ちはやぶる、神の残像  旅の足跡

既に幾度かの訪問がある出雲だが、自分なりに未踏の地

を幾つか感覚で選んでから、その旅程が実現するまで随分

時間を要してしまった。しかし、今回は否応なく、出雲から

続く先の行程も決まり、プラン自体が自然に整えられていっ

た流れを踏まえるなら、必然の時機だったのかもしれない。



真夜中に出発し、最初の目的地である 「熊野神社」 に

到着したのは、既に空も明るみを帯びた六時過ぎだった。

熊野神社は、奥出雲の霊峰、比婆山の南麓に鎮座する

古社である。比婆山は、神話において、イザナミノミコト

が葬られた御陵であると伝えられている場所だ。そして

熊野神社は、かつて 「比婆山大神社」 とも称されていた

ように、御山への遥拝所の役割を果たしていたと思われる。



早朝の、老木に囲まれた境内に満ちた神気は、きわめて

研ぎ澄まされており、自ずと参拝の姿勢も正された。拝殿の

裏手にご神水である湧き水が出ており、そこで身を浄めた

のち、山中へと歩みを進めた。神気はますます強くなる中、

途中、二の宮神社、三の宮神社とご挨拶し、最後に、古代

の祭祀場であり、巨大な磐座を奉った金蔵神社に立ち寄り、

そこから先は不要と、引き返した。この先には那智の滝が

あり、更に登山道を数キロ進むと、イザナミノミコトの御陵

があるとのことだが、それは次の機会に改めて訪れたい。



熊野神社から更に北上すると、スサノヲノミコトの正妻で

あった、稲田姫命ゆかりの場所が点々としており、この

奥出雲こそ彼女の故郷であったことが伺える。「稲田神社」、

「鬼神神社」、そして、「伊賀武神社」 を巡ったあと、元々、

「八重垣神社」の社殿があった跡地へ向かってみることに

した。八重垣神社と言えば、松江市に鎮座するお宮が有名

だが、奥出雲の方はその元宮と見なされており、スサノヲ

ノミコトと稲田姫命が結ばれた地であると伝えられている。



伊賀武神社から県道を少し北に進むと、分かりにくいが、

左手に八重垣神社跡の標がある。すぐ裏手から石段を

上がってゆくと、鬱蒼とした木々に囲まれた、やや開けた

場所に、石碑だけがひっそりと残されている。そこで拝礼

を始めるや否や、空間に巨大なエネルギーが降り立ち、

圧倒的な神気でその場を包んだ。「この感覚はあの時と

似ている・・・」 そう頭をよぎったのは、以前、対馬の地で

邂逅した、豊玉姫命の本体と思しきエネルギーだ。今回、

感じられたのは、あの時と性質は似ているが、やや異なる

表情を見せる稲田姫命のそれであった。束の間の閃光の

ようなわずかな邂逅のあと、そのエネルギーは一瞬で消え、

空間にも静寂が戻った。その尊い意識が沈黙のうちに語る

ことを言語化するのは至難の業だ。いずれにせよ、この不意

の出会いが今回の旅に必要不可欠だったのは確かである。



八重垣神社跡を離れ、次に向かったのは、「布須神社」。

ここは想像以上の奥深い山中にあり、それもそのはずで、

ご神体が、お宮の鎮座する御室山それ自体のため、神奈

備式と呼ばれる社殿形態をしており、山頂にあるという、

神が宿るとされる磐座を拝する場所となっている。御室山

は、言い伝えによれば、ヤマタノオロチ退治の際に、スサノ

ヲノミコトが籠って八塩折の酒を造ったとされる場所である。



この後も、二度目の訪問となる 「韓竈神社」、翌日には

「熊野大社」、「須我神社」、そして奥宮の 「八雲山」 の登拝

をもって、自分なりの出雲の地の巡礼を終えることができた。

前回がスサノヲノミコトだったとすれば、今回はその妻神で

ある稲田姫命の足跡を辿る旅だったと振り返る。旅の途中、

ずっと心にあったのは、「すべては投影であり、象徴である」

という感覚だ。<ちはやぶる> という枕詞は “神” に掛かる

が、本来は、崇敬の対象としての神々ではなく、神々として

の人に掛けられることを、数多のお宮を巡り、そこで投影と

象徴としての神の残像に触れることで再認識できた次第だ。




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トーテムポールを眼下に  夢うつつ

(テーブルの上に植物がある・・・)


それが、現実との違いを示す、最も印象的なサインだった。

明け方に目が覚め、ベッドから起きた時に視界に入った部屋。



・・・何かがおかしい。前回の時は、違う機種の携帯だったが、

今回は分かりやすかった。テーブルに植物は置いていない。



それに気づいた瞬間、意識は、背後のベッドに横たわる自分

の肉体に戻った。同時に、懐かしい存在の気配を、うつ伏せ

の背中に感じた。“彼” が何かを呟くと、背中を優しく押した。



その “手” で、私の意識は再びゆっくりと肉体から押し出され、

そのままベッドを通り抜け、下へ下へと静かに落下していった。

真っ暗で何も視えない。しばらく身を委ねると、不意に止まった。



到着したことには気づいたが、落下時と同じく、薄暗い。

狭い部屋にいることが分かった。押入れのようだ。物が雑多に

周りにひしめいているのが微かに視て取れた。手探りで目の

前の取っ手を探し、開けてみた。そこはある家の廊下だった。



何となく覚えがあるが、思い出せない。とりあえず廊下に出て、

居間と思しき部屋に移動し、少しずつ記憶を探る。家の中には

誰もいない様子だったので、しばらく家中の部屋をあちこち見て

回るが思い出せないので、一旦、外に出てみることにした。



家の外観と、外の様子を見て思い出した。昔、子供の頃に

時々遊びに来ていた友達の家だった。懐かしさに浸りながら

家をあとにし、気が向くまま歩き出した。あちこちに人を見か

けるが、その中には、人の姿をしているが、人ならざる存在も

いた。“彼ら” もこちらに気づいている様子だが、特に関心を

示す様子でもなかった。ふと近くに公園があるのを思い出した。



方向は何となく覚えていたので、容易に辿り着けた。公園の

入口に差し掛かると、何となく違和感を覚えた。・・・妙に広い。

それは近所の児童公園というより、自然保護地域の国立公園

のような広大な敷地が目の前に現れた。美しいグリーンの芝生

の上で、憩いの時間を過ごす多くの家族連れの姿があった。



その後、園内を散策していると、巨大な縦長の塔のような

オブジェが何本も視界に入った。近づいてみると、それはいわ

ゆる <トーテムポール> だった。赤レンガ色で、鳥のような

横顔が一面に彫られている。更に驚いたのが、そのトーテム

ポールの一群の背後に、それらよりはるかに高くそびえ立つ、

岩壁が目に映った。それは、トーテムポールと同じレンガ色を

した巨大な岩山だった。まるでトーテムポールと化した鳥の

精霊たちが、背後の岩山を守護している光景にも映った。



「そうだ、ここから飛べば、岩山の頂上にも登れるかもしれ

ない」 と、眼前の鳥の姿から、ふと飛べることを思い出した。

ただ久し振りなので、うまく飛べるか分からない。近くにあった

遊具を跳躍台とし、いざ跳躍してみると、10メートルくらいは

飛べたが、そこからうまく上昇できない。以前、飛行のための

訓練をさせられたことを思い出し、得意だった “旋回” を試して

みた。すると、その勢いで一気に上昇が可能となった。あっと

いう間にトーテムポールの高さを越え、岩山の頂が迫った。



途中、ややコントロールが利かなくなり、上昇が過度に加速

してしまい、岩山の頂上の高ささえ越え、雲まできてしまった。

もっともっと上昇していけるのだが、あまりに高いところまで

飛び過ぎると、方向感覚を失い、見当外れの地点に戻って

しまうことは以前、経験済みなので、そこは慎重に気を付け、

上昇をやめ、ゆっくりと軌道を岩山に戻し、頂上に降り立った。



頂上から望む眺めは、街のはるか向こうの地平線の先まで

及んでいた。眼下には、トーテムポールの一群が規則的な

列を為して並んでいる。実際に、この岩山を守っているかの

ようだ。しばらく経ったあと、もう少し周辺を探索したいと思い、

公園の周りを飛行してみたが、特に目ぼしいものはなかった

ので、トーテムポール付近を目印に、地上に降り立った。



園内をあてもなく歩いていると、空間に亀裂が生じ始め、

“帰還” の時を知らせてきた。そのまま目を閉じると、徐々

に現実の肉体に意識が戻っていった。ふと目を横にやり、

部屋のテーブルに植物がないことを確認し、起き上がった。




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救済のフィラメント  夢うつつ

「ん? 君はここの住人じゃないね」


すれ違いざまに、ここの “住人” の一人が私を振り返り、

こう言った。それは不意だったため、驚きを隠せなかった。



「あまりここで人を見かけることはないけど、時々来るの?」


この言葉で、ややぼんやりとしていた意識が明晰になった。

そう、私はここに属してもなく、住人でもない。ではなぜ時々

来るのだろうか。今回の訪問で何となくつかめた気がした。



「あまり愉快とはいえない世界だけど、君は時々、訪れる必要

があるようだね。それは理解のためであり、実践のためでもある。

あ、実践は、君が君の属する世界に戻ってからのことだけど」



言葉の主は、実はここの住人ではなかった。ここの住人の姿

はカモフラージュで、この世界のバランスの調整や管理の任務

に携わってるとのことだった。しばらく、この世界を “彼” と巡る

こととなった。この世界は正直、人にとってはあまり愉快な光景

ではないため、彼の付き添いはありがたく、安心感を得られた。



「ここってやっぱり、とどまり続ける無数の “思い” の集まる

廃墟のような場所だよね・・・?」



「彼ら自身が作り出している幻影ではあるけど、彼らから

すると、廃墟ではなく、生きている居住区と言えるかな」



「彼らには、私たちがこうして見ているように見えてない?」


「だからこそ、ここにとどまれる、いや、とどまろうとするんだ」


「なぜ、とどまろうとするんだろう?」


「それは、ここしか知らないからさ。他の場所を知らずして、

どこに行こうと思うことができるのかな?」



「思いは、それ自体が思いゆえ、思いの中に封じられてると

いうことか・・・ならば、出られるわけがない」



どこを探索しても同じような風景の中に、彼らはひしめき合って

いる。その動きや行動には整合性はなく、会話も聞こえてこない。

ゆえに、奇妙な無数の姿はあれど、ただ静寂が漂うだけである。



「ここで大事なことを言うよ。どうか君の世界に戻ってからも

忘れないで。君たちのいう <肉体> が、君たちのいう <血>

を帯びた様相を示した時、それを怖がるのは君たちだけだ」



「・・・なるほど、だからこの世界の住人はこの姿でいるのか」


「そういうこと。その見方は、人を理解するための鍵となる。

そして、真の <救済> が何たるかを、垣間見る扉にもなる

だろうね。完璧さにおける救済に矛盾を感じるのもそこなんだ」



「救済って、例えるなら、多面体の鏡の中心から、すべての

面を同時に観るようなものだよね」



「付け加えるなら、同時に、その多面体の鏡の全貌を外側

から俯瞰することでもある。当然、鏡の中心の自分も含めて」



「あらゆるすべての観点の、絶妙なるバランスにおいてのみ、

どの世界においても、まともでいられる、ということかな」



「そうなんだけど、“あらゆるすべての観点” という一言に、

途方もなく無限に等しい奥行きがあることは気づいてるよね」



「もちろん (気が遠くなるので、なるべく想像しないように

してたんだけど)」



「段階を経て、その奥行きを辿ってゆくという、大いなる

遊びも、君の属する世界にはあるようだね。興味深い」



・・・しばらくこの世界を探索しながら、彼と会話を重ねて

きたが、そろそろ帰還の時が近づいてきたのを感じ取った。



「あ、そうそう、君が以前、よく “移動” の時に使ってた、

ポータルのある空間がちょっと淀んでいて、うまく機能

してない様子だから、戻ったら調整しておくといいよ」



「というと、君は、あの頃によく移動を支えてくれた存在?」


「あ、あれは違うよ。別の存在。もっと君に近しい存在」


「そうか、じゃあ、またいつかこの世界で」


「あまり気乗りしないと思うけど、また訪ねにきて」


「さようなら」



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