2010/4/22

場所の力  修士論文 資料

今日は、『場所の力』という本を読んだ。
(目次を見て、興味のある部分だけ・・・)

今までパブリックアートは、
何故か裸の女の人の銅像のイメージが強くて、
「石山の取り組みがパブリックアートの要素を含んでいる」とか
言われたら「えー(やだな)(ちゃうし)」って感じだったのが、覆された。

印象に残った部分を引用します↓↓

ルーシー・リパードは、「パブリック・アートとは、地域社会と環境を尊重しながら、その作品を一緒に作った観衆あるいはその作品の当初からの対象であった観衆を気にかけ、あるいは挑発し、あるいは巻き込み、そして彼らの意見を求めるあらゆる種類の、アクセス可能なアートである。それ以外のものは、いかに大きくても、目に触れていても、でしゃばっていても、あるいはいかに度を越えていようとも、依然としてプライベート・アートの域をでることはない」と書いている。(pp97)
引用の引用です。
もともとは、
Upon,ed.,America's Architectual Roots,14
に書かれているらしい。

「まちのアート」でないものが、美術館の延長として、
都市の中に展示されていることは、
楽しいけど、自分がやりたいこととちょっと違うっていうことの
理由を代筆されている感じがした。


・・・すべては住民参加のプロセスに帰結するのである。歴史調査の確かな基礎と住民の支援なくして、場所の社会的意味を高めることに成功するパブリック・アートはあり得ない。
(pp103)

パブリック・アートのキュレーター、環境を扱うプランナーあるいは都市デザイナーにとっての従来の役割からの飛躍とは、トップダウンの流れで大きな計画や戦略をコントロールすることよりも、むしろ小さいところから手をつけて徐々に大きなところに手を広げるという方法で、地域社会のために尽くすということを意味する。
(pp106)

都市における公共の展示物は通りすがりの市民の記憶を新たにするものである。
(pp107)

一つの保存された歴史的な場所が引き金となって眠っていた記憶が掘り起こされることがある。その一方で、複数の場所がネットワーク化される時、社会の記憶が都市環境の上に再びよみがえりはじめる。
(pp107)

幅広い年齢階層の市民達が認知地図を描き、公開の場にその地図を広げ、その地図が持つ多様な意味を議論するという、住民らによる地図づくり作業が行われる時、住民は住民なりの独特な解釈を持っていることが一目瞭然になる。
(pp265)
















ドロレス・ハイデン/後藤春彦・篠田裕見・佐藤俊郎 訳(2002)『場所の力 パブリック・ヒストリーとしての都市景観』
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