[何故か、サンバレポート(やタクシー・オートバイ、そして富山)のブログである、「
無精庵越中節」のマイページが昨日から開かない。よって編集作業などもできないでいる。また、以前はサンバエッセイなどを載せていた季語随筆ブログ「
無精庵徒然草」は、容量を既に6割方、使い切っている。なので、今回は異例だが、「駄文・駄洒落・語源探索の殿堂!を目指すサイト?!」である、本サイト「無精庵風土記」にレポートを載せることにする。]
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アブリアーラ/マハラジャ(Abre ala)[コンセプト]インドの王様と侍女たち。
昨日、土曜日は浅草でサンバカーニバルがあった。正式名称は、「
第25回あさくさサンバカーニバル」である。
例年、前夜祭があって、今年は「踊って・見ようよ☆サンバ」ということで催されたようだが、参加や見物をしたことがない。小生は、ただの怠慢で観に行かないのだが、サンバカーニバル出場者となると、カーニバルの準備などで到底、前夜祭どころではないようだ。
さて、小生は、「
馬橋パレード(15…もうすぐ浅草)」でも書いたように、「ちなみに、小生は一昨年、浅草サンバカーニバルへ追っ駆けしている方たちの勇姿を見よう、画像に収めようと、勇んで見物に行ったが、とんでもなかった。普通の商店街でのパレードとは雲泥の際の規模、観客の数! まるで写真が撮れず、ダンサーの姿も拝めず、意気消沈して帰ったのだった。で、翌年、つまり昨年はアレゴリア(山車)を押すスタッフに。どうせ見えないのなら、雰囲気だけでも味わおうということだった。さて、今年は?!」ということで、今年もアレゴリア(山車)を押すスタッフとして参加。

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アレゴリア(Alegoria)カレーをほおばる少年。幸福の時。
勝手に応援し追っ駆けしている我がチーム・リベルダージ(
G.R.E.S.LIBERDADE)の浅草での晴れ舞台なのだから、このイベントこそ観たいし、写真に収めたいけれど、断念。ひたすら雰囲気を味わうのみだった。
ただ、雰囲気に過ぎないとはいえ、我がチームと同じコース上に居るわけで、気分はギャラリーとはまるで違う。興奮度が上がる。山車を押す小生などを観客が観ているはずもないけれど、でも、観客の視線の端っこには引っ掛かってしまっているはず。
なんだか、ごめんなさいである。
肝心の小生が携わった作業というのは、上記したようにアレゴリア(山車)押し作業。ただ、昨年はスタッフ用のグレイのTシャツを支給され、着用しての参加だったが、今年は、チーム始まって以来、初めてのことらしいが、山車押しスタッフにも、衣裳が支給された。
無論、実際に踊ったり演奏したりされる方たちほどに手の込んだものではないが、小生が被った帽子やネッカチーフなど、手作り。ちなみに、小生が押した山車は船(大航海時代の帆船。イギリス海軍をイメージしているらしい)で、衣裳もその乗組員(船乗り)を髣髴(?)とさせるもの。
衣裳の上の部分はチームで用意してくれるとして、ズボンは白かベージュ(あるいは短パン)、靴はできればデッキシューズを、とのことだった。
ズボンはあるとして、デッキシューズなど所有していないので(その前にデッキシューズって何?)、木曜日、靴屋さんへ。「デッキシューズ、ありますか」と聞いて、出されたシューズを見て、なんだ、これって昔、ズックって呼んでいた奴じゃない!
下ろしたてのズック、もとい、デッキシューズを履くって、中学生以来じゃなかろうか。なんだか、新鮮な気分!
山車は全部で3種類あって、一つはマハラジャアプリアーラ、次が「船とイギリス人」(実際に船の上に船長の格好をしたイギリス人が乗り演技をする)、次が本格的なもので、また、評判もかなり良かった「カレー坊やのアレゴリア」(ここには美女が数人ほど乗って沿道の観客にアピールする)。
小生は、昨年、山車押しを経験したことがあるということで、今年は山車押し4人のチームのリーダーに。
大切なのは、数々のアーラ(マハラジャ、インドの美女軍団、スパイスを積むアーラ、牛のアーラなどなど)があり、一つのチームがまさに長蛇の列を成すわけで、その列が間延びしないよう、前後の間隔を適度に保つのが注意点。
時々、山車の前に立ち、山車を先導したりした。
我が勇姿を見せられなくて、残念である?!


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山車/船とイギリス人 [コンセプト]イギリス海軍もカレーをとても好んで食べていた。これによって日本にカレーがもたらされることになる。(パレード前半のPA車を兼任)
小生は、アレゴリア(山車)スタッフということで、時間的に余裕もあったので、ミーティングの場所に向かう前にアレゴリアのスタンバイ地域に向かった。
台風11号などの影響があって、かなり準備に苦労があったと仄聞する。
その半年にわたる準備の苦労ぶりをレポートして書けば、かなりのドラマになりそうだが、小生はその立場にないので、とにかく苦労していたようだと書くに留める。
その苦労や努力を重ねた日々を実体験した人たちだけが、やりきったという実感をも持つのだろう。
とはいえ、カーニバルのイベントは終わっても、カーニバルに絡む作業が全て終わったわけじゃない。多分、今日も数々のアレゴリアの居並ぶエリアで撤収作業が行われる(行われている)筈である。
さて、浅草サンバカーニバルでの我がチームの成績は? 速報によると、表題にある如く、3位。優勝は逃したものの、昨年の5位の雪辱は果たしたというところか(未明の4時頃、リベルダージの
ホームページを見たら、表紙に既に「2005年度浅草サンバカーニバル リベルダージは3位に入賞しました!!! 応援してくださった皆様、ありがとうございました!!」と表記してあった。早い!)。
でも、残念。
実は、このレポートを書く前に仮眠を取ったのだが、カーニバルに関連した夢を見たらしく、目覚めた瞬間、2位! という啓示(託宣?!)があったのである。
優勝は「
エスコーラ・ジ・サンバ・バルバロス」(仲見世G.R.E.S.バルバロス)で、このチームは、アレゴリア賞・モバイル賞(モバイル=携帯電話などによる優勝予想)も獲得していた。
準優勝は、「
ウニアン・ドス・アマドーレス」(UNIAO DOS AMADORES)で、アレゴリア賞も準優勝を獲得した。
我がチームは、アレゴリア賞も3位だった。
せっかく浅草サンバカーニバルの現場に居たのだから、撮影はともかく、また我がチームはさすがに無理としても、他のチームの様子を見れた…?!

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カレーをほおばる少年のアレゴリアと、インドの美女。やっと一枚だけ、最後にダンサーの姿を画像に。
さにあらず、金曜日からの台風一過の炎天下だったので(昨年は午前中は小雨、午後は小雨が時折パラついたものの、概ね曇天)、本番に備え体力の温存を図っていた。時間的余裕があった時は、3つの山車を一望できる場所(浅草寺の境内裏の石段)に陣取って、スタッフ等が控え室に向かい出演の準備に勤しむため、閑散となった山車のエリアを見守っていた。
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アレゴリアなど我がチームの山車を遠望。右隣りに優勝したバルバロスの山車がチラッと。
パレードが終わったあとは、コースの脇に山車を止め、ダンサー陣やコースでの采配や手助けをするスタッフが演技を終了しコースを去って控え室に戻るのを見守っていた。
演技を終えたメンバーらの表情がすばらしかった。やりきったという表情、力を出し切ったという満足感と感激で、どの顔も晴れやかだったのだ。結果の3位も凄いが、充実感では優勝という気分だったのでは。
ところで、昨年と打って変わって、作業終了後、スタッフ全員にも飲み物が支給された。
それより助かったのは、昨年は、演技終了後の役目を終えた山車は、すぐにコースを去るようにと警備陣(あるいは係員)に指示されたのはいいが、どのようなコースで山車のスタンバイ(作業)エリアに戻ったらいいんか、全くなかったのが、今年はちゃんと要所で指示してくれたこと。
もっとも、マハラジャと船の山車は一緒にエリアに戻ったのだったが。
カレー坊やのアレゴリアは、巨大で、戻るのも一苦労だったようだ。コースの終了時点で、急遽、解体してエリアに戻るという考えもあったほど、本格的なものだったのだ。
[画像と背景の文章とは直接、結びつきません。文章の内容に関連する箇所に画像を挿入したかったのですが、なかなか難しい…。画像は、若干の例外を除き、原則として撮影時間順です。]

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