異次元飛行日誌  エッセー

異次元飛行日誌の切れ端 ―


ふと意識が飛行訓練が始まるのを察知すると同時に、

既に見渡す限りの平原が広がる土地の上空にいた。



目を凝らすと、小高い丘に城が見えた。城というより

邸宅用の館といった趣の建物だった。整えられた庭を

降下地点に定め、ゆっくりと下降した。扉を開けると

城のホストが出迎えてくれて、晩餐会に招待された。



因みにこの場所だが、“ホスト”との会話により、どの国

のどの地域かも明確となった。だが異なるのは時代で、

およそ数百年前らしい。更にホストの話に耳を傾けた。



「今は立派なこの城もやがて住人がいなくなり、朽ち

 果てていきます。私たち家族は間もなくある出来事に

 より皆でこの世を去ることとなります。そして愛する

 この城は不吉な場所として後世に伝えられるでしょう」



踊り場の窓から外の庭を眺めながら、ホストはそう語った。

すると娘とおぼしき少女が二階からやってきて、父に何か

をねだっているようだった。父の返事にパッと明るい笑顔

を見せると、彼女は息を切らせながら階下へ降りていった。



「私たちがいかにこの世を去り、この城が衰退していく

様をありのままお見せしましょう」 ホストがそう告げると、

城内の様子が急に変わり出し、まるで時が交差するかの

ように過去と未来の流れが重なり合って映し出された。



未来に起こるであろう、目の前で展開される悲劇を直視

し続けることは耐え難く、「取り込まれないうちにここを

去ったほうがいいでしょう」 というホストの言葉に従い、

上階まで一気に駆け上がり、窓から飛んで城を離れた。



信念に盲目となった人の側面としての無慈悲な残酷さ。

それは階下から響き渡る悲鳴と叫び声が物語っていた。



上空から見下ろすと、周りの風景も城内と同じく様相が

変わっていた。見渡す限りの平原に家々が立ち並び、

町が形成され、舗装された道路もできた。だが城だけは

当時の輝きを失い、廃墟と思しき姿でひっそりと喧騒

から離れ、誰も寄せつけない雰囲気を醸し出していた。



あの少女は今でも父にドレスをねだっているだろうか。


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ラ・フォンテーヌの栗  エッセー

【教え】 というものについて常々、感じるところを寓話的

に例えて表現してみるならば・・・歩きながら、“教え” と

いう名の栗を10個得たとしても、その瞬間にも同時に

進めている一歩か二歩の間に、大抵、ポケットに入れる

ことなく、少なく見積もって10個中8個は落としている。



歩みは止まることなく進んでいるため、栗を落としたことに

さえ気づくのは難しい。仮に気づいたとしても、通り過ぎた

地点まで戻って、落とした栗を拾うことはできないように

なっている。では、その先で新たな8個の栗を補うしかない。



困ったことに、自分が10個の栗全部持っていると思い込んで

いる(錯覚してる)場合、その先の歩みの途上に落ちている、

新たな8個の栗に気づくことなく通り過ぎてしまうのが、人の

世の常である。やがてなけなしのポケットの2個の栗も、いつ

しか底に穴が開き、落としてしまっているかもしれない。



三歩進んで二歩下がるような逆エスカレーター的歩みだが、

得た栗を立ち止まって、腰を下ろし、ゆっくり食すことができ

れば、もはや栗を落とすことはなくなるだろう(胃には落ちる)。

落とさない確信があるならば、2、3個テイクアウトし、懐に

忍ばせながら、歩みを再開するのいいだろう。



ところで、誰しも 「得た栗が毒かもしれない、はたしてお口に

合うだろうか」という懸念を抱くかもしれない。いずれにせよ、

食べてみないと分からない。栗を見ながら食べずに考えて

いても、結局食べるか食べないかの選択が残るだけだから



なぜ “栗” なのかは、ラ・フォンテーヌ曰くの 《火中の栗を

拾う》 へのオマージュということで・・・。



【教え】 自体には、決して松も竹も梅もないのだが、私たち

がそれを受け取った時、もし、いつの頃からか正当化された

憎しみを盾に、目を背けてきた何よりも大切なことが明らかに

なって、「はたして生きている間にそんなことが自分にできる

だろうか・・・」 と実感を伴い、心の底から自分に落胆する

ことができたならば、確かに栗を受け取ることができたと自信

を持っていい。



手のひらの栗はビタースウィートな味(痛み)を伴って胃の

中へ落ちてゆき、松・竹・梅のランクを越えた至極のマロン

グラッセへと変貌を遂げるだろう(ただし既に胃の中で消化

を始めてるので味わうことはできない)。



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ちはやぶる、神の残像  旅の足跡

既に幾度かの訪問がある出雲だが、自分なりに未踏の地

を幾つか感覚で選んでから、その旅程が実現するまで随分

時間を要してしまった。しかし、今回は否応なく、出雲から

続く先の行程も決まり、プラン自体が自然に整えられていっ

た流れを踏まえるなら、必然の時機だったのかもしれない。



真夜中に出発し、最初の目的地である 「熊野神社」 に

到着したのは、既に空も明るみを帯びた六時過ぎだった。

熊野神社は、奥出雲の霊峰、比婆山の南麓に鎮座する

古社である。比婆山は、神話において、イザナミノミコト

が葬られた御陵であると伝えられている場所だ。そして

熊野神社は、かつて 「比婆山大神社」 とも称されていた

ように、御山への遥拝所の役割を果たしていたと思われる。



早朝の、老木に囲まれた境内に満ちた神気は、きわめて

研ぎ澄まされており、自ずと参拝の姿勢も正された。拝殿の

裏手にご神水である湧き水が出ており、そこで身を浄めた

のち、山中へと歩みを進めた。神気はますます強くなる中、

途中、二の宮神社、三の宮神社とご挨拶し、最後に、古代

の祭祀場であり、巨大な磐座を奉った金蔵神社に立ち寄り、

そこから先は不要と、引き返した。この先には那智の滝が

あり、更に登山道を数キロ進むと、イザナミノミコトの御陵

があるとのことだが、それは次の機会に改めて訪れたい。



熊野神社から更に北上すると、スサノヲノミコトの正妻で

あった、稲田姫命ゆかりの場所が点々としており、この

奥出雲こそ彼女の故郷であったことが伺える。「稲田神社」、

「鬼神神社」、そして、「伊賀武神社」 を巡ったあと、元々、

「八重垣神社」の社殿があった跡地へ向かってみることに

した。八重垣神社と言えば、松江市に鎮座するお宮が有名

だが、奥出雲の方はその元宮と見なされており、スサノヲ

ノミコトと稲田姫命が結ばれた地であると伝えられている。



伊賀武神社から県道を少し北に進むと、分かりにくいが、

左手に八重垣神社跡の標がある。すぐ裏手から石段を

上がってゆくと、鬱蒼とした木々に囲まれた、やや開けた

場所に、石碑だけがひっそりと残されている。そこで拝礼

を始めるや否や、空間に巨大なエネルギーが降り立ち、

圧倒的な神気でその場を包んだ。「この感覚はあの時と

似ている・・・」 そう頭をよぎったのは、以前、対馬の地で

邂逅した、豊玉姫命の本体と思しきエネルギーだ。今回、

感じられたのは、あの時と性質は似ているが、やや異なる

表情を見せる稲田姫命のそれであった。束の間の閃光の

ようなわずかな邂逅のあと、そのエネルギーは一瞬で消え、

空間にも静寂が戻った。その尊い意識が沈黙のうちに語る

ことを言語化するのは至難の業だ。いずれにせよ、この不意

の出会いが今回の旅に必要不可欠だったのは確かである。



八重垣神社跡を離れ、次に向かったのは、「布須神社」。

ここは想像以上の奥深い山中にあり、それもそのはずで、

ご神体が、お宮の鎮座する御室山それ自体のため、神奈

備式と呼ばれる社殿形態をしており、山頂にあるという、

神が宿るとされる磐座を拝する場所となっている。御室山

は、言い伝えによれば、ヤマタノオロチ退治の際に、スサノ

ヲノミコトが籠って八塩折の酒を造ったとされる場所である。



この後も、二度目の訪問となる 「韓竈神社」、翌日には

「熊野大社」、「須我神社」、そして奥宮の 「八雲山」 の登拝

をもって、自分なりの出雲の地の巡礼を終えることができた。

前回がスサノヲノミコトだったとすれば、今回はその妻神で

ある稲田姫命の足跡を辿る旅だったと振り返る。旅の途中、

ずっと心にあったのは、「すべては投影であり、象徴である」

という感覚だ。<ちはやぶる> という枕詞は “神” に掛かる

が、本来は、崇敬の対象としての神々ではなく、神々として

の人に掛けられることを、数多のお宮を巡り、そこで投影と

象徴としての神の残像に触れることで再認識できた次第だ。




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