無人世界 スカイグラス フィールド内
〈――Meteor Breaker〉
「だぁああっ!」
ビル街のその上空。
上方にいる優希は、体を1回転させて遠心力を利用したバスタードモードでのソードブレイカー――メテオブレイカーを下方にいる杏へと振り下ろした。
「そんな大振りは当たらないわよ!」
そのセリフ通り、直撃すれば勝負が決まるだろう大剣の一撃は上方へと回避されてしまう。
それだけではない。
杏が上方へ回避したことにより、優希が下方で杏が上方とお互いの位置が逆転する。
「お返し、よ!」
メテオブレイカーを放った反動から体勢を戻す途中にそんな声が聞こえる。
どんな攻撃かは確認する余裕はないし、防御エフェクトも間に合わない。
そう判断した優希は、とっさに大剣を上方に向けて盾にした。
「……ッ」
大剣から12連続で衝撃音が響き、同時に優希の高度がその分だけ下げられる。
攻撃はストームバレットだった。
「まだよっ」
〈Storm Buiite Relode〉
さらに杏は嵐の弾丸を再装填してくる。
防戦一方では再び主導権を杏に握られるだろう。
「ブレイズロケット!」
だからその前にこの状況を変えようと、優希は大剣から爆炎のような短い炎を斜め上空へ噴射させて、一気にビル街まで降下した。
「ブレイズモード!」
〈了解。Style Change Blaze Mode〉
バスタードモードではこれ以上杏の速度へはついて行けない。
炎噴射時の反動を体に受けながらもそう考えた優希は、GRBに指示を出して大剣から通常の両手剣であるブレイズモードへ戻す。
地上へ一旦着地し、
「グラディアンレッドブレイブ、抜刀」
GRBの鞘が回転しつつも優希の左腰へ移動させる。
そして両手剣を鞘に納め、上空からストームバレットを展開しながら迫る杏へ跳躍した。
優希が抜刀体勢で向かってくる。
杏はすぐにそれがメテオブレイカー以上の威力を持つ、ブレイブエクスプロージョンの体勢だと直感した。
(エクスプロージョン……なら射程に入る前に――)
左右に6発ずつストームバレットが展開された右手のシルフィードを迫ってくる優希へ向ける。
『撃ち落とすわよ』
《了解です》
思念電話でシルフィードに指示を伝え、彼女へ向けて嵐の弾丸をタイミングをずらしながら連続して撃っていく。
次々と優希へ飛翔する嵐の弾丸。
だがそれは、彼女の正面に展開された赤い円状の障壁によって防がれていく。
その場で停止して展開するファイアウォールとは違い、動きながらでも展開できる防御エフェクト、エナジーシールドだ。
「ちっ」
杏は舌打ちをして、高度を下げながらも優希の接近を許すまいと距離をとる。
(エクスプロージョンは射程が短いのと、制御が難しいのが欠点……このまま距離をとって広範囲エフェクトでふき飛ばせば――)
そこまで考えたところで、杏は一度思考を止めた。
そして思う。
本当にそれでいいのかと。
確かに距離をとって広範囲エフェクトを使えば、決定的なダメージを与えることができる可能性がある。
けれど優希がその可能性を考慮しないわけがないはずだ。
なぜなら、杏が彼女の手札を知っているのに対して、彼女もまた杏の手札を知っているはずだからだ。
そうならば、きっと彼女は杏が広範囲エフェクトを使う瞬間に”なにか”を起こすだろう。
その”なにか”がなんなのかは、残念ながら杏にはわからなかった。
(だったら)
普段と違う手札の切り方すればいい。
杏はそう決断し、優希がよくやる”退避する局面で、あえて突撃する”という手を使うことにした。
『シルフィード、ちょっと無茶するわよ』
《了解。覚悟しておきます》
シルフィードに思念電話をかけた後、杏は開き始めていた優希との距離を逆に縮めるように動いた。
瞬間、抜刀体勢の優希の表情が少し変化したのが見えた。
杏はそんな彼女に構わず距離を詰めていく。
(剣を抜かせなければっ)
ブレイブエクスプロージョンは鞘から剣を抜き放つ動作からの一撃である。
ならば鞘から剣を抜かせなければいいと、杏は考えた。
だから優希の剣の射程に入る直前にガストムーブを使用し、そのまま左手のシルフィードに準備しているブレイドストームを叩きこむことにした。
ところが。
「えっ?」
思わず杏はそんな声を上げてしまう。
理由は簡単。
優希が明らかにGRBの刀身が杏へ届くはずない距離から抜刀してきたからだ。
その意味不明の行動に、杏は僅かに思考を停止させてしまう。
それがガストムーブの発動を遅らせてしまった。
〈――Style Change Busterd Mode〉
GRBの電子音声が聞こえる。
途中で両手剣から大剣へと姿を変貌した刀身が杏の右脇腹目掛けて飛んでくる。
ガストムーブは、一瞬の差で間に合わない。間に合ったとしても発動と同時に大剣が直撃する。
回避は不可能だった。
その時、杏の目には迫り来る大剣の刃がスローモーションに見えた。
「こんのぉお!!」
ただで攻撃をくらうわけにはいかない。
叫ぶ杏はとっさに、既に発動準備が完了していた左手のシルフィードからのブレイドストームを発動と同時に優希へと投げつけた。
双剣同士を繋いでいる金色のケーブルが勢いよく伸びて彼女へ向かう。
「がぁっ――」
直後、杏の右脇腹には大剣が直撃した。
脇腹の金属装甲を砕け散らせながらぶっ飛ぶ杏は、近くのビルのガラス窓を突き破り、そのままビル内部の壁に叩きつけられる。
一方。大剣を杏に直撃させた優希は、抜刀の瞬間に飛んできたブレイドストームが発動したシルフィードを右の鎖骨の下に受け、後方へぶっ飛ばされていた。
それが、数瞬のできごとの結果だった。
2人の少女が戦っている広範囲のオールラウンドフィールド内。
彼女たちの戦闘領域から離れたビルの屋上に、グリフォン・ゼノシードはいた。
既にPAを纏い、周囲には現在、複数のスクリーンが展開されている。
「ギリギリ痛みわけってところっスかね」
杏と優希が、お互いの攻撃が直撃してぶっ飛んだ光景が映っていたスクリーンを見ながらグリフォンは呟く。
それから彼女たちが個別に映っている2つのスクリーンをそれぞれ見る。
まず、杏の方。
ビル内で屈んでいる彼女は、どうやら投げつけた方のシルフィードを回収しているようだ。
右手に握られたシルフィードの柄からビルの外まで伸びているかなり長いケーブルが、伸びた掃除機のコードをボタン1つで収納するかのように縮まり、ケーブルで繋がれているもう1本のシルフィードが引き寄せられるように飛んできた。
その柄を左手で掴み、立ち上がる杏。
よく見ると、優希の大剣が直撃した右脇腹は大きく肌が露出していた。どれ程のダメージを受けたのかはわからないが、グリフォンには戦闘続行可能に見えた。
次に優希。
空中から道路に降り立った彼女は、大剣のバスタードモードから両手剣のブレイズモードへ移行していた。
ブレイドストームによって右の鎖骨辺りから上腕部まで肌が露出してしまったようだが、杏同様に彼女の方も戦闘続行可能に見える。
(でも……PAがあれだけ損傷してるってことは、それ相応にダメージを受けているはず)
肌が露出している部分以外の場所に亀裂が入ったり破れたりなどしている2人のPAを見て、グリフォンはそう思う。
そして、戦闘経過時間が映っているスクリーンを確認し、
「戦闘開始から20分弱……ここからが正念場っスね」
別のスクリーンで、ビルから道路へ飛び降りた杏と、その道路上でGRBを握る優希が向かい合う姿へ感想を漏らす。
決着の時は近いかもしれない。
そう考えたグリフォンは、展開していたスクリーンを全て消した。
「そろそろ俺も行くっスかね」
2人が戦っている場所は頭に入っている。
コンクリートの床を蹴って、飛行エフェクトを発動。
グリフォンは飛翔し、戦闘中の彼女たちの方へ向かう。
もちろん、もしもの時に備えて。
まだ抜け切っていない右脇腹に受けた大剣のダメージをズキズキと感じながらも、杏は目の前で剣を構えている優希から目を反らさない。
さっきの一撃でお互い相応のダメージを負ったはずだ。
それだけではない。これまでの戦闘で、体力も消耗しているはずだ。
現に杏は全身に疲労感を感じていた。特に立体駐車場で何度も飛び跳ねたせいか、両足が張っているような気がする。
でもそれは優希も同じなはず。
なぜなら彼女の構えている剣が距離を置いている杏からでも、小刻みに震えていることがわかるからだ。
きっと、もう長くは戦えない。
「シルフィード、ストームフォーム」
〈了解です。――Style Change Storm Form〉
そう思った杏は、シルフィードを双剣のツウィングフォームから1本の片刃の剣へと戻す。
長くは戦えない。だけどまだ戦える。
自分自身にそう言い聞かせて杏は、乾いた喉から彼女へ向けて言葉を繰り出す。
「優希。そろそろ決着を付けるわよ」
言い終わると同時に杏は、足元に金色の円状ドライブカーソルを展開して、シルフィードを構える。
「望むところだよ!」
力強い返答と共に優希もまた、足元に赤い円状ドライブカーソルを展開して来たのだ。
どうやらこの局面で考えることは同じのようだ。
いや。
真剣勝負であるが故に、必然なのかもしれない。
杏はそう感じながら、切り札の1枚を切った。
「「フルドライブ!」」
〈〈Full Drive Boot Up!〉〉
2人と2機の音声が重なり、フルドライブシステムが起動する。
シルフィードから大型機械の起動音のような音が響く。さらには全体から金色の光が発生して、その中から金色に輝く刃とシェルクリスタルから8つのエナジーの羽を付けた片刃の剣――シルフィードエンプレスフォームが出現した。
〈Empuress Fome Complete〉
シルフィード自身がフルドライブ形態への移行の完了を伝える。
それとほぼ同時に。
〈Crimson Mode Complete〉
彼女の愛機、GRBもフルドライブ形態である全体のカラーリングが真紅を基調となった両手剣、グラディアンレッドブレイブクリムゾンモード(GRBC)への移行を完了した。
杏は思わず眉をひそめる。
GRBのフルドライブ形態を見たからではない。
優希の髪と瞳が真紅に染まり、PAが全身を巡っているかのような真紅のエナジーが流れているラインの入った金色の装甲が目立つ、天願の宝玉事件の最終局面で使用されていたものになっていたからだ。
杏が知る限りあのPAは、先代の紅の勇者であるグエンが使用していたPAのデータが混じってしまったため産まれた、偶然の産物だったはず。その証拠に、杏も立ちあった12月の半ばの起動テストでは、ブレイズアーマーが真紅に染まるだけだった。
それに長時間使用すると、反動で全身のあちこちで筋肉が断裂し、内臓にも不可が掛かるはずだ。
でも杏は彼女の心配などしなかった。
偶然だろうが必然だろうが、関係なかった。
一々口にするまでもない。
真剣勝負にはそんなもの不要だからだ。
「ふぅ」
息を吐いて、杏は右手のシルフィードをくるりと1回転させる。
剣が360度回転した瞬間、杏は先手を取った。
〈Aerial Saber〉
ダンッ! と、コンクリートを蹴ってそのまま超低空飛行に移った杏は、左手にエナジーの西洋剣を握って一気に距離を詰めた。
「はっ」
右足を地面へ着地させ、至近距離から左手の西洋剣を優希へと振り下ろす。
だがそれは彼女へ届く前に、いきなり出現した真紅のなにかに阻まれる。
「だぁっ」
左手が若干痺れ、阻んだものがGRBCの鞘の側面だと杏が理解すると同時に、優希がGRBCを振り上げてきた。
それを右手のシルフィードで受け止め、両腕が交差するような形になる。
「くっ――GO!」
杏はすぐに左足でコンクリートを蹴って後方上空へ跳躍して離脱し、左手のエリアルセイバーを優希へ投げつけた。
しかし彼女は鞘を盾にして直撃を回避して杏へと跳び、接近してくる。
互いの剣の間合い入った瞬間、彼女の剣が横薙ぎに振るわれた。
エリアルセイバーを破棄した杏は、両手に握りなおしたシルフィードを縦一閃に振って応戦。
2本の剣が衝突し、激しい金属音と火花が散って鍔迫り合いになる。
もちろん力比べなどする気など杏にはない。
「エンプレス――」
ジリジリと優希に押され始めた鍔迫り合うシルフィードの刀身に、杏は烈風を発生させる。
「――ッ!!?」
ストームクロスやブレイドストームの嵐の比ではない力を感じとったのだろう。目を見開いた優希がすぐさま鍔迫り合いをやめて後退する。
だが、
「ゲイル!!」
距離をとる彼女へ、自身の髪を千切れんばかりに揺らす烈風を杏は、容赦なく放つ。
直前に杏へと向けられた左手から赤い膜状障壁が展開されたが、烈風はそんなのお構いなしに彼女を呑み込んで広範囲に広がった。
烈風の範囲内にあった周囲のビルの窓ガラスが激しい音を立てて全壊し、辺り一面にダイヤモンドダストのように舞う。
ガラスが細かく砕ける音が続く中、それに混じって分厚いガラスが割れるような音が目の前から聞こえた。
「やっぱ堅いわね……」
距離はそこそこ離れたが、杏は割れて消えていく膜状障壁の中から大きなダメージを受けたようには見えない優希の姿を見てそう言い、シルフィードを中段に構える。
彼女を見て、全体的に布地部分が細かく裂けていることから防ぎきったわけではないことがわかる。
問題なのは彼女が剣を鞘に納めて抜刀体勢をとっていたことだ。
先刻のような抜刀からのバスタードモードへの移行はまずないだろう。
でも、その距離での抜刀体勢は明らかになにか狙っている。
(なら、回避を最優先にして攻撃後の隙を狙う!)
彼女の抜刀攻撃に警戒する杏は、中段に構えるシルフィードの金色に輝く刀身をさらに輝かせて、彼女へとシルフィードを横一閃に振り放った。
〈Gold Slash〉
距離が開いていたため、杏のシルフィードから発せられた電子音声はよく聞こえなかった。
しかし抜刀体勢の優希は、彼女が振り放った金色の刃からゴルドスラッシュとわかった。
「グラディアンレッドブレイブ、抜撃」
〈Crimson Explosion〉
迫る金色の刃に対して、優希はGRBCを抜き放って細い真紅の刃が飛翔させる。
互いの間で金と真紅の刃が衝突。
次の瞬間、金色の刃は一刀両断されてあまりにもあっけなく真っ二つになり、真紅の刃はそのまま杏へ向かう。
直撃すれば杏は戦闘不能になるだろう。
けど、彼女は体を捻って回避した。
その動きは、まるで優希のクリムゾンエクスプロージョンを予想していたかのようだった。
GRBCを抜き放った直後の優希は、彼女の――正確には彼女の剣に目がいった。
剣の刀身には再び烈風が発生し始めていたからだ。
「――ッ」
思わず歯を食いしばるが、頭は不思議と冷静だった。
(読まれてかわされたけど、杏にはまだクリムゾンエクスプロージョンは見せてないはず……だったら!)
思考した優希は、杏から彼女の後方で過ぎ去って消えるだけの真紅の刃に目をやり、
「エンプ――」
自身の意思で大爆発を起こさせた。
「――っきゃ!」
後方からの大爆発で煽られた杏が前方へと体勢を崩した。
同時にシルフィードの刀身から発生していた烈風も消える。
その隙を優希は逃さず突く。
「ソードブレイザーッ!」
体勢を崩した杏に接近し、真紅の炎を纏わせたGRBCを彼女へ振り下ろす。
「くぅぅっ!」
ゴォッ、という炎の音と衝突音が耳に入る。
寸前のところで、シルフィードにより止められたのだ。
それだけではない。
纏わせている炎が激しく揺れて周囲に飛び散っている。
消えたと思っていた烈風が、まだ完全に消えていなかったのだ。
「させない!!」
優希は叫ぶ。
そして、エンプレスゲイルの再発動を防ぐために、シルフィードごと杏を道路上に叩き落とすつもりでソードブレイザーの出力を最大まで上げる。
刀身で飛び散っていた炎が爆発的に増幅し、
「だぁぁああああああ!!」
強引に杏を道路目掛けて叩き飛ばした。
急激な熱を感じたかと思った直後に力技で飛ばされた杏は、飛行エフェクトで姿勢制御を行い地上への激突を避けようとした。
結構な勢いがあったが、ギリギリ道路への激突は避けることに成功する。
「ったく、どこまで馬鹿力なのよ……」
細かいガラスの破片を砕いて道路へ足を着け、杏は体勢を立て直しながらも小さく感想を言う。
「杏!」
「!」
体勢を立て直し、急いで優希へと顔を向ける。
空中から降下する彼女は、ソードブレイザーを維持したままGRBCを振り上げていた。
「覚悟しなさい!」
炎の剣と共に迫り来る優希。
数瞬後には間合いに入られるだろう。
使えるエナジーはもう半分もないし、おそらく彼女もそうだろう。
ならば。
(ここで勝負に出る!)
杏は即決し、
「あんたこそ!」
優希へ言い返しながらベルトの金具部分を横から縦に切り替えた。
〈Armor Change Axel!〉
瞬時に肌の露出している右脇腹部分のPAが修復。さらにはPA全体がウェットスーツのような形に全身のあちこちに淡く光る金のリングがついたものとへと変貌した。
炎を纏わせたGRBCを振り下ろすと同時に優希は、杏がPAを変化させたのを目の当たりにした。
「アクセルアーマー!?」
思わず口に出す。
杏の超高速戦用のPAこと、アクセルアーマー。時間制限付だが、圧倒的な速度が出せるアーマーだ。
〈Take Off〉
彼女へソードブレイザーが直撃する寸前。
シルフィードの電子音声が聞こえたかと思うと、大きな噴射音が優希を通り抜けた。
遅れて強風が通り抜けて、紅い髪を揺らす。
振り下ろしたGRBCからなんの感触も伝わってこなかったことから、いまの噴射音で杏がソードブレイザーを回避したことは優希も理解できた。
でも重要なのはそこじゃない。
「……ッ!」
噴射音が通り抜けた方向へすぐさま振り返る優希は、50m以上は離れているだろう場所で杏が地面を滑りながらUターンして来る姿を見て思う。
(速いってことはわかっていたけど、ほとんど見えないなんて……)
重要なのは杏の速度を知っていたとしても、それを捉えられるかは別ということだ。
優希が知る限り、アクセルアーマーでの彼女の最大速度はマッハ3だったはず。このマッハ3という数字がどれだけの速さを出しているのかは優希はよく知らない。知っているのは、音速の壁を破る時にはもの凄い衝撃音が発生する、ということくらいだ。
『私たちじゃあのスピードにはついていけない。肉を切らせて骨を絶つ……だっけ? それで行こうと思う』
《かなり無茶ですが……いまはそれしかなさそうですね》
思念電話でGRBと話してアクセルアーマーに対する方針を決めた優希は、上段にGRBCを構える。
肉を切らせて骨を絶つ。
例え杏から強力な一撃を貰おうとも、優希はそれ以上の一撃をもって杏を叩き伏せるつもりなのだ。
それは、アクセルアーマーが杏の低めの防御力をさらに低くしていることからでもある。
(来るっ!)
50m以上先の杏の背中のアクセルリングがキラリと輝いたのを見て、優希はGRBCを握る両手に力を篭める。
瞬間。
杏の背中から衝撃波が広がったかと思ったら、なにかが爆発するような衝撃音が優希の耳をつんざいた。
それが音速の壁を破った音ということはわかったが、やはり優希には肝心な杏の姿を視認することはできなかった。
できたのは、ただただ体へ襲い来る衝撃に備えて歯を食いしばるだけだった。
が、その衝撃は1秒経っても襲いかかってこなかった。
音速で動いたのなら、この距離など1秒も掛からないはずなのに。
〈マスター、彼女は後方上空です〉
「え?」
疑問的な声を出し、言われた通り振り返って後方上空を見る。
そこには確かに杏がいた。
しかし。
「なんか段々遠ざかってるような……」
上空に見える彼女のシルエットは遠ざかっていっているのだ。
〈こちらのPAの副作用狙いの逃走でしょうか?〉
GRBが可能性の1つを提示し、聞いてくる。
現在優希が纏っている偶然の産物のPA。GRBはバリアントブレイズアーマーと命名していたPAには、長時間使用するば反動で優希の体がボロボロになるという副作用がある。
真剣勝負に置いて、杏がこの副作用を狙わないこともないだろう。
だが優希は首を横に振り、
「それは違うと思う。だって杏がそんなつまらない決着を望んでいるようには思えないから」
確信しているような口調でそう返答し、続ける。
「きっと私たちを誘っているんだよ。”とっておきのなにか”を仕掛けるために」
〈なるほど……彼女ならありえそうですね。それで、マスターはどうするおつもりで?〉
「決まってるよ」
そう言って優希は跳躍して、杏がいる空域へと飛翔し、
「なにがこようと、杏を叩き潰すだけだよ」
丁度逃走をやめて、今度はこちらへ向かってくる彼女へ鋭い眼光をぶつけるのだった。
優希が向かってくる杏と同じ高度に到達した時、向かってくる杏から再度爆音が響いた。
「くっ……」
金色の強風が優希のPAを掠めて通り過ぎる。
まだ距離があったはずなのに、やはり彼女の姿は捉えることができなかった。
彼女が抜けていった方向へ、優希はすぐに振り向く。
だが。
優希が杏の姿を視認するより早く、次の爆音が響いた。
杏の攻撃前に防御エフェクトを展開しようとする優希だが、その前にまたPAを掠めて杏は通り過ぎていった。
あの爆音が聞こえてからじゃ防御は間に合わない。
「だったら!」
だから優希は杏が抜けた方向へ振り向きながら、左手をかざしてエナジーシールドを展開した。
展開完了と同時に、爆音からの3度目の攻撃がやってくる。
パキンッ。
3度目の正直と言わんばかりに、今度こそ優希は攻撃を防いだ。
でもそれは優希自身にダメージがなかっただけであって、エナジーシールドはくり貫かれるような形で欠けた。
けどそんなことは気にしている暇はない。
次の攻撃が来るのだから。
バァアアアンッッ! と、響く爆音。
優希はなんとか防ぐ。
(これじゃあ、さっきと同じだ)
頭によぎったのは立体駐車場でのこと。杏の身軽な動きについて行けず、防戦一方になってしまったことだ。
(違う……さっきと同じじゃない)
しかし優希はすぐに否定した。
なぜならここでは移動を制限するような障害物もなく、大技を使うと自分も巻き込んでしまうような空間でもないからだ。
(なんで杏はエフェクトを使ってこないの? ……私の考えを読んでいるから?)
攻撃を防ぎながら優希は思った。
仮に杏が優希の”肉を切らせて骨を絶つ作戦”を読んでいたとしても、エフェクトを使ってこない理由にはならない。むしろ彼女の性格からして、骨を絶たれる前に肉を全て切断するくらいのことはやってきそうだ。
なのにエフェクトを使った攻撃は仕掛けてこない。
(だけどなにか狙ってることは確かなはず……)
わざわざビル街上空へ自分を誘ったのだ。そこに必ずなにかあるはずだ。
優希はそう考えながら次の爆音からの超高速攻撃をエナジーシールドではなく、ファイアウォールで防いだ。
ガンッという衝撃音。
エナジーシールドより防御力の高いファイアウォールは表面を大きく削られるだけで済んだ。
(――!)
その時だった。
ファイアウォールが削られる瞬間、杏の速度はガクッと落ちた。
優希はその僅かな時の中で偶然、彼女の口が動くのが見えた。
なにを言っていたのかはわからなかった。
けど。優希は危機感を感じとり、すぐにこの場を離れようとする。
しかしそれは1歩遅かった。
(え?)
後方へ動き出した直後、優希はその背に壁のような感触を覚えた。
ここにはぶつかるような障害物などなかったはずだ。
だけど優希が気がついた時には既に、まるで土星のような環が付いた金色の球体に閉じ込められていたのだった。
〈Aerial Lock〉
右手に握るシルフィードが、シェルクリスタルの上にアクションカーソルを浮かべてエフェクト名を告げる。
エリアルロック。
空間に不可視状態で設置し、発動時に可視化する捕獲系エフェクト。
単純に相手の動きを制限するタイプのものである為、サイクロンロックのような視界やセンサーを塞ぐ効果はない。が、単純であるがために、サイクロンロックより遥かに維持しやすい長所を備えているのだ。
「一手の差で間に合ったみたいね」
超高速移動からのヒット・アンド・アウェイをやめた杏は、射撃エフェクトが届く程度まで距離をとったところで優希を正面に構えて言う。
「捕獲エフェクト……」
杏が思ったより冷静な口調で言葉を返してくる優希。
「あんたの知らない新型よ」
言いながら、杏は右手でシルフィードを掲げ、左手でベルトの金具を縦から横に戻す。
〈Armor Change Storm〉
体のあちこちにある金のリングが弾けると、PAがアクセルアーマーから元のストームアーマーへ戻った。いままでの戦闘で破損していた箇所はそのままだが、杏は気にしない。
実はアクセルアーマーの使用限界までまだ少し時間があったのだが、杏はこれ以上超高速移動を行う必要ないと判断して終了させた。
なぜなら。
次が杏にとって決着を付けるための最後の攻撃となるからだ。
「こんなものっ」
エリアルロックの中。満足に剣も振れない環付き球体の中にもかかわらず、優希が剣を振り回してもがいている。
大技を使えば破ることは可能だろうが、さすがの彼女も多少なりとも自身にダメージを受けるのと、これ以上の余計なエナジーを消費するというリスクは犯さないようだ。
だが、身体能力が強化されている今の優希のならば、時間は掛かるがいずれエリアルロックは破壊されるだろう。
そのことは杏も重々承知しているし、元々本命を直撃させる為の時間稼ぎの為に使ったエフェクトだ。
「――」
故に杏は、シルフィードを掲げたまま息をすうっと吸い、足元に金色の円状ドライブカーソルを展開させて本命の起動パスの詠唱を開始する
「
Come on! air's spiral!」
力強く発した言葉に反応するように、エリアルロックごと優希を中心にした巨大な螺旋状のリングが出現した。
上下の先に行くほどリングの幅が狭くなっているその形は、まるで逃げ場のない檻のようである。
「
Become the storm to shatter all!」
杏の言葉と共に螺旋状のリングが嵐のごとく回転し始めた。
そして杏は回転するリングに目を奪われている優希へ告げる。
「
Ari Bullet Action Tenpest!」
カタストロフ事件の一騎打ちの際に彼女へ使用した必殺のエフェクトの名を。
エフェクト発動。
回転するリングが弾けて大量のエアバレットへと変化し、螺旋状に回転し続ける。
数にして2679発。
しかも通常のエアバレットは違い、弾頭が螺旋状になっている。
「なっ…………えっ……!」
その中心にいる優希は驚愕の表情で硬直していた。
それもそうだろう。
杏が発動させたエアバレットアクションテンペストは、以前の未完成のものではなく、”完成版”なのだ。
「いっけええええええええええええっっ!!」
〈Ari Bullet Action Tenpest〉
張り上げた声とシルフィードの電子音声に合わせるように、杏は掲げていた右手のシルフィードを勢いよく振り降ろす。
それを合図に、優希の周囲を回る空気の弾丸が、秒間141発で彼女目掛けてランダムに殺到する。
直後。ビル街の上空には19秒間の空気の弾丸の暴風雨が発生し、激しい轟音と光が拡がった。
弾丸の制御のためにエリアルロックは解除されてしまうが、杏は気にしない。
いまの優希に回避は不可能だからだ。
例え防御されても、全方位防御が使えない優希では防ぎきれないだろうし、仮にできたとしてもエナジーの残容量がゼロになるはずだ。
けど。
それでも優希ならなんとかするはずだと、杏は確信していた。
だからこそ、この最後の攻撃には”もう一撃”用意しているのだ。
19秒間の間、吹き荒れた暴風雨。
最初の2秒間で杏の目から優希の姿は消え、金色のエナジーの光と爆煙しか映らなかった。
暴風雨の中心にいた彼女がどうなったのかはわからない。
杏はエナジーを大量消費した疲労感の中で呼吸を整えながら、徐々に晴れていく爆煙を睨む。
優希が昏倒し落下して来ないことから、やはり耐えたのだろう。
そうだとしたなら、彼女はもう限界のはず。
もちろんそれは杏自身もだ。
「これで……最後よ」
ゆっくりと飛行して晴れ行く爆煙へ向かいながらそう言う杏は、正真正銘、最後の一撃を発動させる。
この瞬間。
杏のエナジードライブ内の残りのエナジーだけではなく、PAの金属装甲に使用しているエナジーも消費された。
これで残っているのはシルフィードのEコンデンサ内にある僅かなエナジーだけ。
それだけあれば飛行エフェクトはしばらく維持できる。
そう考えながら杏は、左手にエリアルセイバーを4つ繋げた金色の剣槍――エリアルグレイブを握り、飛行する。
爆煙の切れ間に紅いものが見えた。
紅といえば彼女しかいない。
互いの距離は約10mくらいだろうか。
〈Glaive Storm〉
剣槍に弱々しい螺旋状の嵐が纏わせ、それを突き出しながら杏は突撃した。
残り7m。
視線の先の紅いものが優希のPAだということがわかる。
残り4m。
周囲の爆煙を裂きながら彼女へと攻撃を仕掛ける。
残り2m。
この距離で杏は勝利を確信した。
しかし。
「えっ――――」
グレイブストームの射程が残り1mの地点で周囲の爆煙が派手に消し飛び、杏は思わずそんな声を漏らす。
自分のグレイブストームが消し飛ばしたのだと思ったが、この弱々しい嵐では派手に爆煙を消し飛ばすことなどできない。
じゃあ誰がやったやったのかと、杏が考え出す前に答えは出ていた。
眼前の少女の右手に握られた真紅に輝く剣が消し飛ばしたのだろう。
彼女の剣の輝きを見た刹那、杏は時間が止まったような錯覚を覚えた。
そのくせ目の前の現実の情報はスムーズに頭に入って来る。
まず目に入ったのは半裸に近い優希の姿。
ダメージ設定がNO KILLにされているため外傷は一切なかったが、満身創痍のような姿だった。
次に目に入ったのは、輝く剣の鍔。
GRB鍔の一部分が開き、周囲のエナジーをかき集めているように見えた。
それから真紅のシェルクリスタルに浮かんでいるアクションカーソル。
この距離だからこそ、カーソルになんと書かれていたのか読めた。
アクションカーソルにはこう書かれていた。
Shining Sword Breaker。
それを理解した瞬間、杏は真紅の光に呑み込まれた。
そして杏の意識はそこで途切れたのであった。
中型戦艦型電脳巡航機アストロ ブリッジ
ブリッジの巨大スクリーンの中央部分が拡散する真紅の光一色になったかと思うと、左右にある2人の少女のバイタルサインなどを映す映像から同時に甲高いブザー音が聞こえた。
「戦闘終了だな」
ブザー音が鳴り響く中、シンヤ・ハーフフェルトは呟いて左右の映像に目をやる。
そこにはでかでかと赤文字でDEAD LINKと点滅していた。
つまり、彼女たちと彼女たちが使っているアムコンとのドライブリンクが切れたのだ。
それを確認してシンヤが再び中央の巨大スクリーンに目を戻すと、真紅の光が止んで、私服姿に戻って意識のない2人の少女が、空からビル街目掛けて落下し始めていた。
「ユウ!! 杏!!」
近くの席に座っていた迅宮寺明が、ガタッという音を立てて席から立ち上がり、叫ぶ。
友人2人が意識を失ったまま落下する光景を見たからだろう、彼女の声色は震えていた。
そんな彼女へ、安心しろと声をかけようと思ったシンヤだが、それより早くにスクリーン上では問題が解決していた。
落下していた優希と杏の体が、緑色のネットによって受け止められて救出されたからだ。
『ふう…………こちらグリフォン。アストロ、応答よろしくっス』
アストロブリッジ内に、スクリーン中央の端に映った緑色のPAの少年の声が届く。
「はい、こちらアストロ。グリフォン君、ナイスタイミングです」
その声の主であるグリフォン・ゼノシードに、シンヤの隣にいるホリィ・シュタインが答えた。
『まあ……見ての通り、網は張っておいたっスからね。っで、2人はアストロの医務室に運べばいいんスか?』
ネットの上で横たわる2人と共に緩やかに降下しながら、グリフォンが聞いて来る。
「そうですね……よろしくお願いします」
『了解っス』
彼が頷いた後、スクリーンの映像が切り替わる。
戦闘が終了したからだろう。美しい空が映された。
「ところでシンヤ君」
直後、ホリィが切り出してくる。
「なんだ?」
シンヤが返答すると、彼女は左手で手元にあるキーボード状のモニターを叩く。
そうするとスクリーン中央に映されていたスカイグラスの空の映像が、先程まで映っていた杏と優希の戦闘のリプレイ映像へと変わった。場面は、杏のエアバレットアクションテンペスト発動のシーンだ。
「この時、優希ちゃんはどうやって杏ちゃんのアクションテンペストを耐え切って、シャイニングソードに繋げたんですか? こんな中で防御を維持しながらあれだけのエフェクトを行使するのは不可能だと思うのですが……」
映像が流れる中、ホリィは右手の人差し指を立ててシンヤへ疑問をぶつけてきた。
実際彼女が言う通り、あの数のエアバレットを防御しながらシャイニングソードブレイカー吸のエフェクト行使するのは不可能だ。
シンヤも最初はそう思っていた。
でも、自身の過去の経験と知識からその疑問はすぐに解決した。
丁度シャイニングソードブレイカーの場面になったところでシンヤは口を開く。
「俺が知る限り、フルドライブシステムには起動と同時にアムコンの全演算能力を処理速度に回す効果があったはずだ。全方位型の防御エフェクトが使えない沢渡はその処理速度を利用して、見える範囲のエアバレットだけ連続の防御エフェクトで防ぐことで耐え切ったんだろ。ま、見ての通り気絶寸前だがな」
「……確かにそれならギリギリ耐え切ることが可能かもしれませんね。でも、それならなおさらこのエナジーの残容量的にもシャイニングソードには繋ぐことは不可能なのではありませんか?」
スクリーン上で拡散する真紅の光と、光が止むと同時に落下する2人の少女のリプレイが流れる中で、ホリィが追求してくる。
「不可能じゃない」
シンヤとしてはこのまま説明してもよかったのだが、いつもならわからないことがあれば真っ先に質問してくる人物が黙ったままだったので、話を振ることにした。
「迅宮寺。お前ならわかるだろ?」
明の方を向かず、リプレイ映像が終了したスクリーンを見ながら彼女へ言う。
「一応……ですけど。ホリィさん、ちょっと映像シャイニングソードの場面に巻き戻してください?」
ほんの少し自信なさげな言葉を漏らした明は、ホリィに映像の巻き戻しを要求する。
「おやすいごようですよ」
キーボードモニターを押す音が聞こえたかと思うと、スクリーン上の映像がしばし巻き戻された。
「あ、ここで一時停止お願いします」
「了解です」
映像が優希が真紅に輝く剣を持っている場面で止まる。
「やっぱり……クラウドさんと同じタイプのスキルか」
「え?」
呟くように言う明に対して、ホリィが不思議そうな声を上げた。
シンヤは口を出さずに明の続きを聞く。
「エナジーチャージャーっていうスキルをユウは使っていたわけです。クラウドさんが使ってたので教えてもらったのですが、周囲のエナジーをかき集めて利用することで自身のエナジーの消費を抑えることができるそうです。だけど……ユウのこれは……」
ホリィへと優希が使っていたスキルを説明する明だったが、途中で詰まってしまったようだ。
彼女の顔をシンヤが見てみると、スクリーン上の優希を見てなにやら考え込んでいるように見えた。
そんな彼女を見て、シンヤは残りの説明をすることにした。
「エナジーチャージャー自体は、シャイニングソードブレイカー使用時に使われていたスキルの1つだ。だが、この場合は少し違うな……おそらくあの開いた鍔部分が”自動で周囲のエナジーを刀身に”集めてやがる」
優希のシャイニングソードブレイカーを数度見た限りでの自身の考察を入れて、シンヤは話す。
「なんでそんな力がグラディアンレッドブレイブに……?」
「それはお前の方が詳しいんじゃないのか?」
ホリィの質問に質問で返してやると、彼女はキョトンとした。
やれやれと思いながら、シンヤは説明することにした。
「あれは元々紅の勇者の剣なんだろ。なら、紅の勇者のグエンがエナジーメモリの無い時代に長時間戦闘をできるように付けた機能に決まってる」
「おお〜。今日のシンヤ君、冴えてますね」
両手を合わせてニコニコしながらホリィが言う。
小馬鹿にされているような気がしたので、シンヤはため息をついて自分の考えを話し続けることにした。
「そもそも、今回のようなフルドライブの処理速度に頼って”複数のエフェクトを同時に準備”したり、その準備中はエフェクトが使えなかったり、広域空間がないと使用できないとか欠点は色々あるが……杉原のアクションテンペストは”巻き込まれたら”俺でもまずい。現に沢渡のやつも耐え切ったのはいいが、気絶寸前でシャイニングソードの集束に失敗して拡散させてるしな」
杏がエリアルロックから最後のグレイブストームまでのエフェクトをフルドライブの処理速度に頼って一気にプログラム構築していたことや、エアバレットアクションテンペストの欠点をシンヤは見抜いていた。
それもそうだろう。
杏の戦闘訓練に最も付き合っていたのは他ならぬシンヤ自身なのだから。
だからこそ、
「つまり、杉原がそのことを頭に入れていればこの戦いはあいつの勝ちで終わっていたってことだ」
沢渡優希としてだけではなく、紅の勇者としても彼女を捉えていたのならば杏が勝利していたと、シンヤは断言する。
「勝ちで終わっていた……か」
シンヤの言葉の後、明が静かに呟いた。
「明ちゃん?」
「また質問でもあるのか?」
再び考え込んでいる表情をしている彼女へ、シンヤはホリィに続いて声かける。
「いえ、そういうのじゃないんですけど…………結局、杏がユウとなんで本気の戦いを望んだのかわからなくて」
何故。どうして。なんのために真剣勝負を望んだのか。
2人の間になにがあったのか。
明の表情から、シンヤはなんとなくそんな意思を感じられた。
だからといって、シンヤが彼女になにをしてやれるわけでもない。
それ故にシンヤはこう言う。
「やれやれ……ああ、やれやれだ。そんなに気になるなら本人に直接聞けばいいだろ」
隣でホリィがシンヤだけに聞こえるボリュームで、「シンヤ君ストレートすぎです」などと言っているが当の本人は無視した。
「えっ、でも……」
「どうするかはおまえ自身が選べ。俺には関係ないことだ」
迷う明に構わず、シンヤは言う。
最後に選択するのはいつだって誰でもない自分自身。
それがシンヤのやり方だから。
「…………そうですね。私、杏に聞いて来ます」
少しの沈黙後、明がそう言ってガタッと席から立ち上がった。
「それじゃあ失礼しますっ」
軽く頭を下げてシンヤとホリィへそう言うと、彼女は小走りでブリッジを退室していった。
明が退室したことで、必然的にブリッジ内はシンヤとホリィの2人だけとなった。
「で、本当のところはどうなんですか?」
「なにがだ?」
いきなりのホリィの言葉にシンヤは面倒くさそうに返す。
「杏ちゃんが優希ちゃんと真剣勝負する理由ですよ。シンヤ君、実は知っているんじゃないですかぁ?」
ホリィがジト目で睨みながらシンヤに追求してくる。
なんだその目はなどとシンヤは言おうとしたが、これも面倒だと思い、
「さあな」
ぶっきらぼうにそう返答するのだった。
中型戦艦型電脳巡航機アストロ 医務室
気がついたら久々に見る天井があった。
それがベッドの上で目を覚ました杏が、最初に思ったことだった。
「んっ……」
かけられていた布団をどかして上半身を起こす。
それから杏は意識をはっきりさせながら、何故自分がアストロの医務室にいるのか頭の中を整理した。
「ああ……そっか」
真新しい記憶を辿りると、優希と本気で戦い、最後の最後で真紅の光に呑まれて意識を失ったことを思い出した。
同時に、優希の方はどうなったのかと杏はハッとする。
直後。
「いたたたた……」
右隣から、間の抜けたような声が聞こえた。
杏は視線を声の主の方へ移す。
声を聞いただけでわかっていたのだが、そこにはベッドで自分と同様に上半身を起こしている優希がいた。
「あ……」
視線に気づいたのか、彼女は顔を杏の方へと向けてくる。
当然目が合う。
杏は色々言いたいことがあったのだが、その前に彼女の方から言葉を発した。
「”引き分け”……だね」
勝負の結果のことだろう。
「うん……」
素直に杏は頷く。
そう。2人とも医務室で眠っていたということは、お互い最後の局面の後に意識を失ってしまったということ。それは勝者がいないことを意味する。
すなわち、引き分けということに繋がるのだ。
「それで杏…………どうして急に私と真剣勝負したいって思ったの? あっ、言いたくなければ無理に話さなくてもいいけど……」
優希が少しためらいがちに聞いてきた。
元々杏は戦いが終われば彼女へ理由を話すつもりだった。
いや。
話さなければいけないと思っていた。
「……私が年末にお母さんとお父さんと話したこと覚えてる?」
最初に事の発端から話を切り出した。
頷く優希を見て、杏は言う。
「ガーディアンを続けて自分がなにをしたいのか……その答えが見つかったの」
きっかけは、カタストロフ事件後にアストロで奉仕活動中を行うために小学校を休んだ時のことだった。
明が提案した休むための口実案を実行した際、杏は様々な国を見て回ることになった。
その時に感じたのだ。
世界にはまだまだ自分の知らないことがたくさんあるということを。
もっと知らない世界を感じてみたいということを。
だから杏は、はっきりとした声で答えを言葉にする。
「私、知らない世界に挑み続けたい。もっと色んなものを見たり聞いたりしてみたい」
自分の知らない世界に挑み続けること。
それが杏の答え。
そしてそれは、今回の真剣勝負の理由にも繋がっている。
「あんた前に言ったわよね……”杏がもし道に迷う時は、私が先を歩くよ”って」
「うん……」
杏は以前彼女に言われた言葉を口にし、続ける。
「それに、昔からずっとあんたに頼りきりだった……ずっとゆうちゃんに甘えていた」
初めて会った時から今日まで、ずっと彼女に頼りきりだった。
けれど、
「……だけど、いつまでもそんなじゃいけないって思った」
ガーディアンを続けて自分がなにをしたいのかという問いに答えを出した時、杏はそう思った。
「だから私、道に迷っても1人でできることなら自分でなんとかするから。ゆうちゃんに先を歩いてもらうんじゃなくて、隣を歩きたいから。きっとこの先進む道が違っても、”進む向き”は一緒でいたいから……」
いつかは別々の道へ進むことになる。
別段それは優希に限ったことではない。
明とも、聖ともそれぞれ別の道に進むことになると思う。
それでも。
それでも進む向きだけは一緒でいたいと、杏は思っていた。
「でもこのこと、言葉だけじゃうまく伝えられるか自信がなくて……他にどんな方法があるか考えていたら、全力でぶつかって私の力と気持ちを証明するのが一番かなって思ったのよ」
どちらかというと優希が使うような方法だったが、それこそが今回の真剣勝負の理由だった。
「大丈夫。杏の気持ち、ちゃんと伝わったよ」
そう言い、納得したという表情をする優希。
そんな彼女を見て杏は、まだ先のことなのだがいつか必ず来ることの話をしておくことにした。
「それともう1つ。いい機会だからあんたに伝えておきたいことがあるの」
「え?」
小さく言葉を漏らす優希に、杏は構わず話し出す。
「日本へ来る時から決まっていたことなんだけどね……私、中学を卒業したらイギリスに帰るの」
そう言った瞬間、優希の表情が固まった。
「そうなんだ……話してくれてありがとう」
だがすぐにいつもの暖かい表情に戻り、微笑んで言葉を返してきた。
しかしその直後。優希は右拳で左掌をポンと叩き、悪戯っぽい笑みを浮かべ始めた。
「ねえ、杏」
「なによ……」
なんとなく嫌な予感がした。
幼い頃、アンコロというあだ名を付けられた時と同じ感覚だった。
「道に迷っても1人でできることなら自分でなんとかするから……ってことは、毎朝私が起こしに行かなくても1人でちゃんと起きれるってことだよね?」
「なっ……と、当然よ。それに、もうあんたもちっちゃい子供じゃないんだからゆうちゃんって呼ばないんだからね!」
ついさっきまで読んでいたのに、杏は勢いに任せてついそんなことを口走ってしまった。
正直ちょっと後悔する杏。
「あはは。冗談だよ」
「むぅ〜〜」
クスクスと笑う優希を見て、杏は奇妙な声を上げながら体温の上昇を感じ、ベッドから降りて床に立つ。
「飲み物持ってくるわ。あんたは私特性ミックスジュースよ!」
ベッドの傍にあった自身の靴を履いて、優希に右手の人差し指をビシッと向けて宣言する。
「え〜〜なら私も行く――っつつ……」
ベッドから降りようとした優希だが、その前に体を抱くようにうずくまる。
「あんたはあのアーマーの反動で全身筋肉痛って感じでしょ? フフ……心配しないで。今日はとってもおいしいジュースをご馳走して上げるから」
などと言いながらも、普通はジュースに入れないような食べ物を脳内でイメージしながら杏は医務室を後にするのだった。
杏が医務室から退室し、優希は1人になった。
ベッドに仰向けになると、外から明の声が聞こえてきた。
どうやら杏になにか言っているようだが、彼女と共に飲み物を取りにいったのだろう、声はすぐに遠のいていった。
杏の言う通り、全身が筋肉痛になったかのように痛むが、これくらいならすぐに治るだろうと思い、できるだけ気にしないようにした。
「ふう…………」
大きく息を吐いて、優希はぼんやり天井を見つめる。
(杏、すごく真剣だった……私も負けてられないな)
優希はふと、自身の夢を振り返る。
優希の夢。
困っている人や、辛い思いをしている人がいたら助けられる大人になること。
一学期の国語のテストの変わりに出された将来の夢や希望についての作文で、優希はそう書いた。
体も心も、大人になるまでまだまだ時間が掛かる。
だけどいつかその夢を掴み取りたい。
そのために、自分の信じる道をただ真っ直ぐつき進んで行く。
そう心に決めて、優希は天井へと右手を伸ばすのだった。
ただ。この時の優希はまだ知らなかった。
自身の進む道に、近い未来大きな壁が現れることに。
美空空港 ロビー
1月4日 午後1時
午後2時の便でイギリスへ帰国する両親に、杏は自身の答えを告げた。
杏が答えを告げた後、両親はしばし沈黙する。
そんな2人を、杏は真剣に見つめ続けた。
やがて2人がアイコンタクトを取ると、母である瀬里奈が口を開く。
「それが杏が本当にやりたいことならやってみなさい」
続くように父であるダンが口を開いた。
「かわいい娘には旅をさせよとも日本では言うらしいからな」
「それを言うなら、かわいい子よ。まっ、この場合どっちでも正しいと思うけどね」
日本の言葉を間違って言うダンに、瀬里奈がつっこむ。
「それじゃあ……」
確認を取るために杏がそう言うと、2人は真っ直ぐ見つめ返してきて、
「うん、ガーディアンを続けることを許すわ」
「けど、あまり危ないことはしないでくれよ」
杏が今後もガーディアンを続けることへの許可を出した。
「ありがとう! お母さん、お父さん」
嬉しさのあまり思わず目頭が熱くなったが、なんとかこらえて2人へ感謝の言葉を伝える。
「あっそれともう1つ言っておかないといけないことがあったわぁ」
なにか思い出したかのように瀬里奈が言い出した。
なんだろう。と、杏は少し首を傾げる。
「杏は私に似ているから、いい男にほいほいついて行っちゃだめだよ。特に10歳くらい年上の! すぐに惚れてあれやこれやになっちゃうかもしれないから――」
「瀬里奈、今日は帰省ラッシュが激しいようだ。急いでチェックインを済ませよう。それじゃあ杏、体に気を付けるんだよ」
瀬里奈の話の途中でダンがそう言い、彼女の腕を引っ張ってチェックインへと向かって行った。
彼にちゃんと返事をしたかったのだが、瀬里奈がダンの制止も聞かないどころか周囲を気にせずになにか言っていたので、杏は頷くだけにしておくのだった。
両親を見送った後、杏は空港の外にでた。
来る時もそうだったのだが、チラチラと雪が降っていた。
今回空港まで送迎してくれるはずの沢渡家の車は、空港の傍の駐車場に停まっている。
雪が降る中、杏は歩き出す。
生憎と傘は持ってないので雪で濡れるのは覚悟の上だった。
「あ、そうだった……」
歩きながら大事なことを思い出し、スカートのポケットから携帯電話を取り出す。
画面を雪で濡らさないように半開きにしながら、メールを一通送る。
「よしっと」
携帯電話をスカートのポケットに戻して杏は歩を進めていく。
メールにはこう書かれていた。
宛先 シズルさん
件名 ゲートガーディアンについて
添付
本文 ゲートガーディアンの資格ってどうすれば取れるんですか?
あとがき
さて。前回のあとがきで「流石に半年後とかにはさせませんが」とかキリッとした感じで言ってましたが、結局半年近く更新できませんでした。
私は2週間に1話のペースで書けたらいいななんて思っているんですけど、時間と文才がないためまだ無理なようです。
次回は一応1ヵ月以内に更新したいなと考えてますが、やはり無理かもしれません。
数少ない楽しみしてくれている方々にはいつも遅くてすいませんとしかいいようがありませんね。
では、今回のお話。
今回から特別偏に突入しました。
前回のあとがきに書いた通り、13.5話→特別偏1〜3→十四話という時系列で、今回は杏メインのお話でした。
私的には今回の話で杏に対する好感度が上がった気がしました。
さて次回ですが、冬の日が舞台の短編集になります。
DさんがDチャットで見せていた某キャラのアムコンや、シンヤ君に大変な事が起こったリや、久々に飛鳥原君が登場したりします。
ではでは、今回はこれで失礼します。