何度やっても、ライブ前日は緊張感がある。ワクワク2割、ドキドキ6割、心配2割ってな案配で落ち着かず、初めてのプレイヤーが参加とあれば尚更のこと。
即興演奏が大半を占めるやり方の音楽は、いわゆる慣れることがないような気もする。ステージの初日も緊張を強いられる。以前、中山美穂さんのツアーを手伝った。アルバムの中のソロを一曲レコーディングした縁でお声がかかったわけだけど、当時の彼女はアイドル最前線で活躍中。さて、既にオッサン化していた僕としては、どう対処していいのかが分からない。馴れ馴れしく話すのも憚られ、かと言って知らぬ顔は出来ず、面と向かえばアイドルのオーラがまぶしいほど。で、すっかり弱った態でマゴマゴしている内に初日が来た。
ま、路線が路線だから仕方ないのだけど、お揃いのとんでもない衣装をあてがわれ、更に更に困惑の度が高まったあたりでステージに上がった。ステージに上がったからには、やることは同じ。スティービー・ワンダーだろうと某山下さんだろうと、自分のパートをより良くする以外にやる事はないのだ。しかしながら、あのステージは少し様子が違った。どこでも、いつでもより良くと思う気持がプレッシャーとなって跳ね返ってきた。勝手の違うステージの様子から何から、全てがプレッシャーになってしまったらしい。
で、久し振りに音出し前に足が震えた。ま、そういうのはいつもの事なのだが、なかなか着地出来ないようなもどかしさがあった。僕の真後の舞台袖にいた舞台監督、イヴェンター、マネージャー連が騒ぎだした。「あれっ、渕ヤン震えてる・・・ククククク」ってな感じで面白がっていやがった。「何を言いやがる、武者震いってんだ、バーロー」ってなところだったが、一音吹き出すまで震えは収まらなかった。
ま、ソロをどう吹くのか、自分でも始まるまで分からない。そのことが、いつでもプレッシャーになる。「だいたい決めておけば」という意見もあった。ま、長いツアーをやっていると、曲によってはお決まりに落ち着いたりするのだけど、最初から企んだことはないから、やり慣れていないことは止した方がいい。
ピットイン朝の部の時代から培ってきたことで、神経を消耗させる生業に違いなく、充分でしょうとの声も聞こえるのだけど、ま、長生きは出来ない。
今日も午前中にトレーニングしていて、より自由になる方法を模索するわけだけど、いつまで経っても不自由なのは、もうダメなのかなどとうな垂れつつ、だがしかし、こうやって楽器に向かっていることが好きなのではないかとも気付き、ライブ前ということもあって、妙にハイテンションのまま猫たちの元へ戻ってきた。
「ローランド・カーク伝」(ジョン・クルース著/林建紀訳・河出書房刊)の中に思わず笑みがこぼれるいい話がある。
音楽の最も輝かしい時(ブライト・モーメンツ)は悲しい事に、しばしばほんの一握りの人々にしか目撃されないということを、カークは嫌というほど分かっていた。何年も前、彼自身、チャーリー・パーカーがセントルイスのほとんど空っぽの酒場で演奏しているのを聞いたことがあった。七十年代の初め、ヴィレッジ・ヴァンガードのいつになく不景気な一夜、ラサーンは少数だが熱心な聴衆に話しかけた。「心からご静聴ありがとう。時々、聴衆ってのはとても手に負えない、とくにイスとテーブルしかない時は、イスにテーブルにネズミにゴキブリ。本当に手に負えない」、彼は冗談を言った。「やつらはまったく反応しない!」しかし、「イスにテーブルにネズミにゴキブリ」に直面しても、ラサーンはいつもしゃにむに演奏した。