Han-Syou記 求道編
心こそ 心まよわす心なれ おのが心に 心ゆるすな
カレンダー
2018年
April
Sun
Mon
Tue
Wed
Thu
Fri
Sat
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
最近のコメント
6/28
マリアージュさん♪…
on
愛
6/28
おはよう(*^_^*) こ…
on
愛
6/27
makotoさん ありが…
on
秘密
6/27
「求道編」立ち上げ…
on
秘密
最近の記事
8/31
地獄に落ちない
8/15
四種の障り
8/14
菩提道場
8/12
「金剛手よ・・・」
8/11
一切の法は清浄である
記事カテゴリ
理趣経 初段 (11)
理趣経 序分 (27)
理趣経 勧請 (5)
理趣経 (8)
勤行 (1)
ノンジャンル (0)
過去ログ
2006年8月 (14)
2006年7月 (31)
2006年6月 (7)
ブログサービス
Powered by
2006/8/31
「地獄に落ちない」
理趣経 初段
「
たとえ広く積習するも
」・・・障害をたとえ広く積み重ねても、
「
必ず地獄等の趣に堕せず
」・・・趣とは道のことで場所のことであります。すなわち地獄に落ちないというこで、
「
たとえ重罪を作るとも消滅せんこと難からず
」・・・罪を犯しても理趣経をひとたび聞いたらみな消えてしまうのです
0
投稿者: hansyou
詳細ページ
-
コメント(0)
|
トラックバック(0)
2006/8/15
「四種の障り」
理趣経 初段
「
一切蓋障、煩悩障、法障、業障
」
蓋障とは生存に関わる障害ではなく、文化的活動に伴う障害で、仏教ではよく所智障と呼んでおります。
煩悩障とは生きていることに伴ういろいろな障害、貪・瞋・痴の三毒になります。
法障とは小賢しい智慧で判断を誤る障りです。
業障とは現世に行った行為によって受ける妨げです。
0
投稿者: hansyou
詳細ページ
-
コメント(0)
|
トラックバック(0)
2006/8/14
「菩提道場」
理趣経 初段
「
いまし菩提道場に至るまで
」
菩提道場とは釈尊が悟りを開かれた場所で、このような場所に至る、つまり悟りに至るまでということで「般若理趣経を聞いて悟りに至ったときには」となります。
0
投稿者: hansyou
詳細ページ
-
コメント(0)
|
トラックバック(0)
2006/8/12
「「金剛手よ・・・」」
理趣経 初段
まず金剛手に呼びかけます。密教経典ではだいたい金剛手に呼びかけの相手(対告衆)となっています。「
もしこの清浄出生の句の般若理趣を聞くことあらば
」・・・このような清浄を具現化する句である般若波羅密の悟りの境地の理趣であるその教えを聞けばという意味になります。「出生」とはもともと現実世界に存在しながらかくされていたものを出現させることです。
0
投稿者: hansyou
詳細ページ
-
コメント(0)
|
トラックバック(0)
2006/8/11
「一切の法は清浄である」
理趣経 初段
「
何を以っての故に、一切の法は自性清浄なるが故に、般若波羅密多も清浄なり
」
現実世界のものは、もともと本性として、自も他も対立はないものである。もともとないのに、私たちがあるように考えているだけであると。「般若波羅密」・・・向こう岸、つまり悟りの智慧も清浄である。強調したいことは、現実世界そのもは本来清浄であるということです。
0
投稿者: hansyou
詳細ページ
-
コメント(0)
|
トラックバック(0)
1
2
3
4
5
| 《前のページ |
次のページ》
/11
記事
画像
新着順
投稿順
リンク集
検索
このブログを検索
QRコード
このブログを
カウンター
本日のアクセス
昨日のアクセス
総アクセス数
teacup.ブログ “AutoPage”