2005/8/8
スペインの首都マドリードで起きた列車同時爆破テロは、当初は、スペインからの分離独立を求めテロ活動などを行うバスクの過激な組織「バスク祖国と自由」(ETA)の仕業だと考えられていたが、次第にアルカイダによる犯行だという可能性もスペイン当局は視野に入れているようである。
木曜日、車中でラジオを聞いていたら、バスク民族のことが話題に上っていた。が、例によって仕事中ということもあり、断片的にしか聞けていない。
そこで、今、話題になっているバスク(人や民族)のことについて、ネットの上で分かることをざっとではあるが、書き連ねてみたい。付焼刃の知識なので、訂正や補足情報があれば、ご指摘など願いたい。
「バスク人」をキーワードにして検索すると、まず、下記のサイトをヒットした:
そこには、「スペイン東北部とフランスにまたがるピレネー山麓のバスク地方に住む民族。「バスク (Basque) 」はフランス語の呼称で、スペイン語では「バスコ (Vasco) 」、バスコ語では「エウスカディ (Euskadi) 」。」とある。
また、「強固な民族的団結を保ち、歴史のあらゆる局面で独立を守る。」とも。
人口は、「スペイン側約60万、フランス側数万 (1997年頃)」で、60から70万人と見積もられている。
バスク人の有名な人というと、フランシスコ・ザビエル、イエズス会の創始者イグナチオ・デ・ロヨラ、ビルバオで生まれた思想家・小説家・詩人のミゲル・デ・ウナムノらが居る。
民族の系統について、上掲のサイトには、「カフカス諸族、古代エトルリア人、古代イベリア人などと関係があるとも言われるが、不明」と書かれている。実際、バスク人はインド・ヨーロッパ語族の侵入以前から欧州大陸に住み、現在まで残った唯一の民族といわれることもあるとか。
「インド・ヨーロッパ語族の侵入以前から欧州大陸に住み」とあるように、彼らの使う言語は、インド・ヨーロッパ語系ではなく、系統不明だという。但し、昨日のラジオでは、ウラル・アルタイ語族系だという話だった。つまり、だとしたら、日本語とも親戚関係にあるわけである。
また、昨日の話では、バスク人は、モンゴル帝国がヨーロッパに侵入し、やがて引いていったのだが、その一部が取り残され、追い詰められて、ピレネー山麓のバスク地方に住み着くようになったという説もあるとのことだった。
だからこそのウラル・アルタイ語族系言語の使用なのだ、ということなのかもしれない。
ピカソの作品「ゲルニカ」のタイトルともなっているゲルニカは、バスクにある小さな町。あの悲劇の爆撃の地なのである:
バスクの観光などは下記サイトを参照のこと:
この中でも触れられているが、バスク人を特徴づけるものはボイナ(ベレー帽)。
そう、ベレー帽はバスク人の文化の生み出したものなのである。彼らは、(昨日のラジオでの話によると)、ベレー帽をかぶるとは言わないで、乗せる、というらしい。
このサイトにもあるように、「バスク料理を語る時、タラ(bacalao)とウナギ(angulas)がまず頭に浮か」ぶという。つまり、彼らは海洋民族なのである。
その彼らは、大航海時代に「海洋民族として新大陸の植民化に活躍」したわけ
である。
その一人が、ロヨラと共にイエズス会を創始した、われわれ日本人にも馴染みのある、フランシスコ・ザビエルなのだ:
このイエズス会については、例によって、松岡正剛氏の千夜千冊において、フィリップ・レクリヴァン著の『イエズス会』(垂水洋子訳、1996・創元社「知の再発見」双書53)を扱う形であれこれと知ることができる:
言うまでもなく、上智大学というのは、設立母体がイエズス会である:
さて、松岡氏が紹介しているように、イエズス会が創始された時に立てた誓願は、会のみならず世界に大きな影響を与えるに至っている。
その誓願とは、「第1の誓願は貞潔、第2は清貧、そして第3の誓願が、会員たちは勉学を終えればすぐにエルサレムの巡礼に出発するか、教皇の命ずるままに世界のどんな僻地にも旅立たなければならないというもの」であり、これこそがミッションなのだ。
日本にとっては、ザビエルの存在が大きいのだが、イエズス会は、日本に至る前に既に、「コンゴ宣教、モロッコ宣教、ブラジル宣教」と行い、更に、「エチオピア宣教、モザンビーク宣教、エジプト宣教、フロリダ宣教、ペルー宣教、メキシコ宣教、フィリピン宣教、ベンガル宣教」と続けていった。この犠牲を顧みない凄まじいとしか言いようのない情熱の源泉は何処にあるのだろうか。
そして、その創始者がフランシスコ・ザビエルやイグナチオ・デ・ロヨラなどのバスク人であることの意味。もっと探求されてしかるべきなのではないか。
ローマ帝国の支配下にあっても、西ゴート族のスペイン侵入にあっても、フランク王国のカール大帝によるピレネー地方征服にあっても、9世紀のイスラム勢力の侵入にあっても、スペインやフランスによる併合にあっても、フランコ体制によりバスク語の使用禁止の憂き目にあっても、自治乃至独立を保ったバスク。
イエズス会の誓願の背景にはとてつもなく巨大な闇の大河が流れている。
バスク人を巡る旅は、単なる観光に終わるものではなく、興味が尽きない。
(04/03/14)
[ 今、ジャン=クリストフ・リュファン著の「ブラジルの赤」(野口雄司訳、早川書房)を読んでいる。話は、「時は16世紀中庸。新大陸がコロンブスによって”発見”されてしばらく後の、スペイン、ポルトガル、フランスといったヨーロッパにある各国がこぞって海外に勢力の拡大を行い始めた時代、フランスから3隻の船が南米大陸はブラジルへと向かって出航した。歴戦の勇者で騎士のヴィルガニョンに率いられた船団には、フランスの版図にブラジルを組み入れるべく集められた騎士、聖職者、職人といった人材が乗り込んでおり、そんな中に、子供が異国の言葉でも短期間で覚えるから、とい理由で通訳として駆り集められた子供たちがいた」ことから始まる。
サンバに関心を持っていることもあり、ブラジルそのものがテーマではないとしても、ブラジルに絡む本を読みたいということで、本書を読んでいる。
ゴンクール賞を受賞したという本書の存在は、図書館で<発見>するまで全く未知の書だった。
今、「フランスから3隻の船が南米大陸はブラジルへと向かって出航した」が、長い航海に辟易しつつも、ついに大陸らしき地に辿りついた箇所を読んでいる。
話はいよいよ佳境に向かっている。 (05/08/08 追記)]

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投稿者:通りすがりの者です
読ませていただきました。
とても興味深いです。
ありがとうございます。
文中の
「そして、その創始者が(略)ロヨラなどのクルド人であることの意味」の文中のクルド人は バスク人 の入力ミスでは…。