MGF & MPV

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「私の耳は貝の殻 海のひびきを懐かしむ」-ジャン・コクトー(堀口大學訳)

 

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米国

この世の唯一の真実はオバマ大統領であり、トモダチ作戦の指揮官とそれに携わった米国人達である。日本は、このまま親米を貫くより、米国の一州になるべきと考える。

政治家ももう駄目である。米国に飼い慣らされた以上、このまま養子縁組をするしかなくなっているし、それは悪いことではない。唯一、英語が国語でない州とでもして。

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投稿者:nekomanma

国は原発廃止の決定を

 私は、石原慎太郎が好きであった。歴史や経験則、あるいは、知識や職歴に裏付けされた卓見や行動力、あるいは、中国や北朝鮮あるいは米国の予期せぬ政治の力に対し、瞬時に判断し、日本国の取るべき立場を堂々と主張し、同調者を得るだけの魅力を発してきたからだ。私は彼の発言で幾度溜飲を下げてきたことか。

 しかし、彼が日本国の首相の座に就いたことはない。常に、首相の背後にあっての発言であり、まともに日本の意思として関係国にその意見が向けられたことはない。つまり、野次馬として今日まで発言してきたのだ。だから、身勝手な、あるいは差別的なコメントも看過されてきた。これが一国の首相ならば国益を害すことになっただろう。私はそう思っている。つまり過激なだけなのである。それは、皮肉にも中国の民衆の声と酷似する。センチメンタルなナショナリズム。

 今回、以下の引用文をお借りした。彼、石原は、原発を諦めるな、まだまだ研究が足りない、しっかりやれば放射能をコントロールできる、と発言しているのだ。冗談じゃない。次に、もう一箇所、西日本で原発が制御不能になって福島のような自体に陥った場合、日本は終わる。

 石原氏はじめ、識者たちは代替エネルギーの心配をしているのだろうが、直感でまず原発廃止だと言うべきである。廃止と決めなければ次に進まないのだ。私は、原発廃止のために一人でも多くの人がデモに参加してその意思表示をしなければならないと信ずる。物言わぬ東北の一部の人達のような真似はもうたくさんだ。山本太郎氏や独国のあとに続きたい。


(以下、MSNジャパン記事引用)
石原慎太郎 原発に関するセンチメントの愚2012.2.6 03:11 [日本よ]

たちあがれ日本の全国拡大支部長会議の席で30分にわたり挨拶した石原慎太郎・東京都知事(右)=3日午後、衆院第1議員会館(矢島康弘撮影)

 人間はさまざまな内的な衝動によって行動を起こす。内的な衝動には高尚な理念理想もあり、友情、忠誠、責任等々世俗な義理もあり、オウム真理教の信徒たちを駆り立てた信仰に根差した狂気まである。

 これは他の動物たちにはあり得ぬことで、動物のとる行動は飢餓や恐怖、あるいは自衛の本能に駆られたもので人間のような理念を踏まえてのさまざまな行動などはありえない。しかしそれをもって人間の動物としての優位を誇る訳にはいきそうもない。

 人間の理念理想なるものが価値あるものとして許容される範囲には当然限りがある。オウム信者の狂気は社会的には理念としてとても許容され得ないし、キリスト教での魔女狩りなども同断だろう。それらが表出しての行為は理性をはみだし奇矯で独善排他的で時には有害でもある。しかしなお当事者たちはそれがある種の理念に依(よ)るものゆえに、理の通ったものと確信してやまない。この種の逸脱は大小こと欠かないが、それが淘汰されない訳は、それらの逸脱が人間だけに共通な情念(センチメント)に依るものだからに他ならない。

 そしてこのセンチメントほど実は厄介なものはない。それは理性をも超えて優に人間を左右してしまう。その最たる現象は恋愛で、一旦誰かに強く惚れてしまうとある場合には見境がつかなくなる。あんな相手と一緒になったら酷い目にあうぞとはたがいくら忠告しても、ある場合には聞く耳持たずに突き進み人生の破綻をも招いてしまう。

 この世で恋愛は茶飯のことだから周囲はそれを常識の枠で捉え眺めて過ごそうとするが、ある人間にとってはそのセンチメントは枠からはみだして当人自身にも抑制がきかなくなってくる。以前九州で起こった殺人事件は男が恋人当人ではなしに、その祖母と母親を殺してしまう異常なものだったが、男のしつこいストーカー行為を取り締まるよう再三依頼された警察の不手際で発生したと指弾されていたが、ことがそうした軽犯罪を取り締まる生活安全課から刑事課に移されたことが引き金になり悲劇の到来となった節がある。刑事の専門家からすれば市井のたかが恋愛沙汰にいちいちかまっていられるか、他に深刻な犯罪容疑や未解決の事件もあるのに、ということで捜査の優先順位はむしろ前の担当部門よりも低いものにならざるを得なかったに違いない。そのことで警察を非難するのは容易だが、警察というあくまで常識を基準に職務を遂行する立場からすれば、恋愛に破れて罪を犯す者の衝動のセンチメントについてまで計量するのは埒外(らちがい)のことに違いない。

長々した前節を構えて私がいいたいことは、福島の原発事故以来かまびすしい原発廃止論の論拠なるものの多くの部分が放射線への恐怖というセンチメントに発していることの危うさだ。恐怖は何よりも強いセンチメントだろうが、しかしそれに駆られて文明を支える要因の原発を否定してしまうのは軽率を超えて危険な話だ。軽量の放射能に長期に晒(さら)される経験は人類にとって未曽有のものだけに、かつての原爆被爆のトラウマを背負って倍加される恐怖は頷けるが、しかしこうした際にこそ人間として備えた理性でものごとを判断する必要があろうに。理性的判断とはものごとを複合的に捉えてということだ。

 ある期間を想定しその間我々がいかなる生活水準を求めるのか、それを保証するエネルギーを複合的にいかに担保するのかを斟酌計量もせずに、平和の内での豊穣な生活を求めながら、かつての原爆体験を背に原子力そのものを否定することがさながらある種の理念を実現するようなセンチメンタルな錯覚は結果として己の首を絞めることにもなりかねない。

 人間の進化進歩は他の動物は及ばない人間のみによるさまざまな技術の開発改良によってもたらされた。その過程で失敗もありその超克があった。それは文明の原理で原子力もそれを証すものだ。そもそも太陽系宇宙にあっては地球を含む生命体は太陽の与える放射線によっても育まれてきたのだ。それを人為的に活用する術を人間は編み出してきた。その成果を一度の事故で否定し放棄していいのか、そうした行為は「人間が進歩することによって文明を築いてきたという近代の考え方を否定するものだ。人間が猿に戻ると言うこと−」と吉本隆明氏も指摘している。

 人間だけが持つ英知の所産である原子力の活用を一度の事故で否定するのは、一見理念的なことに見えるが実はひ弱なセンチメントに駆られた野蛮な行為でしかありはしない。

 日本と並んで原子力の活用で他に抜きんじているフランスと比べれば、世界最大の火山脈の上にあるというどの国に比べてももろく危険な日本の国土の地勢学的条件を斟酌せずにことを進めてきた原発当事者たちの杜撰(ずさん)さこそが欠陥であって、それをもって原子力そのものを否定してしまうのは無知に近い野蛮なものでしかありはしない。

 豊かな生活を支えるエネルギー量に関する確たる計量も代案もなしに、人知の所産を頭から否定してかかる姿勢は社会全体にとって危険なものでしかない。

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投稿者:nekomanma

(無題)

http://www.youtube.com/watch?v=It3IKx4Xjoo Shakataku in Night Birds

http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=Qb8A1tF1JsM&feature=fvwp A.Delon

http://www.youtube.com/watch?v=aM1cFfAbLi0 C.Dion


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投稿者:nekomanma

新春雑感

1942年6月4日のミッドウェー海戦。一言で日本軍敗戦と言われるがアメリカにとってもかなりの打撃であったことは事実のようだ。海軍力においてこれを機にアメリカが体制を立て直す契機となり日本の敗戦のターニングポイントとも言われているようである。


ミッドウェー、ガダルカナル、ラバウルなど聞いたことはあっても場所すら知らないが、多くの人達がそこで戦い、死んでいる。彼らの祖国のために。


われわれはその祖国の末裔であることを考えると複雑な気持ちになる。軍人だった人達はとうの昔に死に、遺族も残り少なくなりつつある。


テレビでは池上彰さんが元NHK職員として得た情報をフルに活用して歴史講義をしている。信州大学の教授としてだったりする。


しかしもうそうした解説はいくら聞いてもしようがないのではないだろうか。レーニン、スターリンはこうで、イスラエル、中東戦争はこうでといくら歴史に学べとは言えいつになったら次に話がすすむのだろう。聴講は大学生に任せておけばいい。


今なお“ヒトラー”のようなボスは企業や国家・行政には存在する。第二次世界大戦末期の日本軍兵士はアメリカ軍兵士にとって「蛙のようであった」そうだ。簡単に自決するし圧倒的兵力の前に簡単に機銃掃射できたからだという。そういう日本国のシステム自体にただ愕然とするしかない。


国連、民主主義、資本主義、と正しいとされるシステムに区別されて納得しているがそれは各地域によって独特の意味合いを持つ。民主主義自体ポピュリズムであり未完成なシステムでむしろインターネットによるユビキタス社会の成熟のほうが理想に近いとすら思える。


バカにされている日本人も居れば尊敬されている日本人もいるし、サラリーマンもいれば起業家として成功している人もいる。70億人が今現在この地球上でうごめいているといえばもうそれぞれの人生などは想像すること自体不可能だ。


過ぎし日の歴代首相を思ってみる。一体彼らは何をしてきたのか。多くの企業のトップのことも考えてみる。一体彼らは何なのか?
だから、第二次世界大戦で日本が軍国主義から解放されたとはとても思えない。連綿と続く官僚組織、政官民癒着。繰り返されるすべての物事といつの世も犠牲になる国民。それらを打破・解決するために生きたいと思うのである。
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投稿者:nekomanma

大晦日雑感

橋下市長を頼もしいと思う反面、大阪市職員というのは公務員の中でも悪玉のレッテルを貼られている一種のアイコン的存在である。そう区別した上で既得権益をやっつけてもらいたいものだ。


雑誌ENGINE誌の表紙は911タルガ2台と生沢徹(いくざわてつ)氏である。生沢徹氏といえば筆者は彼が氏のリビングで足を投げ出してくつろぐ若き日のグラビア?を保存しているのだが、その若くてダンディーというか瀟洒で粋な出で立ちから一気にこの“ENGINE”誌の「干からびて老人然」としたミイラのような姿に急変したようでショックが大きかった。なにもそこまで干からびなくても・・・。


その点鉄やプラスチックでできた911は冷酷なまでに美しい。タイプは964である。もちろん。しかもリアビューだから美しい。が、正確にはリアビューも美しい、か。とにかくやはり誰がなんと言おうと911は964タイプが白眉である。しかし左ハンドルでは性能を発揮できない。


BMWのM3(イカリング型マーカーランプ前の型)のダッシュボードは完成度が非常に高くさらに911の上を行く。安心感がみなぎる。


MGFを離れ、再び戻ろうとするときに前に立ちはだかるのはこの安心感の欠如である。つぎはぎのダッシュボード、低い質感。失望はこれに尽きる。MPVもBMには及ばずながら安心感は充分である。この安心感とは信頼感につながる。風雨やみぞれ混じりの悪天候のとき、運転席に収まってドアを閉めたときの外界との隔離され保護されたと感じる安堵感はMGFにはない。


常に外界とつながっているというダイレクト感は良くも悪くもオープンだ。従って、MGFは乾燥した地域限定の乗り物と言えるかも知れない。太平洋側もそうである。日本では地域を限定してクルマも論じられなければならないと思う。残念なことである。


今年も実に多くのタレントが棺桶に入ったが特に信じたくないのは細川俊之氏である。なんとなく、しかしショックである。そのほか児玉清さんとか。朝に紅顔なれど夕べには白骨となりて、という蓮如の言葉が彷彿とする。人生は儚い。儚いから美しい。とこれはセットか。


トヨタのテストドライバーというには大きすぎる存在の○○さん(おじさん)もニュル付近の公道で他界した。豊田彰男氏に大きな影響を与えそれ以上の存在であったという。彼は行き詰まるとその車の前に一晩中座してそのクルマと対話したとある読み物には書かれている。


「3.11以降」、そのような“日本人”が多く生まれているような気がする。日本の良心となるであろう人達だ。しかし世界を驚かせた日本人の秩序正しさは政治的暗黒の原因でもある。かつて、ストもデモもこの国にはあったはずで、今後、物言う民衆に還って欲しいと思う。浄化作用の働く国を目指したいものだ。大の字になって温泉にでも浸かりながら。

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投稿者:nekomanma

(無題)

MPVの2.3gエンジンは加速が秀逸。ターボ付きででもあるかのような俊足でスタッドレスタイヤの発するシューンという高周波音がジェット機の加速音のようである。


現行世代(低床ボディ)の2.3gターボ付きMPVはミニバン最速だという批評を読んだことがある。昔は加給が始まるとロケットのようにあからさまに急加速を開始したことからドッカンターボと言われたものだが現在のそれはトルクを補う補助的役目を果たしており、試乗もしたがターボ付きであることをあまり感じさせない。


最速と言うことに関してはエリシオンプレスティージュとかエスティマ280馬力とかの声もあるようだが評論家が書いているのだからその信憑性は高いだろう。しかしミニバンで最速を競うこと自体ナンセンスで後席の乗員の安全が最優先だろうがそれはそれ、ミニバンであろうとなかろうとクルマの用途は千差万別で最速を求めるのも、有り!エリシオンには憧れるね。


筆者の先代型は2列目以降のシートが補助椅子なみの出来に近くその分軽量なのだろう。そうしたこともあって2.3gNAエンジンの加速の良さが余計感じられるのかも知れない。しかし普段は1600sを超える重量を気にして控えめな運転(どこがやねん!?)をしていることもあってこのエンジンの素性をよくは知らないでいるのが現状なり。


たぶん素性の良さは間違いないだろう。その時「いい」と感じたクルマは大体あとでも評価が高いことを知ることが多い。自慢ではなく経験とか好きだからかそれくらいは分かるものだ。
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投稿者:nekomanma

(無題)

最近はFやTFの検索が多い。かといってMPVはますます魅力的である。


LOTUSのムックを入手してエリーゼ、エリート、エスプリなどといったこれから出そろうウェッジシェイプしまくりのモデルや関係者の姿を見ている。


現行エリーゼはローバーエンジンながらボディを接着剤で接着したことによりブレークスルーした。MGFなどは中途半端なライトウェイトでその差が数百万円の差を生んでいる。


トヨタエンジンは約20キログラムほど重くそれがエリーゼの軽快感をスポイルしていると佐藤琢磨がコメントしている。開発陣も大排気量のは自社製エンジンを開発するという。


で、TFについて。ハイドロを捨てたことが魅力である。160シリーズはディスク径が大きいという。エンジンルームも補強されて一層メンテナンスがしにくかろうが。


ビッグスロットル、オイルによるエアクリーナー、軽量フライホイール、マスタシリンダストッパ(信じられない対策)、ビッグディスクと、色々対策したものである。しまいにはラジエータとホースまで換装したのだが。


手放したのは経済的理由とは言え2台体制に復帰したいものだ。いずれか迷うというのはどっちを選択しても満足するし後悔もするのだ。
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投稿者:nekomanma

(無題)

映画「ヒート」を観る。


ロバートデニーロとアルパチーノという筆者の嫌いな二人がロスを舞台に対決する刑事ものなのだがなかなかの作品だった。


たぶん夜のロス好きなマイケルマン監督によるのだろう。世に言う“クール”なディテールの集合体だ。


’95年の作品につきつるんとしたカマロが数台登場する。


アマゾンで早速発注。どうせ観ないんだけど。





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投稿者:nekomanma

(無題)

ある中古車販売店でMGTF160が99.9万円とある。早晩売れるのだろう。拙者も欲しいわい。


野田政権は間もなくガソリン税をリッター50円値上げする。もう財務省の勝事務次官のいいなりだそうだ。彼は大統領と呼ばれているという。


結論から言えば際限なく債務が増えるよりはマシ。しかし無駄を削ってからにして欲しいと思うが、そういう議論もなんか口にするのさえ空しい今日この頃である。


放射能だだ漏れの補償を一生掛かって東電に賠償させる、という政府の詭弁は、年間2000億円の東電の経常利益の100年分かけても20兆円で、それ以上を要する補償などの費用は東電だけで賠償するのは無理。にもかかわらずそうした空論を言う政府。


キセノンにキュリウムにと、次々に明らかにされるメルトダウンや青空臨界によって出てくる放射性物質の恐怖。名古屋大などのシミュレーションマップによればもう日本中放射能汚染から免れそうもなく、どんどん放射能は蓄積され、将来人体に被害を及ぼすのだろう。恐ろしいことである。


国と企業が癒着して利害を貪り、国民がそのツケを負う国―日本。つか被統治者につき当然
と言えば当然か。
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投稿者:nekomanma

(無題)

やはりMGのない人生はつまらないと思うに至る。

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投稿者:nekomanma

(無題)

出た。ニューBMW 1

MGFの再来に近いかもしれないがリアビューを見る限り興奮しない。惜しい。


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投稿者:nekomanma

(無題)

http://www.dailymotion.com/video/xcaw5s_quando-quando-quando-michael-buble_people
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投稿者:nekomanma

(無題)

映画「天使のくれた時間」原題“The Family Man”。

ニコラス・ケイジ主演、
ティア・レオーニ助演(女優)
ブレット・ラトナー監督作品


「もし、あのとき結婚していたら・・・」という「たら・れば」を体験した男の話。


シルバーのフェラーリとクライスラーのミニバンが対比で使われる。
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投稿者:nekomanma

(無題)

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GNPが高いとこんなどでかいオクタゴンマークまで見ることができる。これがUKの風景であったらと思わずにはいられまへんなあ。


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筆者はTFのファンなのだが果たして中国産の品質や如何に?
マスタシリンダーは固定されたのか?ディスクφは280mmになったのか?PCDは昔のまま変態サイズなのか?シリンダヘッドは強化されたのか?などなど気になるのはもちろん、ちゃんとした材質と品質を維持向上させているのか?を確認したいものだ。


MGFを降りて数ヶ月経つが、クラシックミニの魅力が色あせていく中であれほど魅力的なクルマというかバランスの取れたクルマというものはそうないと思う。ただし幌、フロントマスク、加速、変動する車高という致命的弱点も多いわけで、少なくともバネ付きのTFじゃないと二度と所有はしたくない。


変と言えばセンターのエア吹き出し口もあさって方向を向いていて苛つく。ヨーロッパは基本的に寒いので日本では日本車がベストな面もある。エアコンディショナーの性能ではもはやMGなどは敵う訳もない。


その点今のMPVは秀逸。最近、燃料計の針に異常が見られ、満タンにしても少し下を指している。タンク内の浮きの異常が考えられ修理には数万円を要するらしいし、便利なバックカメラのフィルターが時として曇るので取替えたくてもカメラや配線などのアッセンブリー交換となるとこれも数万円を要するというばかばかしさ。当然どうでもいいことで放置するだけだ。これはMGFで鍛えられたスピリット。

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投稿者:nekomanma

(無題)

MGTF LE500

NAC MG. 中国企業NACはちゃんとMGを買ったんだから、これはもう”ありがとう”と言うべきだろう。買いたいよ。

http://www.youtube.com/watch?v=RXgf-hA_6w0&NR=1

http://www.youtube.com/watch?v=Y2NL-VEO_Lg

http://www.youtube.com/watch?v=464sK7Ilb9k

http://www.youtube.com/watch?NR=1&v=ZiFZtI_KLXQ

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投稿者:nekomanma
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