この臨書ブログも立ち上げたはいいが、およそ二年もほったらかしにしいて全く更新していなかった。
本人すら開かないブログを先日見たら、毎日数人の方が開いてくださっていることに気づき、随分失礼なことをしているなと…
今後はもうちょっと真剣にやろうと少し反省…
と言うことで臨書ブログ再開記念w、今期第一弾は大開通ww
学生時代に初めてこの全トウ本に触れた時、その石門特有の薄く剥がれ落ちる性質をもつ岩盤のディティールが、拓することによって見事に反映したその姿に、何か得体の知れない妖気のようなものを感じて興奮してしまった。
書いてみたい!という気にさせる古典の一つだと思う。
しかし学生時分、何度臨書しても、その懐の広くおおらかで伸びやかな結体と、ギリギリと石に鏨を喰い込ませ、石を挫いて破壊していくような深く強い線が出ない。
独立系の羊毛長鋒に濃墨なら、鍛錬すればある程度は見られる線にもなるかもしれないが、何か違う…
幾度となく書くうちに、羊毛長鋒のようなやわらかい筆でも、雑巾を絞るように捻りながら書けば、筆の毛全体の硬度が上がり、紙に食い込むようにして鏨で切り込むような線に近くなることが分った。
また所謂金石の気を封じ込めるためには、岩肌の凸凹や磨耗による線のうねりや抑揚を、筆の浮沈や開閉だけではなく、この筆の硬度変化、言ってみれば筆を紙に対して可変抵抗させながら書くのが良いのではないかと考えた。
羊毛長鋒を濃墨でただ引きずるのではなく、軸の回転により毛を捻ったり戻したりしながら運筆し、ほとんど直筆のみで現されるだろうその線に、微妙な表情の違いを持たせながら書くことが、この古隷というもの書く時に重要になってくるスキルであるような気がする。

線と線との接合部が弱いと、線がいくら粘っこく強くなっても「壊れやすさ」が付き纏ってしまう。出来れば、木の枝ぶりのように、墨溜りの要領で、枝の基部が太くなっているかのごとくにすれば文字自体の構築力がアップする。
道の「目」部の三画目のように、一度筆を縦画と平行に沈めて次の瞬間右にぐいっとスライドさせて横画をひくと、基部は太くなり接着力が増す。

筆の開閉や浮沈より、捻り戻しの微妙な変化により、線の肌のどこかに恒常的にカスレを伴わせることにより、細い線を立体的に見せることが、この摩崖物を書くに当たり必要になってくるところかと思う。

「鹿」字などの文字は拓本の定本を古いものに求めないと、新拓では、楷書の鹿の字のように改刻されてしまっているので、それを臨書しても大開通の真面目にはならない。現在、日本で発刊されている影印本は↓の写真にあるように二玄社の名品叢刊(新旧)、西東書房よりの上田桑鳩旧蔵本(これは新拓)、不手非止七号別冊本(清朝初期拓)、日本習字普及協会刊、木鶏室金石撰集第一巻などがありますが、中でも木鶏室本は最旧拓とみられ、首尾一貫して完好の素晴らしい精拓であり、習うのには一番と思われます。また編著者の伊藤滋先生が、事細かに様々な種類の拓本を比較し、文字を精査しておられますので学術的にも非常に価値ある本です。しかも3,800円と廉価です。


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