第一章 死体
重いキャタピラ音に驚いたのか、林から出たカブトムシは羽が千切れる程の必死さを纏い、空へと逃げて行った。
それまで見えなかった林の向こう側には、ポツリ、ポツリと商業施設が姿を現していた。
蔵辻昌巳が住む研究学園駅周辺の緑は、つくばエクスプレスの開業により、秒針よりも早い動きで、その姿を消しそうに思えた。
時間というものの変化を悟るには、時計を見る習慣があまり無い駘蕩とした農家に生まれた蔵辻にとって、もう少しこの地が都会化しなければいけない必要性があった。
建設会社の真摯な誘いに乗り、ようやく先祖伝来の田畑を売却したのは五年前だった。蔵辻はその莫大な遺産を使わず、苦学して警察大学校を出たこの春に、茨城県警に採用された。
両親と兄が首都高速でトラックの飲酒運転に巻き込まれ、交通事故で死亡したのは六年前。天外孤独の身になっても、蔵辻の心は大人の世界に身を置く事を嫌った。建設会社不動産業者という媒体を通し、ある意味でいやらしくも汚い大人の世界を、十七歳と言う多感な時期に、いやと言うほどに覗いてしまった事もある。甘い言葉と誘いは早く大人の世界に入りたい他の同じ年頃の少年ならば直ぐにも飛びつくだろうが、蔵辻には全くと言って良いほどに金銭欲など無かった。
ぺらぺとしゃべる建設関係の営業マンは全く相手にしなかった。それよりも大人のくせに子供に媚ねばならない世界を冷笑した。
農家は一人では出来ない、ましてや当時は学生の身であった。加え相続税、固定資産税などの負担はとても支払えたものではなかった。澄んだ眸を持つ中年の営業マンに、田畑を任せた。

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