「「若年層小泉支持」の背後にある新自由主義への幻想?(5)」
政治経済
前回(第4回)からの続きである。
何故、エリートでも勝ち組でもない多くの若者たちが、小泉自民党を支持したか? まんまと騙されて、小泉構造改革(=新自由主義、市場原理主義)という、実は自分たちの不利益になる選択をしてしまった理由は何なのか?
その理由として、前回私は「日本の若者たちが抱える3つの弱さ」をあげた。
前回(第4回)はひとつ目「社会と自分自身に対する無知」についてまで述べた。今回は、2つ目「自分を見つめられない弱さ」について述べる。
「(エリートや勝ち組でもないのに)小泉自民党と小泉構造改革路線を支持した人たちは、IQが低くて世間知らず」とよく言われる。
ネットで、特に我々のような反小泉の言説を展開する者たちの間では、「B層」
(注1)という「小泉政権を支持するIQも社会的地位も低い人々」を表現する言葉も流行した。
失礼を承知・覚悟の上で言わせてもらうと、この見方はかなりの程度当たっていると思う。だがその一方で、それだけでは、やや不十分ではないか、とも思う。
この世のあらゆる詐術がそうであるように、必ずしも「教養や学歴のある人間が騙されにくい」というわけではない。それは、騙される側が持つ「心の隙(弱さ)」につけ込む場合も多いからだ。というより、現実世界で行われている詐欺の多くは、「IQや教養の低さ」よりも、「心の隙」につけ込むケースの方が、おそらくは多い。高いIQと教養、社会的地位まである(はずの)人たちまでが、あっさりと詐欺の被害者となるという事件が起こるのもそのためだ。
「小泉新自由主義路線に対する幻想を振りまく」という詐術に関しても例外ではない。では、この場合の「付け入られる心の隙(弱さ)」とは何か? それこそが今回述べる「自分を見つめられない弱さ」と、次回以降に述べる「他者と社会に対する想像力の欠落」である。
小泉政権や、自分の利益のために支持する人たちがばらまく幻想に惑わされないためには、まず前回述べた「社会と自分自身に対する無知」を克服しなければならない。
だが、少なくない人たちは、この時点で心理的な壁にぶち当たる。それは「社会の中の自分自身を見つめることの辛さ」という壁である。
考えてもみてほしい。弱肉強食の小泉新自由主義路線の中で、「社会の中における自分自身を見つめる」ということは、ほとんどの人にとっては「自分が惨めな敗者・弱者である」ことを認めることでもある。それは、本人にとって惨めで辛いことである。
特に、一度でも小泉政権や新自由主義の支持者たちが行った幻想刷り込みにはまってしまった人にとっては、それは更に難しいこととなる。何故なら、小泉路線(=新自由主義)の論理によれば、「敗者・弱者とは、自分の能力と努力の不足ゆえ競争に負けたダメな奴」となるからだ。
これは、単に「知力(IQ、教養や学歴など)が高いかどうか」だけの問題ではない。むしろ、なまじ教養や学歴を持っている人の方が、かえって危ない。特に危ないのが、「昔は優等生でエリート・コースを歩むかと思われていたけど、途中で挫折した」というタイプだ。
くどいようだが、「惨めで弱い自分と、自分を取り巻く厳しい社会状況」を直視できる強さを持てるかどうかは、必ずしも本人のIQや教養とは一致しない。
このような惨めさ、辛さかに、本当の意味で直面せずにすむのは、勝ち組と言われる人たち(エリートや大金持ち)だけである。だが、現在及び、これから迎えようとしている社会の現実を少しでも理解する人ならわかるはずだ。そのような人たちはごく少数だけだ、ということを。
でも、それを認識・理解できない。あるいは、何となくわかっていても、それを認める辛さと惨めさに耐えられない。だから、気づかない振りをする。そのうちのある人たちは、「日本人であること」に心の支えを求め、危ないナショナリズムや排外主義に走る。別の人たちは、ささやかな自己満足と優越感で傷ついた自分のプライドを何とか支えるために、差別や弱い者いじめに走る。また別の人たちは、社会と関わることから逃げて、ニートや引きこもりとなる。またまた別の人たちは、与えられた幻想に更にしがみつく。おそらく4番目のタイプの人たちが、新自由主義改革の幻想にとらわれて小泉支持に走る。
しかしいずれの場合も共通点がある。それは、「根本的な問題解決に結びつくことはまずない」ということだ。根本原因にまともに向かい合ってないから、当然といえば当然なのだが。
さて、もう長くなったので、そろそろ結論……というか、今回一番言いたかったことを言おう。
それが、どんなに惨めで辛いことであっても、自分と、この社会の中で自分が置かれている現実を直視しなければならない。今、日本人(特に若年層)に最も必要な勇気とは、異質な他者を叩く勇気でも、どこか他の国と戦争しようという勇気でもない。自分の限界と弱さに向き合う勇気である。
まずはそうすることによってのみ、甘い幻想から解放され、本当の問題解決のための道が見えてくるのだから。
今回はここまで、あとは次回(第6回)以降に回す。
(注1)B層について、『世を倦む日日』にて、面白い考察・論説がある。興味ある人は、こちらへ。
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