さる3月11日、東北地方に未曾有の大地震が襲いました。
我が家でも地震の被害に遭った親族の安否が気になり、会いに行く事になりました。
余震が怖いと主張する私の意見は無視して (ぇ
そんな訳で4月9〜12日の4日間、突貫で宮城県へと行ってきました。
これは簡単なレポートって所ですね。
前回からの続きとなりますので、前の日記を見てからこちらを見るようにしてください。
宮城県到着した翌日、天気が良かったので少し歩いて見ることにしました。
目の前の海では

瓦礫が流れ着いてました。
松島の叔父の話では、
「
震災後、一週間くらいは人も流れてきた」
と言います。
その海の向こう側には今回の震災で最も被害を受けた地域の一つ、野蒜や石巻がうっすらと見えます。

「あぁ、向こうに見えるのな
全部瓦礫の山だ」
この日の夜、叔父は自転車で野蒜まで行った時のことを話してました。
「何もかも無くなってた。 昔遊んだ堤防も家も全て・・・
しばらく見てたら
涙が出てきた・・・」
重くて、心苦しくて、聞いてられませんでした・・・
その後、亡くなった祖父の墓参りに行きました。
本来ならば、今月法事があったからです。
そこでもまたビックリの・・・

墓石が全部倒れてました。
(;゚Д゚)人 ぅゎぁぁぁぁぁ・・・
思わず手を合わせてしまう凄惨な光景です。
ウチのお墓も例外なく倒れてました。
幸い(?)、小さなお墓だったので3人がかりで起こす事が出来ました。
翌日、祖母が要る病院へと行きます。
その病院でも

地面が陥没してたり、窓にガムテープが貼られてたりしてました。
こちらも幸いな事に津波の影響が無かった為か被害は少なめでした。
祖母も健在で一安心 フー(´・ω・)-3
しかし、この後大変な事が起きます。
この3日間何も無かった事で油断しきってました。
11日午後5時15分頃、
福島県沖で地震が起きたのです。
そして、この地震の影響で津波が起きると言います。
「海の近くの方は高台へ避難してください」
テレビでは津波警報と同時に避難指示がでます。
私達も手荷物を車へ放り込むと急いで発進させます。
その後ろを叔父の車が付いて来ます。
無免許ですが・・・ (´・ω・) (叔父が
その後、近くの山で車を停止させ、様子を見ます。
その間にも、地区の班長さんの車や警察の車が通り過ぎます。
田舎ののどかな雰囲気が一変、一気に緊迫した状況になりました。
そして、改めて自分達は
被災地の中心に来てるのだと思い知らされました。
避難をしてから30分後・・・
幸い大きな津波は無く、地震警報も解除されました。
この30分間、不安や恐怖、好奇心が入り混じった複雑な感じでした。
好奇心があるって事は、私自身に津波の恐怖を理解して無いからなんでしょうね、きっと・・・
(目に見えないし・・・
そんな感じで、思いかけず避難体験までして帰ってきました。
その帰りがけ、三陸道から見えた景色は、

それこそ、
現実から遠くかけ離れたものでした。
この写真、一見すると畑を写したものに見えるでしょう?
実はこれ、
仙台市若林区の住宅街を写したものです。
そう、地震だけでなく、津波でここにあった全て、生活していた人々の全てを呑み込んでいったのです。
私も叔父から説明されるまでは、ただ瓦礫が畑に入り込んだだけだと思ってました。
とても人が住んでいたとは思えませんでした・・・
複雑な思い、苦しい気持ちを抱えながら帰路に着く事になりました。
最後にちょっとだけ良い話
9日の午後、とある塩釜のコンビニを横切ったところ、窓はぐちゃぐちゃ瓦礫は散乱してて、とても営業できる状態とは思えませんでした。
おまけに駐車場には
船が駐車(?)してるし・・・
10日、仙台に住む叔父を駅まで送った時も、このコンビニの前を通りました。
この時もやはり営業できるとは思えませんでした。
11日、祖母が入院してる病院からの帰り道に、このコンビニの横を通りましたが、とても開けるとは思えませんでした。
そして、12日の午前・・・
埼玉に帰る途中、このコンビニの前を通り過ぎました。
営業してるとは思えませんでしたが・・・
営業してました
窓にガラスは無く、代わりダンボールを貼り付けてて、入り口には
「営業中」
と書かれた張り紙を出して、見た目はみすぼらしいのですが
堂々と営業してました。
そして、コンビニには地元の人たちがちらほら来てました。
他にも、テレビでは
「東北本線(電車)、一部運行を開始」
「瑞巌寺の拝観を再開」
「マリンピア松島水族館 営業再開予定」
(>
日本三景 公式サイト
いつまで続くか解らない状況、遅々として進まない復興・・・
そんな中でも、小さな変化、小さな復旧、
東北の人は諦めず、しっかりと前へ歩んでるように見えました。
向こうで見たあるポスターにはこう書かれてました。
『私達は一人じゃない
私達は一つだ!!』
小さな事でも、向こうの人たちを思って協力していきたいですね。

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