2012/3/14 | 投稿者: Kouki

翌朝、太郎はいつものように目覚めると、

洗面をすませた後、

まじまじと鏡に映る自分の顔を見た。

特に背後に憑き物のようなものは見えない。

昨夜の出来事は

やはり幻覚だったのではないかと思った。

朝食を食べ終わると、会社に向かった。

ところが、アパートを出て

最初の人に出会って驚いた。

その人の背後に狐が見える。

「あーら、松岡さん。おはようございます。

今日も調子良さそうじゃない。お仕事頑張って」

朝刊を取りに出ていた

隣に住む大家の奥さんだった。

「……は、はい。おはようございます。

行ってきます」

歩きかけて振りむくと、

今度は蛇に変化して家に入っていく。

それから会社に着くまで人という人に出会うと、

その後に狐やら、蛇やら、龍やら、

色々なものが見える。

中には行者姿や神主の姿、

刀を振りかざした武士の姿も見えた。

会社についてからもオフィスの中が

憑き物のパレード状態だった。

得意先に行っても状況は変わらず、

人間と接触しているという感じがしない。

昼食は社員食堂を避け、

弁当を買って人気の来ない

公園の隅に行って一人で食べた。

(こりゃぁ、一体全体どうなっているんだ?)

太郎は頭の中が混乱している。

混乱というより、頭が変になりかかっている

と言った方が近いかもしれない。

昨日の夜の事が鮮明に思い浮かんできていた。

(もう一度、あの白髪の老人に会わなければ……。

俺はおかしくなってしまう)

午後から太郎は外出もせず、

机に張り付いてできるだけ

顔を上げないようにしていた。

五時を回ると、同僚達はクリスマスイブの続きだと

早々と退社して行った。

太郎は人が少なくなったのを見計らって会社を出た。

鞄を顔の近くまで持ち上げ、

できるだけ人を見ないですむようにしながら歩く。

何か犯罪者に見られいるような気もしたが、

ずんずんと突き進んだ。

途中、ショーウインドウに映る

通りすがりの人を横目で見たが、

憑き物も一諸になって映っていた。

とにかく人を見ないように、

下の方を見ながら歩いた。

電車の中ではドアにへばりついて目をつぶっていた。

アパートのある駅に着くと、

一目散に昨日の神社に向かった。

昨日の時間よりも早かったが、

石段の中段に腰を下ろして、

老人の現れるのを待った。

 太郎はコートの襟を立てて、

階段の上から吹き下ろしてくる寒風から

身を守っていた。

時間が経つうちに一日の気疲れから

眠気に襲われ朦朧としていた。

「やはり、今夜も来たか。

わしの授けた力に、どうじゃ、驚いたじゃろ」

 太郎は老人の声にハッとして声のする隣を見ると、

昨日の白髪の老人が

白い髭を撫でながら座っている。

思わず、「ワッ!」と言いそうになった口を

太郎は片手で押さえたが、

両目だけは大きく見開いていた。

一呼吸おくと、太郎は今日一日のことを老人に話し、

老人に元に戻してくれと頼んだ。

「お若いの、それは無理じゃのう。

一度授けたものは元にはもどせんのじゃ」

「そんなのは、あなたの勝手じゃないですか。

昨夜いきなり杖で私の頭を

訳も分からず叩いておいて」

 老人は二、三度左右に首を傾げると、

「ふぉふぉふぉ……」と笑った。

「まあ、わしの話を聞け。

わしはお前に授けた力を

本当は他の誰かに授けようと思うておったのじゃ。

相応しい者はおらんかと町中を見て回ったが、

おらんかった。

疲れ果ててこの神社の石段に

腰掛けうとうとしておったら、

お前が駆け下りてきてわしの足に躓いて

転げ落ちたという訳じゃ。

その姿を見て、ここにおったわいと思ったんじゃ」

「えっ、そんな単純なことで……」

「単純ではない! 

先ず、何処にでもおる人間なら

すり抜けるはずのわしの足に蹴躓いた。

そして、こうしてわしの姿が見える。

それだけで充分じゃ」

「は?」

「お若いの、お前の名前は何と言うのじゃ?」

「は、はい。松岡太郎です」

「太郎、お前は馬鹿か?」

「人の名前を訊いておいて、

いきなり馬鹿とは何ですか?」

「馬鹿だから、馬鹿と言ったまでじゃ。

ちなみに太郎、お前は四国の出身じゃろう。

御大師様の縁があるのう」

「な、何で分かるんじゃ?」

「容易いことじゃ」

 それっきり老人は黙り込んでしまった。

石段から微かに見える星を見つめている。

太郎も老人の雰囲気に飲まれて

黙って星を見ていた。

時折、吹き下ろしてくる風が身を震わせる。

老人は昨夜と同じ着物姿だ。

老人は杖を立てると、太郎に向かって話始めた。

「太郎。

これから、お前に授けた力について説明しよう」

 老人は一つの星を見定めて話を続けた。

(つづく)
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2012/3/13 | 投稿者: Kouki

―人間はのう。

自分は自分だと思い込んでおるようじゃが、

実際は違うのじゃ。

自分の意識が100パーセントだとすると、

本当の自分はせいぜい10パーセントしかない。

残りの90パーセント以上は、

憑き物に支配されておる。

 ほれ、よく言うではないか、

『魔が差さした』とか……。あれじゃ。

 お前も自分であって、自分ではないのだ。

お前の体を支配しているのも

90パーセント以上が憑き物だ。

 それで、憑き物には大きく分けて

二種類あるのじゃ。

 一つ目が、その人間の歴史・生き方、

つまり、先祖じゃ。

 二つ目が、その人間の心あり方、

つまり、先祖がしてきた信仰じゃ。

 そして、信仰には四つの傾向がある。

 一番目が神様系じゃ。

神社とかの神道、キリスト教なんかじゃ。

 二番目が行者系じゃ。

山伏とかの修験道の類じゃな。

 三番目が稲荷系じゃ。

お稲荷様とかの狐じゃのう。

 四番目が龍神系じゃ。

弁天様とかの龍とか、蛇とか、水神なんかじゃ。

 これが、その人間の背後で

コロコロと入れ替わっていくのじゃ。

 だから、同じ人間でも気分とかが

一定ではなかろう。

いくら頑張っても心は変化してしまうのじゃ。

コロコロとな。

だから、『こ・ころ』と言うのじゃ。

 ふぉふぉふぉ……。

「それで、俺にどういう関係が

あるんですか?」

 太郎は老人の顔を不審そうに見た。

老人の意図が理解できないでいた。

転げ落ちた時の服の汚れや痛みの方が

気になっていたし、

寒空の下からも逃げたかった。

早くアパートに帰り暖房を効かせ、

せめて残ったフライドチキンで

ビールを飲みたいと思っていた。

「そう、焦るでないわ。

今言ったわしの話を覚えておけ。

明日からお前は人の背後の憑き物が

見えるようになる。

但し、自分の背後は見ることはできん。

もしわしに会う必要ができたら、

今日と同じ時間、場所に来て待っておれ」

 老人は立ち上がると、いつ手にしていたのか、

古びた焦げ茶色の木杖の丸まった先で

太郎の頭を三度叩いた。

「痛い……」太郎は思わず声を上げた。

「ふぉふぉふぉ……」

 老人は笑いながら石段を登り始めた。

太郎はポカーンとして後ろ姿を見ていたが、

途中から靄が立ちこめたようになっていた。

気がつくと、老人の姿は消えていた。

石段の上の方を立ち上がって見たが、

それらしき姿は見えなかった。

太郎は幻覚を見ていたのだろうかと

頭に手を置いたが、

叩かれた頭の痛みは現実にある。

老人の話も耳に残っている。

何がなんだか分からなかったが、

転げ落ちた事だけは間違いのない事実だ。

太郎は鞄とバーレルの箱を下げて

アパートに帰った。

(続く)
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