5月7日、熊本の国際交流会館大ホールで催されたイベント「いつかチェチェンで会いましょう」は、関わった方々の大奮闘、なかでも高校生グループ ぶーふーうー(オレンジぺコあらため)の頑張り、そして、高校生たちの真摯な問いかけに、真剣に応答してくれた会場のみなさんのおかげで、実り豊かな集まりとなった。
チェチェンのことを知らなかったことの驚き、なぜ知らなかったのかという問い、知ってしまった自分は何をなすべきかというさらなる問いに突き動かされた高校生たちが、会場に集まった人々に、「共に本橋成一(写真家)・姜信子のカザフスタンのチェチェン難民を訪ねた旅の記録に耳を傾けよう」と呼びかけ、そして、難民達の言葉を報告した姜の「戦争とは、どうやら予感なしにやってくるらしい」「この終わらない戦争をどうしたら止められるのか、チェチェン人自身がその答えを探し求めている」といった発言を受けて、「平和のなかにある私たちは本当の戦争を知りません。戦争体験のある方々、みなさんの体験を私達に話してください。なぜ、かつての戦争で日本の庶民は戦争に反対しなかったのか、教えてください」と問いかけた。
本橋成一さんが空襲の体験、戦争が終わったとたんに何か解き放れたように優しくニコニコとした顔になった大人たちのことを話した(終戦時、本橋さんは5歳)。
会場のおじいさんが、次第にがんじがらめにされていって、気がついたら戦争反対などとはとても口にはできなくなっていった戦前の空気を話した。会場の元気のいい高校生がおとなしい大人たちに挑戦するかのように、やるべきことをなぜやらないのか、なぜ声をあげないのかと、なぜ動かないのかと、語りかけた。
もしや、日本は、長きにわたる戦後の平和のなかにあるのではなく、実は戦争前夜にあるのではないか。平和憲法を持つ日本は、戦火の中にあるチェチェンの民にとって希望の存在なのだとザーラは語ったが、その日本の平和とは実のところ、知らぬ間の崩れ落ちつつあるのではないか。こんな日本がチェチェンの希望たりうるのか。
そんな問いがふつふつと湧いてきた。
ここにいたって、チェチェンを語ることは、実は、私たちが暮らす日本社会について語ることでもあるのだという気づきが生まれた。
いつかチェチェンで会うためには、わたしたち日本に生きる者たちも変わらねばならない、何をどう変えるのか、私たち自身がどう変わるべきなのか。
まず足元の日本社会を見つめ、日本と世界の関わりを考えることから、いつかチェチェンで会うための道も開けるのだということ、それを参加したひとりひとりが、自分自身の問題として意識することになった。
「いつか必ずチェチェンに行こう! 今はチェチェンに帰れずにいるチェチェンの人々と、いつかチェチェンで会おう!」
その言葉で、イベントは締めくくられた。
会場に足を運んでくださったみなさん、実行委員会の方々、高校生ぶーふーうー、本橋成一さん、お疲れさまでした。
いつか必ずチェチェンで会いましょうね。
当日の模様は、以下のサイトでチラリと覗き見できます。
大活躍のぶーふーうーが映っています。
http://210.128.247.29/newsfile/view_news.php?id=5299

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