その瞬間、舞香はとても奇妙な表情になった。
虚を突かれたような、というのが、多分、正解に近い。
「あのね、私ね――由実ちゃん、私、本当に、そんなこと、考えてみたこともないかもしれない――私はね、いつも、『こう』いう、この、矢印しか、考えたことなかったの」
『こう』と言いながら、舞香は自分の方から私に向けて、つーっと人差し指を動かした。
「私、由実ちゃんのことが、すごく好きで、すごく憧れてたから。だから、私ばっかり好きな気がしてたの」
「そんな訳ないじゃん、『こう』だよ、当たり前だよ!?」
私は『こう』と言いながら、自分の指を何度も舞香と自分に向けて往復させる。双方向通信だ。そんなの、当たり前だ。それは、舞香だって知ってるって、知ってて当然だって、何のうたがいもなく思っていたのに。
「そうなの? 本当に? 嬉しい……」
舞香は顔をくしゃくしゃにして、思いっきり泣き始めた。
「私ね、由実ちゃんのこと、本当に凄く憧れてて、いっつも、由実ちゃんのあとを追いかけてるんだって思ってたの。ミラクルの時も、由実ちゃんに手を引っ張ってもらってるような気がして、楽しかったけど、いつも、なんだか、心苦しかったの。だからね、由実ちゃんに待っててもらうんじゃなくて、引っ張り上げてもらうんじゃなくて、私も、由実ちゃんみたいに、自分でちゃんと、歩きたいって思ったの。ちゃんと、自分の力で、由実ちゃんに追いつきたいって思ったの。そこまで、行きたいって思ったの。だから」
あとは、嗚咽にかき消されてしまって、言葉としては届かない。
なんてことだろう。
埃だらけの体育準備室で、泣いている舞香を見ながら、自分もちょっと泣きながら、私は予想外の事態に、呆然としていた。
舞香のこと、親友だと思っていたのに。
いや、勿論、今でも親友なのに変わりはない。でも、親友だから、分かり合えているなんてのは、結局は私のひとりよがりな幻想だったのだ。
私は、お互いの友情が両思いなのは当たり前だと思ってたし、舞香もそんなの分かってて当然だと思っていた。でも、舞香は全然そう思っていなかった。舞香は舞香で、何故か頑なに彼女の片想いだと思い込んでいて、私のほうの友情には全然気付いていなかった。
私と舞香の間には、実は、今までお互いに気付かなかっただけで、最初から、ずっと、昏くて深い河が横たわっていたのだった。そういうものが世の中にある、というのは知っていた。というか、人というのは、所詮、他人同士なのだから、そういう、理解の限界は、普通にあるものだ、ということは、アタマでは分かっているつもりだった。でも、舞香と私の間柄には、そんなもの、関係ないって思っていたのだ。
あって当たり前のものが、やっぱりある、ということに気付いただけなのに、ここから、どうしていいものか、私にはさっぱり分からなかった。
24*に続く。

0