日本のホラー映画が海外でも人気と言われて数年が経つが
中国に居てもその人気は感じるし巷の話題としてもよく耳にする。
「貞子」の名前は下手な芸能人より有名である。
私は中国にいて海外を意識して日々を過ごしているわけだが
このJホラーのどこに外国人は魅力を感じるのだろうか?
中国は同じアジア圏で文化も近いので簡単に理解されると
思いがちだが彼らたちは字幕でDVDを見ているのである。
字幕ならアメリカホラーのようにメイクし
ほら!怖いでしょ!って画面に恐怖を感じるのは分かるけど
ただ予兆というか気配のみの画面で何が怖いのだろうか?
そんな疑問に対して色々と日本のホラーや怪談や幽霊画を見直してみた。
高知の絵金蔵の血生臭い芝居絵には何か執念を感じたし
怪談もホラー映画の根本は執念が描かれていると思う。
しかもその執念は不条理から生まれているのだが
その不条理さは何故か見近に起こりうるリアリティーを
感じるのはなぜだろうと思った。
時代が違うが怪談ならば貧富の差や政治体制に対する反動など感じる。
Jホラーも見近なビデオや携帯電話といった便利になりすぎた
科学技術への過ちや罪のような反動を感じる。
手に入れた豊かさや便利さと引き換えに
その裏にある苦労や失敗による無念さなどを
忘れてはいけないという警鐘にも聞こえる。
そんな執念を恐怖という形で昇華させたのが
日本の恐怖であると私は思ったのです。
ではその執念をリアリティーに恐怖という感情として
与えるための装置というかキーワードは何なんだろうか?
シンプルによくよく見てみると
「水」に気付かされたのである。
もっとわかりやすく言うと「滑りや湿気」である。
湿気の多い日本の気候風土が作り上げて来たのだろう。
例えると
霧深い夜、川、滝、井戸、雨などの場面設定や
血、傷、毒薬、涙などのビジュアルや小道具。
怒りに満ちた爆発した髪ではなく湿気を帯びた長い黒髪など
そういった湿気のある物を巧みに取り入れている。
我が作品にも水を媒体にして「じめっとした」湿気を使い
不条理やリビドーを表現できれば良いなと強く思いました。
難しいだろうけでこれからの課題にしていきたいと
最近考えている。

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