先週、三遊亭 圓楽(5代目)師匠の訃報を聞いた。今日の昼過ぎ、テレビを観ていると、ほとんどのワイドショー番組で師匠のことが取り上げられていた。
落語の世界は詳しくない。師匠がとんでもなく偉い方だったらしきことを改めて知った。しかしながら、僕は圓楽師匠の落語を聞いた記憶がない。見ていたのだが、興味がなかったせいで忘れているのかどうかは定かじゃないけれど、少なくともここ10年の間に彼の噺を聞いたことはないような気がする。
で、亡くなった後に、ニュースの中でチラッと拝見することになった。
不思議な話ではあって、お笑いブームが今も続いているのかどうかは分からないのだが、若手ベテランを問わず、テレビに出てくる芸人達の芸を観る機会が極めて少ない。漫才師は漫才をしないし、お笑い芸人の何人かは何をする人なのかもよく知らない。年末の何とかグランプリだけが漫才を観ることの出来る番組のような気もする。それでも、何分かの持ち時間だから、コントの延長のような芸のようにも見える。
ましてや、落語は一席何十分も要するものだから、テレビの枠では無理なのかも知れない。で、圓楽師匠の記憶は「笑点」の司会者に尽きる。これってどうなんだろう。
あれだけワイドショーなどで惜しむ声を聞くと、せめて現役中にもう少し噺家としての活躍にスポットを当ててもよかったんじゃないかと思うし、冥福を祈ることはもちろんのことだけど、なんだか「落ち」がつかないのじゃないかと労いの言葉も湿りがちなのだ。