象徴に託された機能  エッセー

意図された 《象徴》 は人を惑わすだけだが、

思慮の隙間をすり抜けてきた象徴は、更に

人を惑わすが、導きの機能を果たし得る。



とはいえ、世界が象徴に隠される所以はなく、

隠されていることを好む者だけが “隠されて

いる” という現れを彼の世界観に許している。



暴くことを望む者だけが “暴かれる” 秘密を

準備しておくのを彼の世界観に課している。



象徴の担う導きの機能とは、決して対岸へ

の渡し舟ではなく、あなたを一切、先導も

扇動もしない、動かざる船頭のようなもの。



船頭の姿をしているが、船頭の働きを為さ

ない渡し守の視線が示す先を目で辿った時、

象徴に託された機能は終焉を迎えるだろう。



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【尊重】 と 【敬意】  エッセー

例えば、本当に木から何かを受け取るため

には、目の前の木だけに意識するのではない。

もし足元に花が咲いているなら、花に気づく

ことだ。花だけではなく、認識されるすべてに

一切の隔たりなく注意を払うこと。それにより

はじめて木から何かを受け取ることができる。



心からの 【尊重】 なくして、真の感謝に在る

ことはない。同じく、すべてへの 【敬意】 が

あれば、そこに判断や区別、自己主張の入る

隙間はない。木や花が何かを与えてくれるの

ではなく、木や花に何かを求めるのでもなく、

個でありながら正しく全体性を認識し、尊重と

敬意をもって、その懐に参入するということだ。



・・・といったようなことを、4.5階の一室に住んで

いる5人姉妹のお嬢さんたちから反面教師的に

教わった。一人一人、自己顕示や自己主張が

強く誰も歩み寄ろうとしないが、楽しそうに自分

のアピールをする姿は心なしか苦しそうに見える。



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性質が性質たる性質  エッセー

あなたの眼が開かれるならば、そこには無限

に拡散された多様性 diversity と同時に、無限

に収斂された特異点 singularity が映るだろう。



それらは閉じた眼には矛盾性以外の何物でも

ないが、開いた眼にはそう映らないどころか、

それが全体性 integrality と個別性 individuality

の両性質を併せながら、なおかつ、いずれの

性質も全く認められないことを認めるだろう。



本来の性質 nature とはそういうものであり、

その上でどう在るか、を選択するということだ。



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