2017/1/18

希望  

●小学校時代・・・

一クラス男女合わせ30人の6組で、一学年180人。

6学年あったので、全校生徒が約1080人。

今では考えられない生徒数だった。。。



●六年生の頃だった・・・

私を含め6人組の仲間がいた。

小学校六年ながら、人一倍ませてた仲間達だった。

ある時仲間6人で、好きな子の名前を言う。

そんな馬鹿げた話しになった。

勿論、皆好きな女子の名前を口にした。

結果、一番人気があったのは、学級委員で頭が良く明るい子。

6人中に二人が学級委員を選んび。

残り四人はバラバラだった。

その後、これを知った為。。。



●家庭科だった・・・

5年生から6年生はクラス変えが無く、そのまま進級だった。

そんな事だったので、6年の進級時、家庭科の班の仲間を入れ替える事に。

そんな時だった。

その教師が信じられない発想を爆発させた。


班を変える際、クラス30人の中から6人の班長を決める。

ここまでは有りだが。

ここからだった。。。



●学級委員の行動は・・・

選ぶルールがあった。

班長6人は、順番ずつ一人を氏名する。

二週目は、続けて同性を氏名してはいけない。


これが人生最悪な事件となるとは。

仲間から好意を持たれていた学級委員が班長に。

この時、学級委員に好意を持つ二人を選んでくれたら良かったが。。。




●好意は外れ・・・

先ず学級委員は仲が良い女子を選ぶ。

そして2週目は、クラスで一番大人しくて頭が良い男子。

そして3週目も、勿論仲が良い女子。

これで4人が決まった。

そして5人目は。。。




●何故だ・・・

『何でだよ〜‼』

私が選ばれてしまった。

友達が学級委員を好きだと言うのに。


これで仲間から、毎日冷やかされる事になった。

これから俺は、仲間から少し孤立する様になった。

しかしそれも時間が忘れさせ、元の仲間6人に。


静かになったそんな時、家庭科の班にいる女子が転校する事に。

すると転校する女子のお別れ会を開く事になった。

当然断るが、うるさい女子に負け結局参加する事になった。。。




●バレた・・・

普段と代わり無く学校に登校した。

しかし!

学校に到着し下駄箱から上履きに手を掛けた。

その瞬間、驚きに手を下げた。

落ち着いて上履きを手にすると、冷たい靴の中に水風船が割れていた。

しかしその後も気にせず、誰かのイタズラと解釈し裸足で廊下を歩く。

クラスメイトの友人に声を掛けたが。

完全に無視をされ。

この瞬間ヤバいと確信する。

教室に入ると、思った通り自分の机は倒れ、中身は床に散らばり落ちている。

隣のクラスメイトにも、声を掛けるが、やはり無視をされ。

マジか!

私は黙って倒れた机を戻し、黙って授業を受けた。

その日は一日中、沈黙する他なかった。。。



●翌朝も・・・

やはり水風船と机は変わらず続いた。

誰とも話せないまま、一日が終わるだけだった。

それでも私は耐え続け、絶対に泣くものかと気を張った。


そして、いつしか習字の授業がきた。

習字の授業は月いち。

各自、習字箱を持参し。

久しぶりに習字箱を開けると同時に、鼻につく嫌な匂いが。

道具はカビで使い物にならなかった。

箱の中には、割れた水風船が。


私は数日イタズラに耐えたが、これには。

床にある道具を見下ろしながら、愕然と涙した。

それは唯一、授業の中で好きだった習字。

幼少期から習字を習っていた為だった。


絶望する私を見た女子が、担任教師に相談してくれ。

授業を潰して、話し合いの場を設けてくれ。

その後、二度と水風船が割れる様な事はなくなった。



今ではイジメで死を選ぶ子が絶えないと言う。

そんな話しを耳にする度、残念でならなく心が傷みます。


周りの人が気づいてあげられたら、助かったのか?

時間が解決する事で、助からなかったのか?

これからの希望を捨て、死を選ぶしかなかったのか?


どうかイジメを許してはいけない。

そして周りの人も見捨ててはいけない。

平和な日本なんだから。。。
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2017/1/17

父親  

●家族の話し・・・

私は子供の頃から勉強が出来ず。

かと言ってスポーツ万能でもなく。

だから人に言える自慢話は何もなかった。


しかし、そんな私でも自慢していた事があった。

小学校一年生の頃だった。

馬鹿ほど友達が多いのか?


『僕のお父さんは、スゲーんだぞ!』

『喉に刺さったトゲを、口に手入れて取っちゃうんだぞ!』

友達の歓声は、皆スゲー!だった。

あれは私に歓声を上げてくれる様で、最高に嬉しかった。

今はもう父は、忘れてしまったのだろうか。。。



●釣り堀に行く・・・

小学校4年の時だった。

学校では、釣り堀が話題になっていた。

学校から自転車で15分位の位置に、大きな鯉が釣れる釣り堀があった。

平日学校から帰り、ランドセルを自宅に置いた後、友達6、7人で行くのが楽しみにだった。



そんな時、父が俺も行くと言うので、父と弟、私3人で釣り堀へ。

その頃は、まだ父には自分からは話しずらかった。

勿論私だけでなく、妹も弟も。

昔の父親は、何処の家庭も、そうだったと思う。

そんな父に、釣中に缶ジュースを買ってと恐る恐る頼んだ。

恐る恐るは大袈裟だったが、仕方がなかった。



それは、釣り堀に来る際だった。

車を運転する父に私が隣、弟が後ろに座っていた。

住宅街を抜けると、田んぼ道に入り釣り堀が。


すると道沿いに並ぶ家いえの間から、サッカーボールが私達の前に転がって来る!

父は急ブレーキを踏むと同時に、子供が飛んできた。

冷やっとしながらも硬直した先には。


『おぃ!僕、急に飛び出したら駄目だろ!』

『車に轢かれたらどうするんだ!』

『ゴッツ!』


父は他人の子供にも、ゲンコツするのか?

かなりの衝撃な事件だった。


仕方ないあの頃はまだ、私には理解出来なかった。

しかし今、父と同じ立場だったら、きっと同じ事をするだろう。


最近、父と病気の件で話します。

こんな情けない話しでなく、と!

そんな思いで。。。

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2017/1/16

車検  

●2年に一度の・・・

今日は車検日です。

私の車は一時期、問題があった鉛筆マークの車です。

だけど気に入ってる車です。

もう既に距離数が、11万キロ突破してますが。

一度も故障せず、雨や雪の中でも築地や海まで走って来ました。

そんな愛車の車検です。。。




●車検場は・・・

私はディーラーには出さず、近く民間車検場に出します。

西新小岩のホリデーオート車検です。

何しろ予約日に車を出して、待合室で一時間程、待っていればOK!

悪い箇所は、整備士の方と直接見ながら説明して頂けるので安心です。

修理箇所が無ければ、本当に安いです。

しかも整備士の方たちが、本当に好い人ばかりです。


今日は、大変お世話になりました。

整備士さんの仕事意外に、助けて頂き本当に助かりました。

お陰様で、無事に車検が済みました。


病気になって、人に助けて頂く事が多く。

本当に有難く、感謝するばかりです。

人の繋がりが、これ程大切だとは、身に染みるばかりです。

有難うございます。。。


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2017/1/15

徐々  


●徐々に・・・

数センチ単位ですが、徐々に両腕が上がる様になってきました。

術後の傷みも減り、自分で寝巻き程度なら着れるほど。

しかし相変わらず、両手が冷たく力が入らなく。

まだまだ寿司は握れそうにありません。

だからと言って、毎日調子が悪い訳でもなく、悪いのは左腕だけなので。

次の検査は、20日の金曜日に予定が決まっています。

首は、まだ回りませんが、良い結果があると良いです。。。
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2017/1/14

迷惑  

●昨夜は・・・

営業しましたが、結局2時間程で気分が悪くなり。

常連様のお陰で椅子の上で横に。

ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。


本日ですが6時にご予約がありますので、万全な体調に営業したいと思います。

では、どうぞご来店お待ちしております。


とは言いつつ、自身がありませんが。。。
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2017/1/13

復帰  

●今日から復帰・・・

まだ派手に動くと傷みはありますが、今日から包丁を握ります。

お通しの寿司は、まだ左腕が100%では無いのでお待ち下さい。

常連様からお通しの寿司を食べたい!なんて言われ。

これ程、店を続けて良かったと思う事はありません。

もうしばらくお待ち下さい。

なんと言っても、お通し寿司は、ひろ八の看板料理ですからね。



では本日の営業時間は、6時半頃から開けさせて頂きます。

どうぞご来店お待ちしております。。。


注意!

痩せたのは、当然ながら。

頭が更に薄くなった事は、気にしないで下さい。

ストレスで薄くなっただけですから。


それと、左腕がまだ調子が悪く、バリカンが上手く使えないので。

髪型が、おかしいと笑うのは、止めて下さい。

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2017/1/12

挨拶  

●仕込みに店へ・・・

30分程度なら立っていられるので、店に出勤。

とは行っても多少の傷みを耐えながら。

そんな訳で、今日の営業はママが開きます。

どうか常連様、ボトルキープのお客様、何度かお越しのお客様。

どうか短時間でも宜しければ、お越し下さい。

どうぞご来店お待ちしております。。。




●着替えが・・・

まだまだ両方の腕が上がらなく、一人では着替えが出来ず。

しかし、そんな悩みが、ひとつ解消させてくれるアイテムが!

はんてんだった。

はんてんは、袖が広く肩廻りも充分デカイ。

なので何とか一人でも着れる上着なんです。

しかし残念な事に、七分袖で腕から指先まで寒さが。

更に柄と色合いが、まるで江戸時代。

冬はジーンズにMA1スタイルなので、タイムスリップした様な。

まぁ〜仕方が無いので。。。




●カッコいいね〜・・・

仕込みの帰り道、歩道を歩いていると向こうから男が。

ジーンズにライダースの革ジャン、靴はブーツに決まっていた。

そして手にした缶ビールを歩きながら、旨そうに飲んでいた。

顔つきは分からなかった。

何せ暗い夜道に、真っ黒のサングラスだったから。

男が向かってくる。

きっと俺の予想では、あの缶ビールは、やっぱりバドなんだろう。

そうに決まっている。

ブーツにジーンズ、ライダースにグラサン。

そして手にするバドワイザー。



決まったぜっ!!



向かってくる!



俺に近づいて来る!



そして俺とすれ違う。



何故だ〜?



男が手にしていたビールは、バドワイザーでは無かった。


只の発泡酒だった!


男は、アメリカンでもなく。


USAでもなく。


ギブ ミー チョコレートでもなかった。



はんてん!

良いじゃないか!

なっ!。。。



追伸

営業時間ですが。

開店準備が遅れる為、当分の間は、19時頃から開店させて頂く場合がありますので。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。

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2017/1/11

残念  


●準備しましたが・・・

今朝は特に首の傷みが激しく、辛い目覚めでした。

店へ出勤する前に、強烈に効くと言うシップの様な、テープを肩に張り。

鎮痛剤と座薬で傷みを止めました。

しかし、結局店に出勤し用意をしてるうちに、傷みはじめ。

予約のお客様に、残念ながらお断りを。

結局ママだけの料理でもてなす事になりました。


病院からの術後の説明は、この様な説明でした。

仕事復帰について。

通常業務・・・手術後30日。

肉体的業務・・・手術後60日。

まだ術後20日でしたから、まだ最低10日は早かったと。


明日からの業務を考え直したいと思います。

どうぞ宜しくお願い申し上げます。。。

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2017/1/10

不安  


●久しぶりの築地・・・

真っ暗の日の出前。

築地へ夫婦二人で行く事になった。

何せ私の力では荷物が持てず。

何とか仕入れが終わり、ある程度の仕込みを。

しかし一時間程で首の傷みが始まった。

明日が不安でならない。

開業してから、これ程不安になった事は無いだろう。

これから先、どうなるのだろう。。。
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2017/1/9

再開  

●朝食を・・・

誰も居ない部屋で、ソファーに横になりながら朝食を取る。

食パン二枚にマーガリンをぬり、オーブン焼き。

焼き上がったパンは、マーガリンをぬった側は、しっとりとパンに染み込み。

少し長めに焼いたパンの裏側は、色良く焦げていた。

更にマーガリンが染み込んだ上に、更にピーナッツバターを。

これを2つに折って食べるのが、俺流!

あっ熱のコーンスープに、食後のヨーグルト。

最高な朝食に満足する。

何せ病院食が、まだ頭から離れず。。。



●外へ出る・・・

明るい色が目についた。

そうだった!

今日は成人式だった。


相変わらずママは、店の大掃除。

仕方がない、年末の急な入院だった為。

部屋に一人残された私は、着替えが難しく。

下のズボンは履けたものの、上着は脱ぐ事さえ自分では無理。

仕方が無いので、スゥエットの上に茶色の、はんてんを羽織った。

人に見られたくないので、帽子を深く被り下を向きながら歩く。

外へ出て気付いた、思いの外に暖かい事に。

軍手に似た、黒色の手袋は必要なかった。

歩いている間、汚いサンダルが目についた。

自分自身に絶望する。


術後から店に行ってなく、始めての長距離歩行をゆっくり歩く。

フッと顔を上げると!

綺麗な振り袖が、華やかに光っていた。。。



●そろそろ仕事に・・・

年末行った忘年会(私は入院中でママだけで行った)と同じく。

毎年新年会を、ひろ八で行って頂ける三人のお客様が、今年もと連絡があった。

勿論、断る訳にも行かず、その日から営業を初めたいと思います。

その日と言うのが、今週の11日の水曜から。

時間は、17時から22時頃までの予定です。

只、私自身は自身がありません。

術後2ヵ月は安静との事なので。

ですから、料理提供など遅れる恐れがあります。

どうぞご理解ご協力の程、宜しくお願い申し上げます。。。




●情けない話しですが・・・

皆さまもご存知の通り、営業が去年の9月頃から病気がちで。

店を開けたり閉めたりで収入がなく。

その上、一年に一度の繁忙期、12月に手術入院となりました。

そして今も自宅療法で支払いは続き。

もう働く他ありません。

ですので、どうか100%の力はありませんが。

一から始めるつもりで、店を再開させて頂きます。

どうぞ皆様のお力添えを頂けたらと、お願い申し上げます。

ご来店お待ちしております。。。



追伸 当分は長時間、立っている事が出来ないので。

座っての調理をさせて頂く場合がありますので、どうぞご理解下さい。

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2017/1/8

風呂  


●術後から・・・

風呂が入りたいものの、シャワーを浴びていた。

そして今日は、リハビリがてらに風呂掃除をやり。

癒しの風呂に浸かった。

気持ちが良い。

癒される。

生きてて良かったと、つくづく感じるひと時だった。



しかし、風呂桶から上がる際だった。

まだ治らない両腕に力が入らない。

ヤバい!と焦り始める。

焦りからか、無性に急ごうとする。

すると両腕は風呂桶のふちを構え固定し。

身体を上げようとするものの、身動きが利かず。

両腕は張り上がった瞬間、尻が前方に滑り初め。

背中が風呂桶の床に滑り。

その後は頭が!



ヤバい!

風呂場で溺れる。

まるで風呂場で遊ぶ、人間ブランコだった。

そんな癒しから、命懸けの湯ぶねになるとは、思いもよらず。。。

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2017/1/7

野鳥  


●そう言えば・・・

病院から退院した日のことだった。

我が家の近くにある椿の花が咲いていた。

そして数年咲いてなかった花が、今年は満開に。

更に驚いたのは、花の密を吸っているメジロが、私を迎え入れてくれた気がした事だった。

退院の嬉しさが倍になった。

都内にある、小さな自然があるって、本当に良いものだ。。。
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2017/1/6

検診  


●術後の初検診・・・

レントゲンと採血に問診だけだった。

朝7時からの受付機が作動し始め、診察券を通した順に9時からの検診となる。

勿論7時に向かい、診察券を通す。

と言っても私が通すのではなく、ママが通し私が後を追う。

なにせ私の歩行速度は、赤子のハイハイ並みなので。

その後、病院前のコンビニでパンを買い、病内に戻る。。。




●気温の差が・・・

外の気温と室内の気温が違い過ぎ、体がついて行けないのか。

駅から病院まで、徒歩4分と近いのだが、私にとっては三倍の距離に。

まだ数人しかいない、静かな待合室にうめき声。

目の視線の先には、青く乱れて映り、全身の力が抜ける。

自分で脱げないジャンパーを慌てて脱がすママ。

椅子から転げ落ちる寸前に、看護師が現れ、誰も居ない保健室の様なベッドで休める事に。

この時の血圧は80を切っていたらしい。。




●地下へ・・・

首のレントゲンを地下で行うのだが、歩いては危険となり、車椅子で移動。

しかしレントゲン室前まで来て、目の視界が青くなり全身の力が抜ける。

この症状は、手術前の仕事中に何度も経験し、常連さんに助けられた。

そんな訳で、再度ベッドに戻り、次はベッドで移動する惨事になった。

なんでこれ程、弱くなったのか情けない話だった。。。




●問診が始まり・・・

採血、レントゲンに異常はなく、あとは体の痛みが無くなるのを待つしかないと。

勿論、鎮痛剤とシップの様な強烈なテープを張り、リハビリを行いながら。

そして激ヤセの話しをした所、ガンの恐れもあるので、CTを撮りました。

勿論なにもありませんでした。

では、ひきつづきリハビリに。。。

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2017/1/5

手術  

●手術を行い・・・

あまり記憶がなく、覚えている事は手術前にベッドから立ち上がったら。

スコーン!


倒れた様な?。

室内から出て廊下で倒れた様な?

朝から大騒ぎになり、ベッドに寝かせられ、容器に吐いた覚えがある。

それからは記憶が飛んで、いつの間にか手術は終わり。

ベッドの上で寝返りの出来ない身体に、と言うか。

身体に力が入らない様だった。

何せ、首後ろからパイプ管、鼻に酸素管、指に酸素計、腕に点滴、男のシンボルに管と人間タコ足配線だったから。。。



●手術後・・・

余り記憶がないが。

私のお世話をしてくれる看護士の男性が、挨拶してくれた。

30代の男性は、感じ良く説明してくれた。

『大丈夫ですよ』何度も繰り返して、笑顔とガッチシした体格に私も安心した。

私が倒れても、軽く抱き上げるだろうと。

そして男の気持ちが分かるから安心だと。。。



●手術前から・・・

どうも1つ心配だった。

それは手術後に、御小水用の管を抜く事。

これが友人の経験談では、痛かったと話すものだから。

私も想像しただけで、全身鳥肌が。

男らしくないと言われるかも知れないが、男ゆえの話しな訳で。

そんな訳で、この事を彼に伝えると!

『流石に違和感が有るかも知れないけど、任せて下さい。』

そんな訳で、確か2日か3日目には、彼に外して貰った。

流石にベテランだけあって上手くいった。











ヌルヌル〜スポッ〜ン!。。。







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2017/1/4

成功  

●病名は・・・

私の病名は、頚椎椎弓形成術と言う名で。

首の頚椎が狭まり、神経に支障が伴い。

腕や足の動きに異常が見られることや、皮膚の感覚が鈍るや傷みある。

私の場合、歩きの速度が遅く、両方の腕が上がらない。

そして左腕の皮膚、肌にチクチクと傷みが続きました。

最終的には、首の激痛に横になる他ないと。

そんな人生初めての症状に苦しみ耐えながらの生活でした。。。



●手術を決断し・・・

人生初めての手術でしたが、戸惑いはありませんでした。

出来るだけ早く傷みから解放されたい一心でしたから。

そして、病院が何しろ日本一に手術の数が多く。

成功率が高いと聞き、更に病院を紹介して頂いた方は。

東京大学附属病院の先生でしたので。

そして手術を行い、成功と。。。


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