2009/11/29
夜、インターホンで子供の声がして玄関でて見たら、
花束を抱えた小さな女の子達とそのお母さんやら
6、7人が立っていました見れば今日お葬式の
Nさん一家でした。お嫁さんとお孫さん達の様でした。
ご主人もいて、町内にお礼の挨拶に廻って
おられるようでした。
「私、数日前に夕方奥様にお会いしまして
お元気でしたよ』と
申しますと突然「何時でしたか?
25日でなかったですか?
お母さんが帰ってきた日でした、」と
皆さんが同時に訊ねられるので、
こちらの方が驚いてしまいました。
25日の夜ご主人がお帰りになられたら突然
奥さんはお亡くなりになっていたそうで、
ご主人はお亡くなりになった時の状況がまだ
理解できなくて戸惑っておいでのようでした。
私もお会いしたのが何日かも覚えていなくて
はっきりした事が申し上げられなくて〜〜〜
皆さんが帰ってから何時だった
かカレンダーを見ながら
思い直してみました。でも数日前のことなのに
うろ覚えで覚えていないのです。
亡くなった奥様には身体障害者のお子さんを
施設に預けて、月に何度か会いに行っていたようです。、
あの子を残して死ねないと何時も口癖のように
言っていましたのでさぞ心残りだった思います。

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2009/11/27

("祇園藤村屋"さんのカタログより)
今年も後一ヶ月ちょっとで歳が暮れます。
最近眠れなくて、体調が悪いので
気持ちだけ気忙しいけれど何も手につきません、
昨夜、町内のお方が突然亡くなりました。
お元気でしたのに、明日お葬式です。
人はあっ気なく命の灯火が消えてしまうのですね。
今日は、今年もおせちを注文しました。
二人きりのお正月でおせち料理も
あまり食べないので、作るのが面倒なのです、
でも突然のお客には用意しておかないと、
おせちはお正月の物だから〜〜〜〜
旅行にも行けないし、せめてお正月くらい
旅行した積りで京料理が食べたくて
京都のオ料理屋さんから取り寄せています。
おせち料理は大晦日に送っていただいています。
薄味で美味しいです。
京都に住んでいた頃は東福寺の紅葉を観に来られた
お客さまをを案内して、京都市内の永観堂で
美しい紅葉のトンネルの中を赤い毛氈を敷いた
茶店の縁台で友人と池を眺めながら
甘酒を飲んだ楽しい懐かしい一時もありました。
嵯峨野の祇王寺、紅葉の下に美しい黄色い
銀杏の葉っぱが屋根や地面に一面に敷き詰められた
大河内山荘など秋の京都を満喫した京都時代でした。


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2009/11/26
また京都にお住まいの素敵なお方から
清水寺のライトアップのお写真を頂きました。
夜間の撮影なので地元にお住まいの
お方ならではの貴重な映像です、
ご了解も頂いていないのですが
お許しくださいませね。
ライトアップの大小約500基の照明が点灯し、
色づき始めた紅葉約1000本の中に
「清水の舞台」として知られる本堂(国宝)
が浮かび上がる、強力なサーチライトが
市街地の上空を〜〜〜〜〜
あまりにも綺麗で幻想的な映像なので
またここに載せさせていただきました。
私も京都に行って見たくなりました。
トトロさんから頂き物の清水寺のライトアップの
映像です。↓
http://www.digibook.net/q/qBHZFlIw7CZPPOWG/

トトロさんのお写真日記↓
http://totoro2007.blog114.fc2.com/

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2009/11/23

子どもたち、「愛」とは何でしょう。子どもたち、
君たちは、きっとだれかから「愛してる」と言われると、
嬉(うれ)しいはずです。
受信したメールに、「愛してる」と書いてあれば、
こころがときめくでしょう。でも、ここに愛はあるのでしょうか。
女の子たちに聞きたいことがあります。
もし、だれかから「君のからだが欲しい」と言われたら、
嬉しいですか。受信したメールに、
「君のからだが欲しい」と書いてあったら、
こころがときめきますか。
私は、今、君たちが、特に多くの男の子たちが、
「愛してる」ということばを使うとき、その奥に、
この「君のからだが欲しい」という欲望を込めているように感じています。
子どもたち、私は、今多くの子どもたちが、いや大人たちさえも、
「愛」ということばを、とても軽く、それどころか、
もて遊んで使っていると感じています。「愛」、とても重いことばです。
これには、責任が必ず伴います。
自らの人生を、報いを求めることなく、すべてを捧(ささ)げ、
与え、そして相手のすべてを受け入れ、
そして一生守り切らなくてはならないという責任が。
いったいどれだけの人が、特に君たち子どもたちが、
この重さを覚悟して、負って、「愛」ということばを
使っているのでしょうか。哀(かな)しくなります。
「愛」、狭い意味での、個々の人と人との間の「愛」とは、
何でしょうか。私は、こう考えます。
一組の人間が、お互いに好感を持ち、そして、お互いを必要とし、
手に手を携えあい、助けあい、優しさを配りあい、支え合って、
日々を、生き抜いていく。そして、振り返ったときに見えるものが、
「愛」なのだと。子どもたち、「愛」は語るものではありません。
生きるものなのです。報いを求めることなく、ただ与えぬくものなのです。
子どもたち、私が今回、「愛」について書いたことには、理由があります。
実は、9月に私の親友が亡くなりました。仏門の僧侶でした。
立派な名僧でした。彼は、大学時代、熱烈な恋愛をしました。
しかし、相手の女性には、すでに好きな人がいました。
彼の恋愛は、実りませんでした。彼は、失意の中、
僧籍に入りました。そして、一生を独身で過ごしました。
彼が、京都の寺に入る前日、私は、彼と飲みました。
その時の彼のことば、忘れることができません。
「でも、それでいい。それでも、
俺は、彼女を愛してる。愛し続ける」。
彼は、ずっと、愛した彼女と彼女の夫の、良き友でした。
彼らの娘と息子の名前は、彼がつけました。
お葬式では、彼女も夫も子どもたちも、泣き続けていました。
私は彼にそっと言いました。「ありがとう。
お前は、俺に本当の愛を教えてくれた」。
子どもたち、本当の「愛」を、求めよう。
そして、それを、生きよう
【夜回り先生のエッセー】
本当の愛とはただ与えぬくもの
(2009年11月23日中日新聞より)
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本日,中日新聞に連載中の水谷先生の
【夜回り先生のエッセー】を読んで、
”本当の愛とはただ与えぬくもの”
愛の本質はこのようなことでしょうね、
見返りを求めずして、ただ相手の幸せを願って
仏門に入って一生を終えるなんて
本当に美しいお話ですね
でも男女の仲は愛したら愛されたいと
願うのが普通な感情だと思うのですが、
上記のお方のように愛が実らなかったので
仏門に入り相手を一生愛し続けたそうですが、
そんな愛は凡人の私達には出来ない事です.
妻子を捨ててでも一度の契りで愛した
高貴な人を忘れられずに仏門に入った
西行法師にも似ていますね。
しかし子供に対しての愛は無償の愛です
親は子供のためなら、死んでも良いと思うほど
です。
決して見返りを求めず子供の成長を願うのが
一般的な親の愛だと思うのですが?
考え方にもよりますが子供は女にとっては
お腹を痛めて産んだ子です、母親にとりましては
分身のようなものですから、これは言い様に
よっては自己愛のようなものでしょうか?

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2009/11/18
映画や物語にみる切ないプラトニックな大人の恋
中里恒子の「時雨の記」
家庭がある壬生(56歳)は20年ぶりある結婚式で再会した。
未亡人の多江(48歳)ヒロインの吉永小百合さんと
渡哲也さんが演じています。
家庭も何もかも捨てて残りの人生の全てを愛に賭ける、
そんな夢のような素敵な恋、 女としてこんなに愛されたら
嬉しいでしょうね。心から愛していたならば
傍にいるだけで幸せを感じるもので.....、
純愛そのもので結ばれぬまま、
最後は、悲しいお話ですが........
中里恒子 作「時雨の記」
「涼しくなったわ、雨になるかしら」
壬生も立って、庭へ出て両手を天に向け、
「すうっとした、いつもこんなに晴れ晴れしていたら、長生きするな」
「そうね、そうしましょう」
野菊が咲き乱れ、葉鶏頭が色づきはじめました。
「この裏の戸は、もっと厳重に囲って、庭木戸も、鍵をかけた方がいいね」
「あなたが、ぬうっとはいれなくなりますよ」
「いや、僕は、どこからでもはいる、幽霊になってもやって来る」
「まあ気味の悪いこと言わないで」
「幽霊だって、好きなところへ来るのだよ、思いのあるところへ出るのだよ」
多江は、まじまじと、壬生の顔をみつめました。
ただごとでない気がしたのです。
「降りそうだわ、はいりましょう」
それから、寝椅子に毛布を敷いて、壬生をそこへかけさせ、
「やっぱり、いつもと違うわ、気分はどう」
「いいよ、あんたのそばで死ねれば本望だ、ほかに、僕のゆき場はない」
多江は、壬生をそのままにして、
近くの医師を招びました。
「なにをしてるの、そばにいてと言ってるのに、なにをあわてているんだ」
かすれた声で言いました。
「はい、どうしました」
「どうもしないよ」
壬生がさし出した手を握ると、冷えきっているのです。
多江は、顔色が変わっているのに気付きました。
「ニトロールは、どこ!」

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