2011/12/17

〜 インターネットの中の部落差別 出合うこと向き合うこと 〜  皆さんの知恵とアイデアをください

次々とインターネットの中で部落差別が起きて、次第にその内容が悪質になってくる。気づく人も少なく、問題解決への道筋もなく、解決へのアクションすら見つけられずに・・・。徒労感、焦燥感がありました。そして「何故、インターネットでの人権侵害や部落差別と向き合い、取り組んでいるのだろう。インターネットは、単なるからかいやひやかし半分の行為。いつまで付き合う。他にすべきことがあるだろう。地域課題があるだろう」という自問があります。

不確かな記憶とわずかな記録をたどって、インターネットとの出合いと出来事の経緯と時々の気持ちを振り返ります。元来が論理的ではない人間が、出来事をふりかえる作業です。でも、差別という行為への振り返りであって、部落差別の意識形成であるとか、差別意識を生み出す社会の在りようにふれることは出来ませんでした。だから雑感として受けくめてください。
部落差別を受けとめること 若い頃の体験に重なる思い
ひと昔前の体験。デパートの屋上ビアガーデンで、メーカー担当者と一緒に顧客接待。顧客がいきなり「ここいらは、コレ(指を立てて)が多いからね。怖いよお、気をつけなさいよ。」と何度も私たちに伝えます。突然の言葉に驚き、頭の中が真っ白になって、心臓が動悸をうつ。悔しかったです。黙れ。お前、何を言いたいんだ。ナメルナヨって叫びそうになりました。「ここから突き落としてやりたい」という感情と言い返せない無力感が交錯していました。そんな体験。
インターネットで部落差別に出合うたびに、いつもこの時の情景が重なります。画面の文字を凝視し、コブシで叩き割りたい衝動。仮想現実といわれるインターネットの世界の中で、現実の部落差別を受けて、震えるような悲しみと痛みを感じている私がいます。
97年、NHK教育テレビのドキュメンター番組「インターネットの中の人権」で取材を受けた時のこと。「はじめて画面で出合った時、頭が真っ白になって、ショックを受けて何も考えることが出来なかった。でもいつか、そのことに慣れてしまった自分がありました。差別をうけとめる感性が磨滅してしまったのかも・・・。」と答えました。14年が経過し今、あらためて「何故、インターネットの人権侵害や部落差別と向き合い、取り組むのか」という問い直しがあります。
インターネットとの出合いと期待 仕事として、部落解放の手段として
企業向けコンピュータのシステムを開発する企業に勤務していたこともあって、比較的に早い時期に、当時ではまだ珍しかったインターネットに出合う機会がありました。
「世界に広がる可能性を持つネットワーク」という概念や仕組みの難解さに戸惑いながらも、情報関連企業に勤務する人間の視線として、いずれは時代をリードする情報手段・メディアに発展することの予感がありました。
一方では、仕事とは別の関心がありました。当時、インターネットの特徴を示す言葉のひとつとして「情報の平等化」が言われていました。これからは市民が何のフィルターもかけずに情報を受け取ることが出来る、情報を発信することが出来る時代になる、という見通しが語られていました。
もしかしたら、インターネットを使って、私にも部落解放へのメッセージを発信できるようになるかもしれない、多くの人々と部落解放への願いを共有できるようになるかもしれない。漠然とした期待を持ちはじめていました。
みちくさ 大阪大学学生による部落解放研究会との出合い
96年、大阪大学学生たちによる部落解放研究会のホームページ「みちくさ」との出合いがありました。学生たちが開設していることへの驚きがあり、併設されたインターネット掲示板「みちくさ伝言板」での部落問題の論議がとても新鮮に思えました。掲示板の開設理由「立場の違いを尊重しつつ、対立点を明確にした積極的な論争を。読者にとって役に立つ情報、差別の現実に根ざした情報を交換し合う」という言葉が、私にはまぶしく映りました。
次第に「みちくさ伝言板」での論議や情報交換に関わるようになり、伝言板で知り合う人々との交流や部落問題の学びの場を持つことが出来ました。学生たちが鳥取の地を訪れてくれることもあり、私の思いを伝える可能性と活動の範囲を広げることになりました。
部落解放を願って情報発信する さまざまなホームページ
これより少し後、部落問題に関わるいくつかのホームページが開設されました。自治体の啓発、運動体の主張、研究機関や推進団体のレポートなど、それらの多くは部落問題解決のを目的とするものでした。さらに個人が開設するホームページもあり、部落解放運動や同和教育運動に関わる人々、教師、被差別当事者など、さまざまな人々によるものでした。「みちくさ」と同様に、掲示板を併設していました。私も「わたしたち発メッセージ」というホームページと掲示板「太陽の村」を開設しました。私たちには「部落解放を願って情報発信する」という共通の思いがあり、オフの会として集うこともありました。
私は、こうしたつながりの中で、自らの気持ちを語ることの大切さを意識しはじめ、語ること、伝えることを出発として、私に何が出来るのかを考えるようになりました。
「大和民族を守る会」というホームページ
部落問題に関するホームページは、必ずしも「部落解放を願って情報発信する」ものだけではありませんでした。その中でも。優性思想を主張して被差別部落や人々を蔑視する「大和民族を守る会」が強く印象に残っています。しかし、現在に比べれば、面と向かって部落解放を否定する内容は少なかったと記憶しています。ひとつには、当時は「差別をしてはいけない」という社会規範が多少なとも差別行為を抑制していたことと、ホームページの制作には、ある程度の技術と手間(時間)が必要でもあり、そこまでして部落解放の邪魔をしようと考える者は少なかったのではないかと考えています。現在では、これらのハードルが低くなり、当時とは違う様相を示し始めています。
情報交換の場 インターネット掲示板への期待と現実
当時、掲示板の管理者たちには「荒れ」という共通の悩みがありました。誹謗中傷、からかい、差別行為など、見過ごすことができない内容が多くなっていることに心を痛めていました。
多くの掲示板では、「差別行為は削除します」ということを表明していましたが、それでも差別行為を仕掛けられることが多くありました。「立場、意見の違いを尊重する、お互いの意見主張から生まれる新しい関係」という掲示板への期待が失われ、部落差別の場となっていることには耐えられませんでした。
自治体が「行政と住民の対話の場」として開設した掲示板のほとんどが、誹謗中傷の場となり、本来の目的を果たすことなく閉鎖を余儀なくされたことと同様に、私たちの掲示板も維持が困難な状況となってきました。そうした中にあっても、インターネットが部落解放に役立ったことを実感する出来事を報告します。
ホームページ「わたしたち発メッセージ」 掲示板「太陽の村」
私のホームページに併設された掲示板「太陽の村」では、いつ頃からか結婚差別での相談(被差別当事者ではない女性たちからの相談が多い)が多くなりました。相談者と読者(「村の住人」と呼んでいました)が、それぞれの体験や気持ちを語り合うことにはじまり、いつしか励ましや具体的なアドバイス・作戦会議の場となりました。「実は・・今、私も悩んでいます」と、いくつかの相談が同時に進行することもありました。もちろんインターネットでの相談には限界があるとは考えていました。家族が部落を理由に突然の反対。愛していた家族の言葉が信じられない。「どちらを取るんだ」と迫る家族の言葉。誰にも相談出来ない。ひとりぼっちで気持ちがボロボロになって太陽の村に来る。匿名が守られるからこその相談でもあります。反対されても大切な家族。悪く言うことも、言われることも辛い。辛くなって掲示板から去れば、おそらく戻ることはない。だから私がはじめに相談者を迎える言葉は「いらしゃい。ゆっくりしていってください。いずれ村の住人たちがごあいさつに出てきますが、まずは私からのごあいさつです」となります。「村の住人たち」は、それからの登場です。ある意味では見事な呼吸でした。
ネットでの結婚差別の相談は、本人を励ますことしか出来ません。だから「困ったら、いつでも飛んでいくよ」と、「これは、どちらかを選ぶという二者択一ではないんだよ」とだけ伝えます。後は取るに足らない会話。形はどうであれ相談者たち多くが、人を排除しない生き方を選択してくれます。相談者たちが送ってくれる、毎年の年賀状がうれしいです。
「2チャンネル」などの電子掲示板サイト ブログの流行
これより少し後の時期、インターネットでのさまざまな問題が指摘されはじめた頃、2チャンネルに代表されるような電子掲示板サイト(電子掲示板の集合体)での部落差別が多くなりました。2チャンネルでは、カテゴリー、ジャンル、板などの枠の中で、発言者が自由に(野放し)発言します。「人権問題、部落問題」などの「板」では、日常的に「○○県の被差別部落は何処?」「□□は部落だってよ」などの会話が飛び交います。在日コリアン問題、障がい者なども、あからさまに差別され、発言者同士がその話題で意気投合して掲示板がにぎわう、それこそ見るに耐えない内容が並びました。
さらに今、簡単にブログが作れるようになり、誰にも邪魔されずに自分のブログで部落差別をするなどの行為が増えてきていることを実感します。
「鳥取県の同和地区(被差別部落)」という部落差別を意図した地図
鳥取ループによる「鳥取県の同和地図(被差別部落)」という地図は、2年間以上も削除されずに公開され続けています。まさに放置されている無念さがあります。私にとって、この地図は、「差別を受ける可能性として存在する」のではなく、実際に「今、この地図によって差別を受けている現実と苦しみ」があります。そして、これまでに築いてきた部落問題解決への私たちの努力と成果が、根底からくつがえされようとしている悔しさがあります。
はじめてこの地図と出合った時、身体が震えました。言葉を失い、強い怒りが、言いようのない絶望感がありました。正面から向き合うには時間がかかりました。とにかく、この出来事を知らせようと考えました。この事実に対して解放運動として闘ってほしいと考え、報告書を作り、部落解放同盟鳥取県連と中央本部に伝えました。
私の視点 グーグル社への削除要請
私は、あらん限りの知恵をしぼって、この問題と向き合ってきました。部落解放同盟への報告に続けて、12月には鳥取地方法務局に向けての文書「部落差別を助長するなど、重大な人権侵害につながるホームページについて(行政指導など、取りうる対応をしていただくことのお願い)」によるお願い、そして2011年5月に、グーグル社に向けての削除要請文書「人権侵害となるGoogleマイマップの削除について(要請)」を出しました。グーグルマップ利用規約に抵触する理由と部落問題解決の社会的意義を書き、何とか理解してほしい思いを込めました。かつての私の経験が気持ちを押してくれました。2006年12月、インターネットを利用した公立図書館の図書検索のキーワード(一般件名)について、多くのハンセン病関連図書が「ハンセン病」ではなく、「籟(らい、ライ)病」で登録されていること、それが全国的な傾向であることを発見し、都道府県立図書館とデータの供給元である電子データ販売会社に是正を要請し、一定の問題解決に至った経験がありました。今回も、私にも出来ることがあるはずと考えました。
残念ながら、これに対するグーグル社からの返答も、文書受け取りの連絡すらもありません。
インターネットの中の人権侵害・部落差別を防ぐために
今、あらためて、私たちの人権が法律で守られていないことに気づかされます。
インターネット関連のプロバイダ責任制限法においては、人権侵害の防止、救済についての判断は回避されています。差別をされても、泣き寝入りの状態です。
差別行為は犯罪であり、これを禁止する法律、人権侵害を防止・救済する法律の整備が進められるべきです。
さらに行政が取り組むべき課題もいくつかあります
行政情報が悪用されないためのインターネット上での情報公開への配慮、インターネットの時代の人権施策を策定するためのモニタリングの実施、住民からの通報窓口設置や対応ガイドラインの設定、教育・啓発の推進など、たくさんの課題があります。自治体が連携して対処すべきだと考えています。そのための協議の場を設定することを提案します。
インターネットの中の人権侵害や部落差別 現実を伝えることからの出発
私が漠然と抱いていた期待は、ある意味では現実のものとなりました。少なくとも、誰でもが、双方向での情報交換は実現し、いくつかの機関や個人としての取り組みが実践されてきました。しかし、部落問題解決への建設的な論議が成立しずらい状況があります。現状では、当初の期待を持ちながらも、それよりも圧倒的に多くの時間を費やして、インターネットでの部落差別をなくすための活動と向き合わざるを得ないというジレンマを抱えています。
グーグル検索で「鳥取県 同和問題」というキーワードで検索をすると、37,400件ものヒット結果が表示されます。その中にある、部落差別を煽るような多くの情報まさしく「表現の自由」、「差別をすることの表現の自由」の現実がここにあります。



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