本を読んでいて泣けてくる、という経験があると思う。私もここ十年、涙もろくなったのか、あるいは加齢で脳みそがしぼんだのか、涙腺その他緩くなったのかは判らないが、よく涙が出る。町のちんぴらに「おめー、どこの組のモンだあ?」なんて言いがかりをつけられるような顔であるが、鼻水すすりながら涙を拭く。人に見られたら大変だが、それは幸いにしてまだ無い。(子供達はよく目撃しているため、最近は気にしなくなった)
浅田次郎という作家がいる。
「福音について」というエッセイ集がある。私はこれ程までに笑い、涙したことが無かった。(東京出張の帰りの新幹線でこの本に出会ってしまったのが運の尽き)さらにとどめを刺すような事がある。彼の写真を見たときである。私はこのような、ハゲでデブのおっさんの文章に感動の涙を流したのかと。いや、ハゲでデブが悪いのではない。私の風貌が彼にそっくりなのに衝撃を受けたのである。これじゃ兄弟じゃないか。
その後「壬生義士伝」という本を読み、これまた涙した。映画も見たが泣けた。盛岡の友人が「あんまり盛岡でない」といっていた映画だが、泣けた。「鉄道員」は読みたいとは思っていなかったがついつい読んでしまった。これもまた涙した。この作家の風貌が判っていながら涙を押さえられない。これは悔しい。できればもう少し(そう、司馬遼太郎のような)細身の、白髪で人生の様々な部分を冷静に生きてきた方に涙を流したかった。残念である。
その後も彼の本を読む時間が多くなる。「勇気凛々ルリの色」にも多量の涙を流した。「歩兵の本領」などの自衛隊ものの最後のほろりに耐えることができなかった。
私は元来涙もろい人間ではない。どちらかというと切った、張ったの人間である。
昔の話である。
やくざ(のような方)とけんかしたことがある。いや、一方的に殴られ脅され、「てめー殺すぞ!」となった時「それは困りますなあ」と殴りかえした一撃で彼は気絶した。いや、動かなくなった。(死んではいない)大丈夫かと言ったところ「覚えていろよ!」とひと言。怖くなり脇腹にケリを入れて逃走した。アパートとは別の方向に逃げた。帰って鏡を見たらひどい顔になっていた。彼の状態が気になったので友人に見に行ってもらった。すでに誰もいなかった。しばらくは外出を控えていたが、友人が「相手も馬鹿じゃないから絡んでこないって」との言葉に安心して通常の生活に戻った。あれから20年以上も経つ。
まだ彼は覚えているだろうか。できれば忘れて欲しいのだが。


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