行政レベルの単位である自治区が5つあります。
少数民族が多い地区は自治区となるようです。

内蒙古自治区は有名ですね。
寧夏はその1つで、正式には寧夏回族自治区といいます。

人口も面積も、あの巨大な中国のなかでは下から数えた方が早い小さな自治区です。
中国で最も人口が多い河南省は、なんと9,700万人!
寧夏は590万人です。

名前のとおり、回族=イスラム教の方がたくさんいます。
元の時代に西域から入ってきた人々がルーツなのだそうですが、数百年を経て、見た目は漢民族とあまり変わりません。
(でも、青い眼をした村人を時々見かけて驚きます!)

中国では回教を「清真」と表現することがあります。
看板に「清真」と書いてあるレストランでは豚肉がでてきません。

言葉のとおり、皆さん真面目で気持ちもまっすぐです。


クリックすると元のサイズで表示します
この地図をみると「ど真ん中」にも見えますね(笑)

皆さんも、そんな寧夏にどんどん「愛好」(アイハオ)してください!




1


2009/11/26

QCD  東京にて
昨夜は大学時代のバイト先の方たちと久しぶりに飲みました。
銀行系のシンクタンクなのですが、実は今のオフィスのすぐそばにあります。
学生時代にもこの辺りでフラフラしていました。
なんとも半蔵門にはご縁があるようです。

みなさんはいわゆるコンサルタントのお仕事です。
改めてコンサルタントという仕事の奥深さを感じました。
とにかく、分析が明快です。
それに話し上手。おまけに褒め上手で、何だか話を聞いているだけでその気になってきます。

そのなかで「QCD」という生産管理の理論についての話がでました。
Qはクオリティー(品質)
Cはコスト(価格)
Dはデリバリー(納期)
この3つを強くすることが会社の価値を高めるというものです。

しかし、本来の定義は別として、昨夜の話のテーマは他のところにありました。
会社として品質とコストを下げようと努力するのは当然のことです。
日本の製造業の得意とする分野でもあります。
ところが、海外への生産基盤の移転によって品質も海外勢に猛烈に追いかけられているし、コストに至っては人件費の面で日本は不利な状況です。
そんな環境のなかで、日本が生き残っていくには「D」の部分を強くするしかないというわけです。

この「D]を納期と捉えると意味が狭くなりますが、広い意味での「流通」、つまり消費者にモノが届くまでの流れであったり、マーケティングや販売でのサービス体制も含めた概念で捉えるべきだと。

こうして考えてみれば、日本の産業の足りない部分が見えてくるし、まだまだやるべきことがたくさんあるというわけです。

たしかにユニクロなどはQCDを複合的に捉えて展開している良い例かもしれません。

牛肉の問題も同じだと思いました。


0

2009/11/19

床屋のご主人の話より  東京にて
いつもお世話になっている地元の床屋さん。
ここのご主人から地元のおいしい店の情報を聞いたり、いつも髪を切りながら楽しく話をさせてもらっています。

先日は馬肉で有名な浅草の肉屋さんのことを聞いて今からワクワクしています。

仕事の話もするので中国のことに触れることもしばしば。

彼自身も何度か旅行や仕事で中国へ行っているのですが、亡くなったお父さんが戦時中は中国の北方に駐屯していたようで、その頃の話というのも興味深く聞いています。

お父さんの上司の部隊長も三河島の人で家族ぐるみで仲良くしていたらしく、お父さんに手紙を書くときに一緒にメッセージを添えると返事を書いてくれたそうです。
その中に、中国の田舎に伝わる民話を書き集めたものが時々入っていたとか。
部隊長さんは教養のある人で、時間があるときに中国の農村をまわってお年寄りから民話を聞いてそれを書き留めていたわけです。
幼心にとても面白い話が多かったのを覚えているそうです。

この話を聞いて、戦争のときに日本の兵隊は中国の人々とどういう付き合い方をしていたのか?と考えさせられました。
当時の日本人は中国人にしてみれば敵国の兵隊です。
呑気に民話を話して聞かせていたというのは、我々がイメージする戦争の状況とは少し違うと思うのです。

その話を床屋さんにすると、お父さんからは「中国の村人に軍隊支給の薬を分けてあげると、それが評判になって、みんながイモと交換に薬がほしいと言って困ったものだ。でも、それが効いて病気がなおると、うれしいことにまた何か食べ物をもってきてくれたんだよ」という話もよく聞かされたと言っていました。

広い地域で行われていた戦争ですから、いろいろな状況があったと思います。
その場で日本人と中国人がどういう関係を作っていたかというのは、今となってはどうでもいい話なのかもしれません。
歴史に記されることのない話でしょう。

戦争を決して肯定はできませんが、こんな当時の(極限状態の)人間関係が今の中国と日本の友好的な関係の根底にあることを実際に感じることもあります。

2

2009/11/18

イメージの共有  東京にて
帰国してバタバタしている毎日。
ちょっと悩ましい問題も起こっています。
牛の飼料の指示書があるのですが、この内容にミスがあることに気付いたのです。

なぜもっと早く気がつかなかったのだろう?と自分が嫌になります。
僕自身がわからない点を何となくそのままにしてきたのは決定的な失敗でした。
けれど、現場でやっている人はもっと早く気がつくことができる問題なのです。
牛が実際に食べる量と、指示書の量が違ったのですから。

なぜ、こんな段階までズルズルと来てしまったのか?
最大の問題は、まだこのプロジェクトで行っている日本流の牛の飼い方に、プロジェクトのみんながイメージを持ちきれていないことにあるようです。
分からないことを、分からないままに暗中模索しているのが現実。
それは日本人であっても牛の素人である僕にとっても同じこと。

でも、こんな状況のなかでは、曖昧なことを各人が勝手に自分の経験から判断して行動してしまうので結果が揃いません。
特に牛を飼っている農家にしてみれば自分自身の経験がある分、自分の解釈で判断がなされます。
今回の問題もそんなことが二重にも三重にも重なって起こっているようです。
当たり前のことですが、風通しをよくして、何でも話し合い、できるだけ同じイメージをみんなが共有するよう努める意外に方法はありません。

それにしても、このロスは取り戻せるのだろうか・・・

クリックすると元のサイズで表示します
2

2009/11/10

中国の新幹線  
太原から北京へ戻ろうと思ったら外は大雪でした。
午前中の飛行機で帰る予定だったのですが、すべて欠航。
急遽、鉄道で帰ることになりました。
鉄道どいっても、中国の人がいうところの「新幹線」。
北京オリンピックを契機に整備されました。
最高速度は350キロ。(今回は200キロでしたが)
いつも飛行機での移動が中心なのでこれはこれで貴重な経験でした。

それにしても駅の中はものすごい数の人です。
雪だからかな?と思ったらいつも駅はこうなのだとか。
鉄道は中国10億人を運ぶ大動脈なのです。

ベンチなんてどこも空いていませんよ。
しかし、さすがに抜け道はあるものです。
1人20元を出すと休憩室に入って座りながらお茶を飲めます。
しかも、そこからホームまでは別口より係員が案内してくれます。
面白いのは、更に上がいて、VIPはホームまで車でのりつけます。
アウディがホームにどかんと止まっている光景には驚きます。
さすが中国。

日本ではあり得ません・・・

昔ながらのチリリリリンという鐘の音がして出発です。
雪景色の山西省と河北省を眺めながらの3時間。
飛行機とは違う、のんびりした旅らしい心地よさがありました。

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します

クリックすると元のサイズで表示します
5

2009/11/9

太原  寧夏
山西省の太原にきています。
ここは中国のなかでも歴史の古い地域です。
黄河文明の発祥の地でもあります。
会議の前に時間があったので、ある史跡を訪ねました。
何もかもが歴史のあるものばかりです。
3000年前に作られたという像や松があります。
本当??と思うのですが、国家の主席クラスも訪れる場所ですから確かなのでしょう。
そのころ、日本は縄文時代。
まだ文明とはほど遠い時代です。
日本では300年前の史跡でもすごいと思うのに、時間軸が一桁違うのですから驚きです。
それにしても、中国ではこういう文化的な資産は文化大革命のときに徹底的に破壊されました。
古い価値観をすべて否定することから新しい時代を作ろうとしたわけですが、本当に残念なことです。
この史跡は奇跡的に破壊されなかったようで貴重な存在です。


クリックすると元のサイズで表示します
(この松は樹齢3000年)

クリックすると元のサイズで表示します
(この銅像は1400年前のもの・・・)
1

2009/11/7

(無題)  寧夏
長い出張も残りわずか。
今日、寧夏をあとにして北京へ行きます。
北京から山西省の太原へ。
農家向けの表彰式へ出席です。

昨日は日本から持ち込んだ焼肉の調味料の食べ比べを12人で行いました。

全部で11種類のものをもってきたのですが、やはり好き嫌いがあるものです。
ポン酢というのは僕は大好きですが、こちらの人にはまったく受け入れられません。
醤油ベースの一般的な焼肉のタレは概して好評ですが、それでもやや味が薄く感じられるようですね。
ちょっとニンニクとレモンを足すとよいみたいです。

肉の味は調味料とセットで完成します。
僕もこちらの人の味の好みがわかって勉強になりましたが、政府のみんなにも、肉を作るのと同時にこういう作業も重要だと分かってもらえたと思います。

それにしても、昨日の会議も若干タイムオーバー。
帰国を前にまた宿題がたくさん残りました・・・

クリックすると元のサイズで表示します
1

2009/11/4

Tさんのカレー  寧夏
今晩の夕食は通訳のTさんが長旅で疲れた僕にカレーを作ってくれました。
実は中国、特に寧夏ではカレーという食べ物は全く一般的ではありません。
ですが、Tさんとスーパーに行ったときにハウスのジャワカレーをみつけたのです。
しかも、さすがハウスですね。
イスラム教の人向けに豚の脂をつかっていないタイプのルーを用意しています。
「私が作ってあげますよ」ということになり、ニンジン、玉ねぎ、ジャガイモ、それに骨付きのチキン、隠し味にはニンニクもいいよ、なんてことで材料もばっちり揃いました。

T夫妻の新居にうかがい料理開始です。
僕もカレーはよく暇な日曜日に作っているので結構作り方には詳しいんです。
一方、Tさんはカレーというものを過去に一度しか食べたことがありません。

しかし、さすが料理上手なTさん。
裏面の作り方を一読してイメージがつかめたらしく、どんどん手際よく作り進めます。
僕がご指導を、と思っていたのですが、彼女の手際を前にして台所には居場所もない状態でした。

仕方なくテーブルにすわって見ていたのですが、
(あまりジロジロみていると旦那さんに怒られそうでしたが・・)
野菜の切り方も日本人とは違うし、炒め方も違うし、やはりこんなところにもお国柄があるんだな・・・と改めて思いました。

進捗状況をみていると少し心配になって、あれこれと途中で口をはさんだのですが、ここは私の台所です!という迫力に圧倒されました。

そしてできあがったカレー。
おいしかったですよ。
うれしくて食べすぎて動けなくなりました(笑)
幸せでした。

でも、(Tさんゴメンなさい)なんとなく中華なカレーなんです。
同じ材料、しかもハウスのルーなんですが。
見ていて特に炒め方が中華な変化を作り出したような気もします。
どれくらい炒めるのか、どれくらい煮込むのか、どれくらいルーを入れるのかというのも、やはり家庭での料理方法やカレーに対する好みのバックグラウンドに左右されます。
日本でも家庭ごとに味が違うのですから、中国、しかもTさんのようにカレーをほとんど食べたことがなければ尚更です。

で、なにが言いたいかといいますと、何かを作る時には最終的なイメージが大事だな・・・と。

牛の飼育もきっと同じなのです。
寧夏には寧夏の伝統的な牛の飼い方があります。

ただ、今のプロジェクトのように肉質がよい牛を育てようとすると別の技術も必要なのです。

しかし、みんな他の牛の飼い方を見たこともないし、ましてや霜降りの牛肉を食べたこともありません。
「おいしい牛肉を作りましょう」
「そのためには牛にとって最も心地よい環境をつくりましょう」
こんなことを口を酸っぱくして言っていても、最終的なイメージがないとやはり途中でどうしても過去の経験に引っ張られてしまいます。

第2期の計画を作っているのですが、現地の農家に日本流の牛の飼い方を見せるための施設を作ります。そして、霜降りの肉も実際に食べてもらいましょう。
優秀な農家には日本へ見学に行くチャンスも作ります。

新しい牛飼いの「イメージ」をどう共有できるかがポイントですね。

Tさんのとても美味しい、でも、ちょっと中華風なカレーを食べてこんなことを思いました。


クリックすると元のサイズで表示します
(近所の妹さんも食べにきました)

クリックすると元のサイズで表示します
(Tさんの好みで揃えられた部屋!)

クリックすると元のサイズで表示します
(新しいマンションです)
1

2009/11/3

寧夏の日本人と  寧夏
今日の夜は寧夏に住む日本人のみなさんと食事。
「住んでいる」という細かい定義は別として、今、14人の日本人がいるそうです。

今日集まったのは6名。
島根大学から寧夏大学の国際センターに来ているH先生。
同センターのTさん。
日本語を教えているYさん。
そして留学生のWさん。
加えて、7月まで名古屋大学にいた寧夏出身の中国人のOさん。
面識はないのですが、このほかにも企業から派遣されてきている皆さんが他にもいるようです。

日本と寧夏を往復している僕からすれば、ここに住んでいるみなさんは「寧夏のスペシャリスト」ともいうべき存在。
話を聞いていて興味がつきません。

実際に生活をしていれば、僕のように毎日の食事を宴会や外食ですませるわけにもいかないし、みんな苦労しています。
でも、あっけらかんとして苦労をむしろ楽しんでいる人ばかり。

「すき焼きをしたけれど、どうも牛肉がね・・・。醤油は案外こっちのでもいけるよ」とか。
「パンが少しかたいのは、電子レンジに水を入れて温めるといいよ」とか。

何でも揃う東京にいれば考えもしない話ばかりです。

ビールを飲みながらこんな話をしているだけでも、何とも愉快な時間でした。

ここにいる日本人の皆さんも感じているようですが、生きる上で「足ることを知る」ことの心地よさがこの地にはあるような気がしています。
2

2009/11/2

秦川牛に思う  寧夏
寧夏の固有種である秦川牛。

中国の五大品種の1つです。
しかし、大きさでいえば中型に属して600キロほど。
1トンに迫る西洋の大型品種にはまったくかないません。
今の中国では重量で牛の値段が決まるので大きければ大きいほど人気があります。
牛は経済動物なので希少だからといって飼う農家はいません。
この先も大きさだけが要求されるのであれば、トキやパンダと同じように絶滅を防ぐために保護されて生きていくしかないのです。

けれど、どうもこの秦川牛の肉質はなかなかいいのです。
秦川牛に日本流の肥育をしたものは、これも肉量には乏しいのですが、結構サシが入りました。
プロジェクトではアンガスという欧米系の肉用種をこの秦川牛に掛け合わせているのですが、どうも単純に肉質だけならばアンガスよりも上だと思われます。
今後、中国で牛の肉質に光が当たっていくならば、秦川牛は貴重な資源です。

できれば純粋な秦川牛として残していきたい。
そう思います。
しかし、アンガスを掛け合わせると肉量にしたときに2倍近くなります。
この経済性を無視して普及はできません。

では、その子供にまたアンガスをかけていったら・・・最後は限りなくアンガスに近くなります。
本当は秦川牛の中でも大きなものを選抜して少しずつ改良していくのが最善なのですが、あくまでも牛を飼っているのは農家なので、「10年後には利益がありますよ」という悠長な方法は選択されません。

和牛にも約100年前に同じ歴史がありました。
欧米系の外国種で大型化した結果、肉質がわるくなってしまったのです。
その後に、和牛の形質を強く残している牛を選抜して交雑することで本来の特性を取り戻したという過去があります。

秦川牛も同じ道をたどるのでしょうか?

しばらくは我々もアンガスをかけ合わせます。
でも、罪滅ぼしではないけれど、秦川牛にしかない個性、それも経済性をもつものを、みんなで探してやりたいと思います。


クリックすると元のサイズで表示します
4


Powered by teacup.ブログ “AutoPage”