2016/5/4

正子の復活  

女装用具一切を破棄して、女装をやめると決心(?)してから、もう7年経ちました。
新宿に借りていたメイク室付きロッカーは、管理人さんにお電話して、退会したいことを告げましたら、荷物などは管理人さんが処分するので、特に取りに行かなくても良いが、鍵だけは返却してほしいとのこと。
早速、鍵を持って、通いなれた新宿二丁目のビルに行き、ポストに鍵を投げ込みました。
鍵の落ちる「ポトン」という音を聞いた時、本当にこれで良かったのかという悔恨の念と、決断しなければ、という気持ちとが交錯して、暫くドアの前に佇んでしまいました。

この部屋には、もう来ることは無いでしょう。
このビルともお別れです。
ストッキングが破れたときに、男の姿のまま新しいストッキングを買いにいった近所のコンビニにも、もう来ることは無いでしょう。
正子としてホルモン注射を受けに通ったクリニックにも、もう行くことはないでしょう。

さようなら、メイク室、さようなら、クリニックの先生。
さようなら、正子…


でも、女装をやめて数カ月。
何となく気持ちが落ち着かないのです。
生まれつき体毛は薄いのですが、ホルモンのリバウンドでしょうか、何となく体毛が濃くなったように思われるのです。
あの、いやな男の身体に戻らなければならない…
決心したつもりだったのですが、その決心は、もう脆くも揺らぎ始めました。

でも、女装を復活しようとしても、衣類もウィッグもメイク用具も、靴もありません。
外国出張の際に買ってきた、ジャスト・フィットの安い靴や、高級メイク・パレット、お気に入りだったワンピースやコートなど、すべてもう無いのです。

ああ、捨てなければ良かった、と思っても後悔先に立たす、後の祭りです。

仕方がありませんので、以前退会した女装クラブら行って、必要な小物類を買って、小さなロッカーを借り、そこに保管することにしました。

久しぶりに、プロにメイクして貰いながら、気持ちが落ち着いて行くのを心の底から感じました。
その足で、クリニックへ。
診察券は捨てていましたが、「紛失しました」と言ったら、簡単な手続きだけで再発行してくれました。
何カ月ぶりかで、女性ホルモンが体内の隅々まで浸み渡っていくのを感じながら、やはり、私は男に戻ることは無理なのだと痛感したのです。

このまま女性化に突き進んでいくべきか、中断すべきか、決断がつかないまま、もうホルモンを再開して数年になりました。

月に一度か二度の注射を受けるために、正子に戻ることが、とても嬉しくなっています。
正子の姿で電車に乗ることも、もう平気になりました。
この姿で、普通のバーに行って、居合わせたお客さんたちと談笑することも、とても楽しいことになりました。

でも、いまでも、これからどのように進むべきか、まだ決心はついていないのです。
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2009/10/26

女装を止めて3か月  女装体験

しばらくご無沙汰してしまいました。
そのためにこのページも削除の対象となってしまい、あわてて日記を書いているところです。
私は若い頃からずっと女装を趣味としてきました。
でも趣味の範囲で留めておけなくなったのです。
趣味として女装をしている内に趣味が高じたのか、初めから趣味の範囲に留めておくことができるような性癖だったのか、どちらかは分かりません。
ともかく、男性でいることが厭で、ホルモンを投与し、女性的な体つきを手に入れることはできました。
でも今の社会情勢では、ここまでが限度なのですね。
むしろ、ここまで女性化を進めることができた現代医学に感謝すべきなのかも知れません。

ともあれ、最終目標としていた女性化は、やはり夢だと悟ったのです。
男性としての立場を捨てて、女性としての社会的な立場を手に入れるということを実現するには、歳をとりすぎました。

そういうことで、女装用具は全て処分し、着替え部屋も解約してしまいました。

これからは、私の体験を後輩の皆様にお伝えし、少しでも役に立つよう努力していこうと願っています。
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タグ: 女装 海外

2009/3/29

御苑でお花見  

先週は水曜日と金曜日の二日も同じ新宿御苑にお花見に行きました。
水曜日は一人で、金曜日はお友達二人との三人で楽しみました。
金曜日にご一緒したお友達とは、水曜日に行く予定だったのですが、天気予報で水曜日は雨と告げられたため、急遽三人で行くのは金曜日に延期したのです。
でも水曜日は新宿に行く予定があったことと、私が外出して雨に逢うことは滅多にないという変な自負を持っていたことから、水曜日にも下見を兼ねて一人で行ってみようと思い立ったわけです。
水曜日のお花見は新宿門から入って日本庭園の方に向い、途中のレストランで昼食を頂いて、そのまま大木戸門から出て、いつもの医院に向かいましたので、広い御苑の一部を掠めただけにすぎません。
桜の木もあまり見かけませんでしたが、途中にあった緋寒桜が満開だったのが印象に残っています。その花の下で通りすがりの方にお願いしてシャッターを押して頂きました。

金曜日は三人で新宿門から入り、すぐに右の方に向かって、広い芝生の中にある腰のあたりまで枝が垂れている満開の桜の花と一緒に写真を撮りました。
石筍が一面に地面から生えている幻想的な世界を通り、日本庭園では紅白の椿も満開でした。
私の大好きな御涼亭(台湾閣)から見る池の様子は、女性として訪れる時には格別の趣を与えてくれます。
広い芝生に満開のソメイヨシノが綺麗でしたが、全体としてソメイヨシノはまだはやかった気がします。

日本庭園の橋を渡るあたりから、ロシア人の若い女性のグループと一緒になりました。
中でもとりわけプロポーションの良い女性もいました。殆ど化粧もしないで、カジュアルな装いでしたが、それでも本当の女性には私たちが望んでも手に入れることのできない独特の雰囲気がありますね。

一緒に行ったお友達の一人から、
「正子さんはセックスの対象は男性なの?」
と単刀直入に尋ねられましたが、私はすぐには返答ができませんでした。
だって、私が女装するのは自分の自然な姿でいたいからであり、それをセックスと結びつけて考えたことはなかったように思えたからです。
逆に、女装をセックスの手段として考えている人もいるのだということを知りました。
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タグ: 女装 花見 御苑

2009/3/19

春ですね  

今日はとても暖かく、太陽の光が眩しいほどでした。
日陰を選んで歩かないと汗ばむくらいの陽気です。

暖かくなると、蛹から抜け出して羽化する蝶のように、女性達が分厚いコートを脱ぎ棄てて、身体の線を露わにした色とりどりの薄手の衣服で街に溢れだす様は、まるで春の花が一斉に開いた感じがします。
私もせめて女性らしく身体の線を… と思ってもメタボの身体ではどうしようもありませんね。

暖かくなりますと女性の胸の露出度も多くなりますね。
誇らしげに胸の谷間を露出限度ぎりぎりまで覗かせるのは、まさに女性の特権でしょうね。

私は自分の乳房が大きくなってから、乳房を持っていることがとても嬉しく、誇りに思えるようになりました。
走ることができなくなったり、肩が凝るなどの不便な点はありますが、すれ違う男性の視線が胸に集まることは、厭でも実感します。

もっと暖かくなったら、思い切って外出の機会を多くしようと思っています。
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2009/3/11

乳房が欲しい  女装体験

今や毎日のように「元男性」や「美人ニューハーフ」たちがテレビ画面を賑わしていますが、女装する男性が社会の表舞台に出てきたのはそれほど古いことではありません。
私が育った頃は、男は男らしく振る舞うことが求められ、女っぽい男の子は苛めの対象になりました。
ましてや、女装するなど、家の中でこっそりと口紅をつけるだけでも大変なのに、女の服装で外出することなど、とても社会には受け入れられないことでした。

私が女になりたいと願い始めたのは、かなり幼い時からだと思います。
小学校に入る前から、母や叔母のお化粧や着物を着る姿を見て、私も大きくなったら、同じようにお化粧して綺麗な着物を着るんだと思っていました。
小学校の学芸会のお遊戯で、口紅をさされた時は、興奮して胸が高鳴ったことを覚えています。その日は家に帰ってからも顔を洗うのが惜しくて、翌日学校で友達から「まだ口紅が着いているぞ」とからかわれました。

思春期になり、周りの友達は急に男性化してうっすらと髭も生え、体格も変ってきましたが、私はそのような身体になることが恐ろしくてなりませんでした。
平均年齢よりもかなり遅く精通を迎えた時は絶望感に襲われました。やはり、どうあがいても男になるしかないんだ、と思いながらも、そうなることが恐ろしく、運命と諦めることに抵抗感を覚えました。

綺麗な女性、可愛い女性には惹かれます。でも、多くの女装者の方々と同じように、私も、綺麗な女性を見ると「あんなふうになれたら…」という羨望の気持ちが湧いてくるのです。
でも、柔らかく華奢な女の身体に比べて、私の体は意志に反して日増しに男性的になっていくのです。

去勢すれば男性化を止めることができると知って、自分で針金で縛ったこともあります。激痛に脂汗を流し、それでも耐えようとしましたが、意識を失いそうになり、触っただけでも飛び上がるほどに痛いのを我慢して針金をはずしました。

自分の顔に髭を見つけた時の驚きと絶望感は、同じ悩みをお持ちの方しか理解できないでしょう。このままでは男になってしまう。何とかしなくては…
医学書で知った知識を頼りに、薬局で「オバホルモン」を購入し、自分で注射したのは、少しでも男性化を抑えたいという願いからでした。

女に近づく最初の段階のスタートです。先ずは入浴して身体を清潔にした後で、入念に化粧を施しました。鏡に映る全裸になった身体は、首から下は貧弱ながら、どう見ても男性です。アルコールで平板な胸を消毒し、少し皮膚をつまみながら、注射針をそっと刺し込みました。思ったほど痛くはありませんなが、緊張からかなかなか針が入っていきません。それでも何とか注射筒の液体を全て体内に注入することができました。
緊張の後の気だるさの中で、「これで少しでも男性化を抑えることができる。女性に近付くことができるのだ」という喜びと新たな興奮が蘇ってきました。

その後毎日注射を続けて、数日後からは先ず乳首の回りが薄ピンク色に盛り上がり、乳首が大きくなってきました。
もう皮膚をつままなくても、注射針を刺すことは難しくありません。
液体は、吸い込まれるように私の体内に入り、確実に私の身体を女性化しているという実感が湧いてきました。

男性化を食い止めたいという願いから始めたホルモン注射でしたが、それが女性の身体に近付きたいという願いに進み、その内に、女性的な乳房を持ちたいという願いに変わってきました。

胸の谷間を誇らしげに見せる女性、その姿は男性の視線を捉えるだけでなく、女性としても憧れの的となっています。あのような素敵な乳房が私の胸にあったら… 何と言う倒錯的な欲望でしょうか。
でも、やはり私は、この欲望に抗しきれなかったのです。

ホルモンの効果は個人差が大きいと言われています。
私の場合は幸運にも効き目が大きい体質だったようです。

皮下脂肪が沈着し、男性機能を失った代償として、私は自分の掌に余るふくよかな乳房を手に入れることができました。
入浴の時には、鏡に映る乳房が自分のものであるという幸福感に浸りながら、やさしくマッサージをしてあげます。
私がもっと若かったら、全てを投げ打ってでも、女性になって今と違った人生を歩んでみたいと思います。
それが例え他人から見て、不幸に見えても後悔はしないでしょう。
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タグ: 女装 ホルモン 乳房

2009/2/23

パリの女装者達  

パリの北部に、市内を一望できる小高い丘モンマルトルがあります。
丘の上には、有名なサン・ピエトロ大聖堂の真白な建物があり、付近には素人を交えた画家たちがイーゼルを立てて風景画を描いています。
私の好きなモーリス・ユトリロの描いた白い町並みが、絵のままで残っています。
大聖堂の中は広く、入口近くに蝋燭を捧げる台があって、薄暗い室内で神秘的な光を放っています。

大聖堂を出て、向かって左手の方向に、ほんの数百メートル歩くと、そこはもう別世界です。昼間のうちこそ、薄汚れた壁や、道端に置かれたゴミ箱や、投げ捨てられた煙草の吸殻などが気になりますが、夕暮れを過ぎて、大聖堂が白いライトに照らし出される頃になると、この界隈は息を吹き返したように賑わいを見せてきます。

このモンマルトルは歓楽街として、一時はクレージー・ホースやムーラン・ルージュなど、世界的に有名なシアターで賑わっていましたが、昨今は景気のせいでしょうか一時ほどの活気はなくなったようです。
この一角には日本人とみると片言の日本語で「スズキさん、やすいよ」、「タナカさん、お○んこ!」などと話しかけてくる客寄せがいますが、うっかり彼らの誘いに乗ると、テーブルに案内されてショーガールが横に座り、「シャンパンを飲みたいわ」などと言って数万円のボトルを買わされる羽目になります。

ここには、「マダム・アルチュール」と「カルーゼル」という有名な女装者のショーを見ることができる二軒のお店があります。
どちらも夜の9時過ぎころから開き、ゆっくりと見物して帰ろうとする頃は真夜中になりますが、地下鉄は終わっていて、タクシーの奪い合いになります。
日本と違って、タクシー乗り場に整列するのではなく、車道に出て手を上げるのですが、タクシーが手を挙げたお客の所に着く前に、別の客がすぐ上手でそのタクシーを捕まえてしまい、口論になっているのを目撃しました。

マダム・アルチュール (Madam Arthur) の店は、地下鉄の駅からやや歩いた丘の頂上付近の露地の左手にあります。
この店は一度潰れたと聞きましたが、どうやら潰れたのは、この店と繋がっている、男装のいわゆるミスター・ダンディのお店のようです。
私が行った時はフランスの田舎から来た観光客の一行が客席の大部分を占めていました。
舞台と背中合わせに設けられたカウンターで飲み物を注文して、そのまま止まり木に腰かけてショーをみることにしました。
ここは、コミカルな出し物が多く、また、おしゃべりが多いのです。
フランス語ができない私には、観客の哄笑の理由がさっぱり判りませんでした。
ショーガール達に、目を見張るような美人もいません。
どう見ても、男丸出しの人が多いのです。
自分の事は棚に上げて言うのもおかしなことですが、いかつい男が厚化粧をして、きらびやかな衣装を付けて、筋肉質の裸体を垣間見せるのは、趣味の悪い見世物です。
見ている方が、気分が悪くなってきました。

カルーゼルは、日本でも有名ですね。
このお店はマダム・アルチュールからはそれほど遠くない、少し下がった場所にあります。
夕方、場所を探していた時に、それらしい建物を見つけたのですが、ドアが閉まっていて、横の通用門が少し開いていました。
開店時刻を聞こうと思いましたら、中から若い、一見して男か女か判別できない人が顔を出し、英語で「ショーは11時からです」と教えてくれました。
その声でも、男か女か判りませんでした。

夜になるまで付近で時間をつぶしてから、再度訪ねました。
中には古い木製のテーブルが無造作に並べてあり、座り心地の悪い木製の椅子に座って食事をしながらショーを見るのです。
食事の前に、店内を偵察したくなりました。
チケット売り場の横にカウンターがあり、そこで飲み物を買うことができます。
横のショーケースには、往年からのスターの写真が飾られてあり、コクシネル、キャプシーヌ、バンビなど、懐かしい名前も見られます。
中には「日本で飛行機事故で死亡」とのメモが付けられた人もいます。
BOACの富士山の事故ですね。
舞台裏に続く階段がありましたので、覗いていたら後ろから声をかけられました。
若い男性です。でもどことなく女性的な雰囲気をもっています。
「貴女はショーガールなの? と聞きましたら、「そうです」とのこと。
ここのショーガール達は全員が普段から女性として生活しているのだと思っていましたが、舞台上だけで女性になる人もいるのですね。

異常に高くて、異常に硬く、異常にまずいステーキを食べ、ワインを飲んでから、やっとショーの始まりです。

舞台に設置された蜘蛛の網に数人の女性が捉えられていて、逆光によってシルエットとして浮かび上がっています。
みな華奢な体格で、肩幅が狭く、手足が細くて長く、ウェストが締まっていて見事なフィギュアをしています。
そこへ正面からのライトに照らされて登場した蜘蛛の精は、網にかかった女性たちよりは少し大柄ですが、女性として完璧な肉体を持ち、深紅の衣装からこぼれるような乳房を惜しげもなく曝しています。
細い首、柔らかそうでなめらかな浅黒い肌、この人が男性だなんて、とても信じられません。

ショーの幕間には、踊り子たちが客席に来てくれます。
あの蜘蛛の精も来てくれました。
近くで見ると、化粧の濃いのは当然ですが、背が高いのにびっくりしました。
彼女はヒスパニックで、既に性転換しているとのこと。やはり、ここの踊り子たちは性転換をしている人が多いようです。

女性の真似をするコミカルなショーのマダム・アルチュールと、完璧に女性化した男性のショーを見せるカルーゼル。
この二つのお店は、全く異なるコンセプトを持っていました。
でも、私はカルーゼルの、完全な女性の肉体を手に入れ、それを誇らしげに見せている踊り子たちが羨ましく思えました。
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2009/2/5

海外女装旅行―ドイツ  

ドイツは欧州で英国の次に保守的な国かと思っていました。
何と無くイメージ的にドイツには硬派が多く、女装者は軟弱な者として排斥するように見えます。
以前、ドイツの小さな市の市長さんが突然女性になり、住民のリコールに遭って退職したというニュースが報じられたこともありました。
でも、英国でさえ性転換者がケンブリッジ市の市長さんになれましたし、ドイツにも性転換者や女装者はいます。
以前、ドイツのある都市で開催される博覧会を見学に行ったことがありましたが、来客の中に明らかに女装者と判る人がいました。
スラリとした長身に黒のミニ・スーツを着け、金髪を綺麗にカールさせた美人で、中年の男性を連れて展示ブースを見ていましたが、自分では一言も言わず、連れの男性に耳打ちして質問していました。
雰囲気で女装者と判りましたが、近くに寄って見ましたら、顎の下に髭の剃り残しがはっきりと見えたのです。
それ以後、私はもともと髭は薄いのですが、剃り残しなどの無いように心がけています。

首都のベルリンは、東と西とで雰囲気が全く違います。
東にも旧東ドイツの名残はありますが、斬新な建物が多く建設されて近代的な街に変貌しています。
それに比して西ドイツは古い伝統が随所に残っているように見えます。
動物園の近くの一角はベルリン市内で最も賑やかな場所であり、そこから東西に延びている通りの両側には多くの店が立ち並んでいます。
ビヤホールも多く、4000種を超えるというビールに豚の脚の塩煮(アイスバイン)とザワークラフトの付け合わせが最高です。

繁華街を過ぎると街灯の数も減少し、大木の並木が続く通りにでます。
夜になると、その並木の木の一本ごとに「通りの女」が立っているのを見ることができます。
彼女たちの中に紛れて、男娼もかなり居るようです。
私も一人見かけました。
背の高いゲルマン民族の女性の中に混じって一段と背が高く、肩幅のがっちりとした、化粧の濃い人でした。

私の友人でフランクフルトで公務員をしている人がいます。
Petraと名乗る彼女は奥さんには内緒で女装を楽しんでいます。
奥さんが仕事で家を空ける日が彼女にとって最高の時のようです。
市内には日本のエリザベス会館のようなオープンな女装の場はありません。
趣味の仲間がお金を出し合って借りているアパートの一室が彼女たちの憩いの場なのです。
彼女は女性の姿で町に出てウィンドウ・ショッピングを楽しんだりすることもあるそうです。

身長180cmの彼女はドイツの男性としては飛びぬけて背が高いわけではなく、女性になっても平均よりはいくらか背が高いといった感じですが、ハイヒールの好きな彼女は私の身長を羨ましがりました。
アメリカで、やはり180cmのヘザーと良く一緒に歩くことがあった私にとっては、彼女はそれほど背が高いようには思えませんでした。
ダイエットにより体重制限を心がけているという彼女は私よりスリムです。

ベルリンやフランクフルトでの女装歩きは、現地の友人に案内して貰うことが無難です。
もし男とばれるか、運よく女性と思われても、逆に痴漢行為ょ受けるようなことがあっても、彼らの腕力に敵うはずがありません。
ホルモンの効果で筋肉が落ち、飛行機に乗っても荷物を上げるのにCAさんに手伝って貰うような私では歯が立つわけがないのです。
デュッセルドルフには日本人が多く居ます。日本語の通じる日本料理店も多くあります。
でも、私はここでの女装歩きはしませんでした。
日本人の目の方が、日本人の女装者を看破ることが確かではないかと恐れたからです。

その点、現地の友達と、外人の中に混ざって女性としての観光を楽しむ方が無難だと思います。
写真はドイツで一番大きいケルンの大聖堂です。
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タグ: 海外 女装

2009/1/24

海外女装旅行―プーケットの思い出…サファリ・パーク  女装体験

プーケット島は、タイの南部に細長く延びた半島の先にある小さな島です。
半島を挟んで、南シナ海にあるサムイ島とは反対の位置、美しいアンダマン海の中にあります。ここからバンコクまでは400kmほどありますので、バンコク経由かシンガポール経由の飛行機を利用するのが便利です。
プーケットにはもちろんタクシーがありますが、やはりタイに来たら「Tuktuk」に乗ることをお勧めします。
昔、日本にもあった小型のレバーハンドル型の三輪自動車の荷台に屋根と座席を付けて乗用にしたものです。
陽気な微笑みの国タイですから、タクシーの座席に蹲って乗っているよりも、Tuktukの座り心地の悪い座席に乗る方が、外の空気と一体になって身も心も開放的になって女性としてのドライヴを楽しめます。
乗り心地は、決して良いとは言えませんが、軽い騒音をたてて小気味よく走るTuktukに乗っていると楽しくなります。
沿道の民家の前には小さな祠のようなものがあり、お供え物が飾られていました。形は違いますが、日本の田舎でも同じような光景を目にしたような記憶があります。

私はヘザーを誘って島の南部にあるサファリパークを訪ねました。
陽が強かったのでお化粧はやや濃い目に施し、サングラスと麦わら帽子を被りましたが、自慢の胸を誇張した半袖のワンピースから出ている腕が焼けないかと気になって、なるべく日陰を選んで歩くようにしました。
サファリパークはとても広く、いくつかのコースが用意されていて、象に乗ってのトレッキングやカヌーでのジャングル体験など、二日がかりで楽しめるコースもあります。
私たちは徒歩での園内めぐりを楽しみました。沢山の象がいてお金を払うと乗ることもできます。
ヘザーは像に乗って小川の中まで入っていきましたが、私は遠慮しました。
もしも象から落ちて怪我でもして病院に運ばれるようなことになったら、大変ですもの。
それでも、日本の動物園などの褪せた緑色の木の葉と違って、艶やかな瑞々しい、エネルギーを発散しているような緑の中を歩くのは、身体の隅々まで爽やかな涼風が吹きわたるような、清々しい気持ちになれました。
園内には日本人と思われる観光客の方もいらっしゃいましたが、ここは外国、誰に臆することもなく女性としての一日を楽しみました。

夜はリサが入院している病院のスタッフの方々と一緒に、プーケット・タウンにあるホテルのレストランでタイ料理を頂きました。
プーケットの人たちは皆大らかなで、友好的でした。当然私が女装者だと知っていたでしょうが、何の興味も示さない態度が、却って皆の中に溶け込めたような気がして嬉しく感じました。
写真はレストランでのスナップです。
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タグ: 女装 海外

2009/1/3

あけましておめでとうございます  

皆さま、あけましておめでとうございます。
徒に馬齢を重ねる空しさを感じる近頃ですが、私の経験や感想などを残すことも、何かのお役にたてるのでは、との願いから、今年もこの部屋から折にふれて書き記して参りたいと存じております。
なにとぞ、皆様よしなにお願い致します。
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2008/11/16

海外女装旅行―プーケットの思い出  

私たちが泊まったホテルは、プーケット国際病院が斡旋してくれたピーチヒル・リゾートという、カタビーチに面した丘の上にあるホテルでした。
こじんまりとしたホテルですが、南国の陽光を一杯に取り込めるティールームからは、ガラス越しに中庭のプールが見えます。
ヘザーから、泳がないかと誘われましたが、水着を持ってこなかったこと、例え持ってきたとしても水着でプールに入る勇気がなかったこと、それに一番には日に焼けたくなかったので断りました。
従業員は皆現地の方です。運転手を含めてみんな英語が話せますので、私たちは言葉では不自由はしませんでした。
事前にホテルには「私は日本からのTransvestiteで女性として滞在したい」と伝えてありましたので、私を空港まで迎えに来てくれた運転手は「ミセス谷屋」と書いたカードを掲げて私を探していました。
私が、"It's me!!"と言いましたら、暫くの間、狐につままれたようにキョトンとしていましたが、プラティーンという名前の運転手のその時の顔は見ものでした。
雲一つ無い熱帯の青空と、ときどき見える紺碧のアンダマン海と対称的な白っぽい家並みの中をホテルに向かいましたが、道路は空いていて話ながら後ろを振り向くたびに蛇行するようなプラティーンの運転でも、さほどの危険は感じません。
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ホテルに着いて、プティーンにティップをあげようとして小銭入れを取り出そうとしたとき、誤って道路上に小銭をばら撒いてしまいました。
あわてて拾おうとしたときに、誰かの手が伸びて小銭を拾ってくれようとしました。見ると、ヘザーだったではありませんか。思わず路上で抱きあって再会を喜びあいました。
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病院はこのホテルからパトン・ビーチを経てウィチトソンクラム通りを東に走り、チャオタ・ウェスト通りを左に曲がったところにあり、車で20分程度の距離です。
プーケット・タウンにも近く、近くにはバンコク・プーケット病院、ワチラ病院などの病院があり、三つの大型のショッピング・モールにも近い位置にあります。
私たちは、リサをお見舞いした後で、そのショッピング・モールの一つに買い物に行きました。
婦人服を探したのですが、ヘザーは「タイの人たちは小柄だから、貴女には合わないかもね」と言います。
確かにモールに買い物に来ている女性たちは皆小柄で、6フィートのヘザーを初め、私たちの一団は頭ひとつ飛び出て目立つ存在です。
実際にワンピースなどを体に当ててみても、小さい感じがします。
その中でやや地味でしたが、ぴったりな一着のスカートを見つけました。ゴム紐の入ったワンサンズ・フイット・オールの普段着です。
ところがサイズを見ましたら、「Mサイズ」。でも、同じデザインの「Lサイズ」のスカートよりも大きいのです。こんなことってあるのかしら? と思いながらも買ってきました。

リサをお見舞いした翌日、ヘザーと私はブラティーンにティップを渡して、島内観光の案内をしてもらいました。
名前は忘れましたが、有名なお寺には眩いばかりに金色に輝く仏像が安置されてありました。お参りの人たちが金箔を持ってきて、仏像に貼り付けるのです。
仏像の周りには、剥がれたか、貼りつかなかったかした金箔の屑が無造作に散乱して、風に舞っていました。
いつもは陽気なヘザーも、ここでは神妙な顔つきで、廊下も音をたてないように、そっと歩いていました。

市内を見下ろす小高い岡の上の木陰に、椰子の実を売っている行商人がいました。
椰子の実を切って、ストローを差し込み、果汁を味わった後で、殻についた果肉を味わうのです。
冷えてはいませんが、甘い果汁は暑さを払ってくれるような気がします。それに、とても安いのです。
椰子の実を味わうのは初めてでしたが、トロピカルな中にも懐かしさを感じさせてくれる味でした。
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