朝方のどしゃ降りで、ずぶ濡れになりつつ車に乗り込んだのが夢だったと思える午後の空。周りには紫陽花が咲き誇っているわけだが、この道路脇のものは排気ガスを吸っている所為か、艶やかとは言いがたく色味が薄い。近寄って見ると野菜と思えないこともない。
昨日、猫の引っ越しを目撃した。引っ越しと言っても家財道具があるわけじゃなし、どんな事情があるのかは分からないが、生後一ヶ月足らずの子猫達を新しい住家に運ぶ母猫を見た。子猫は4匹いたそうで、僕が見たのは最後の一匹を運ぶところだった。母猫のたくましくも真剣な様子に年甲斐もなく感動した。
固唾を呑んで上から見守り、カメラを向けるのも憚られたから写真はない。ウチのパスタより一回りほど小さく見える母猫は、子猫の首筋あたりを上手にくわえて持ち上げた。前脚を踏ん張って持ち上げたはいいが、かなり重そうで、後ろ足を大きく開いて全身を支えようとするのだけど、重心を前に取られそうになり、フラフラとよろめいた。子猫を一端ボトッと落とす。次は持ち上げるのを止め、少し引きずって歩数を稼ぐ。思い直してまたくわえ上げた。ヨロッ、ヨロッと少しずつ進む。力の限界を超えて頑張っているのは間違いなく、それでもあきらめるわけにもいかず、そりゃあ人は動物の本能だとか言うのだけども、手助けも出来ぬもどかしさに手に汗を握って見守った。
最後に一メートルは優に越える段差があって、ここで母猫は逡巡することひとしきり。子猫をくわえたまま何度も何度も下をのぞき込む。その内、できる限り身を低くして、エイヤッとばかりに跳び降りた。そこから、また引きずりながら移動を開始。段差をクリアしたことで、見ているこっちもホッとして声が出たものだから、母猫に気付かれてしまった。慌てさせてしまったのでは拙いから、急いで姿を隠した。
しばらくして見ると猫の姿はなく、あたりを探って見たのだが、人に感づかれるような場所に移動するわけもない。このような移動は、時によって丸一日以上をかけることがあるらしい。
それで、みかんの一家のことを思い出した。みかんの母猫も5匹の子猫を連れて現れたのだけど、引っ越しの時にみかんを置き去りにしたのはどういう事だったのか。みかんが重過ぎたのか、すっかり疲れて5匹いることを忘れてしまったのか。それとも、以前通っていた動物病院の女の先生が言ったように「それは、もしかすると、この人だったら大丈夫のようだと狙いをつけられたのかも。それで、今ごろ、うまくいったわ、と思っていたりしてね」だったのか。
「おい、みかん、真相はどうなんだ。そろそろ話してくれてもいいんじゃないか」とみかんに言ってみる。