2004/12/12
色々な反応があったけれど、傾聴すべき意見の一つとして、是非、紹介しておきたいものがある:
「燕が軒下に巣を作るのは、それだけ燕が多いということ、燕が人間に危害を加えられないことに安心していること、当然、餌になる昆虫類が豊富に居て、親鳥が雛に餌を与える姿は人間の子供への教育にもなります。親はどんな苦労をして子供を育てているか、暗に諭しているわけです。
おツバメさんを大事にせなあかんよ、生き物を大事にするのは稲の害虫をとってくれる燕、他の虫も捕食するが、米にとっては益鳥であることを教え、八十八の手の掛かる米作りを手助けする愛い奴として頭を撫でているわけです。
稲につく害虫、それを食べる燕、米を食べる人間、米を売ってその代金で生活物資を買うお百姓、いろいろな自然のかかわり、社会のものの交換、命の循環まで教えてくれますね。山や野や川、田圃、畑みんな繋がっています。だから命に害を及ぼす化学農薬はできるだけ少なくしなければならないですね。農法も生態系を考え工夫する必要があるでしょう。
ご飯を戴く時、「いただきます」と手を合わせるのも「自分の命を養うためにトマトやキュウリ、お米、鰯などの命に感謝してあなた方の命を決して無駄にはいたしません。生きとし生きているものに私に出来ることで尽くしていきます」と誓っているのだと思いたい。そんなことを思いました。」
あるいは、家に孫達がやってきて賑やかだった、親や祖父母の憂慮の念を他所に、孫達は好き嫌いを我が侭放題に言って大変だという、孫子を持つ方の率直な気持ちの吐露もあった。
また、一部の田舎では、それこそ「沈黙の春」の状態にあって、赤トンボも何も見なくなってしまった、それも企業や消費者の我が侭がなさしめる人間の勝手(農薬の散布や自然の破壊)の結果なのだ、もっと数十年先の将来を睨んだ農業の在り方を考えるべきだし、先のことを考えて行動すべきだという意見もあった。
次は、小生の自身の掲示板への書き込みである(但し、携帯電話での書き込みなので、ちょっと窮屈な文章):
「皆さん、こんにちは!ツバメの巣からあれこれ思いが広まりますね。特にツバメが舞いスズメの飛び回る田舎の風景の豊かさを知る人、まして子育てを経験されている方は一層その思いを痛感されるのでしょうね。ちょっとだけ疑問なのはツバメとスズメへの人の思い入れの差。役割ではほとんど同じに見える両者への評価の違いは何に由来しているのでしょう。」
下記サイトを見てもらいたい:
「1.もっとも身近な鳥たち」
その中に、「スズメ スズメ目ハタオリドリ科」という項と、「ツバメ スズメ目ツバメ科」という項がある。以前、紹介したことがあるが、ツバメとスズメは、どちらもスズメ目の鳥なのである。
スズメについての説明の一部を引用すると、「スズメはもっとも身近な鳥で、数としてももっとも繁栄した鳥です。スズメはお米を食べる悪い鳥という感覚があるかもしれませんが、実は虫や害虫も食べ、むしろ益鳥と言えるかもしれません。」とある。
一方、ツバメについては、「大きな口を空いて飛び、飛び込む蚊などの小虫を餌にします。田の害虫を捕ってくれるというので、昔から人によって庇護されて来たのは言うまでもありません」とあった後、「雨風をしのぐ軒下を人が提供し、ツバメは害虫を駆除する。自然界の中で生物同士の共生をテレビなどで放映しますが、人とツバメの関係もこの共生関係に他なりません。しかし、実は他の鳥達にしても人との共生関係にあるということを考えてみる必要があるのだと思います。」と続いている。
ところで、以前、こんな記事がちょっとした話題になったことがある:
「子スズメが子ツバメ育てる 餌運び、無事巣立ち」
大阪府茨木市泉原の民間の移動動物園「ふれあいの里 動物村」での話のようである。
「スズメは今年5月、ツバメは6月中旬に巣から落ちたところを保護された。同じかごに入れられた2羽は当初、つつき合うなど“反発”もしたが、6月下旬からスズメがツバメに餌を運ぶようになった。」
さらに、「スズメはコメやパンくず、虫などを小さくしたり、軟らかくしたりしてツバメに与えていた。ツバメは本来、虫しか食べないとされるが、スズメが運んだものは何でも食べていた。夜は2羽並んで眠っていた。7月上旬にツバメが巣立ちして、残されたスズメはかごの中で少し寂しそうにしている。」と続く(引用を長めにしたのは、配信された記事なので、消滅する怖れを感じたからである。子「ツバメ(左)に餌を与える子スズメ」と説明された愛らしい写真も掲載されている)。
我々が思っているほど、ツバメとスズメは互いを遠い存在とは感じていないということなのだろうか。
しかし、我々のイメージでは、ツバメは益鳥であり、スズメは害のある鳥となっている。
さて、ツバメの巣を見たことのある方は少なからず居ると思うが、では、スズメの巣(スズメのお宿?)を見たことのある方は、ツバメの巣ほどにはいないのではなかろうか。
早速、ネットで「スズメの巣」を検索。すると、下記サイトをヒットした:
「どこにあるスズメの宿 #574 (2001/03/25)」
おお、小生の大好きなテレビ番組、「ところさんの、目がテン」ではないか。
上記したように、スズメは、「スズメ目ハタオリドリ科」なのだが、そのハタオリドリというのは、「アフリカ原産の鳥」であり、「その名の通り、機で織ったような細やかな巣を作るの」だとか。
結論部分だけを引用すると、「スズメは、3月になるとつがいになり、4月頃に巣を作ります。スズメは、人家の穴の中や、時にはベランダに干したパンツの中など、とにかく穴の中に巣を作るのです。そして5月に産卵、2週間後にヒナがかえると、ヒナが巣立つ6月まで、その巣でスズメ夫婦は育児に専念するのです。そして夏までにもう一度子供を作り、9月から3月までの秋から冬にかけては巣を持たずに群れをなし皆で寄り添って木の上で過ごします。つまり、スズメのお宿とは子育て専用の巣だったのです」だとか。
もしかしたら、小生も、それとは知らずにスズメのお宿を目にしていたのかもしれない。
上掲のサイトで分かったのは、スズメが歌好きだということ、目がとてもいいということ、人間(に対してだけじゃないかもしれないが)に対する警戒心が非常に強いということだった。
最後の人間への警戒心が強いというのは、天性のものなのだろうか。それとも、人間(少なくとも日本人)が米作りをするに際し、スズメに米を啄ばまれることのないよう、千年以上の昔からスズメを追い払ってきた、その結果なのだろうか。
スズメが人間の目から見ても、害虫をも食べる益鳥の面があることは、観察眼のある農家の方なら気付いていただろうに、なぜ、ツバメのようには好かれなかったのだろうか。
姿形の差?
燕尾服、それとも黒服を着ているスマートで洗練されたイメージのあるツバメ、うらぶれた中年サラリーマンのような、よれよれの茶色っぽい上着を着ているスズメ。ツバメに比べスズメは米をも啄ばみ、体も小さくて、チョロチョロと目障りだということなのだろうか。
さて、話は、「燕雀いずくんぞ 鴻鵠の志を知らんや」という高邁な喩えから始めていた。
なるほど、燕雀は鴻鵠の志など、知らないのかもしれない。日々の糧を得ることに汲々としているのかもしれない。でも、鴻鵠だって燕雀の思いを知らないのではなかろうか。
壺中天の喩えではないが、どんな小さな世界も、その世界に分け入ってみると、その井の中には、大海に勝るとも劣らぬ深く広い世界があるのだと、思えてならない。
上で紹介したスズメの子とツバメの子の関わりのエピソードを思うと、尚更である。
恐らくは、人間の目の及ばないところで、想像を絶する動植物たちの物語が展開されているのではないか、そんな気が改めてしてならない。
(04/08/01)

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