2011/10/23

左曲がりの二十七曲がり  旅日記・散歩

朝から伏見(京都じゃなくて名古屋市内の方)へ。
昨日のWHITESNAKEのライヴに石川県からお見えだった、もみぢこさん、ぽっぽたぬさんと名古屋市科学館へプラネタリウムを見に白川公園へ。
プラネタリウムなんて、父が亡くなる前に一緒に行ったのが最後だから、四半世紀ぶりだ(笑)
大人気の施設と聞いていたので、開館の9時より早く着いたのに、
「今、600人並んでます」
と無情の声。
お二人の列車の時間もあるので、諦めて名駅へ。
1時間ほどお茶してお二人とお別れ。
前夜も日付が変わる直前までひっぱりまわしてしまいましたので、お疲れが出ないとよいのですが。
きっとまたどこかでお目にかかりましょう。

私の方は、続いて名鉄で岡崎へ。
今回の名古屋滞在で、名古屋、犬山、彦根、長浜とお城を見てきましたが、この岡崎城が、城内の資料館「家康の館」も含めて一番展示が分かりやすかったです。
素晴らしい。
この岡崎を領して現在の基礎を作ったのが田中吉政。
二十七曲がりと言われる、城下町の整備を行ったことで知られていますが、今回の探訪で、矢作川・乙川の改修を行っていたことを知りました。
近江八幡・柳川を水運の街にした吉政公。
「城の下まで船が入る」
と言われた岡崎でもその手腕を発揮していたのですね。
藤堂高虎にはようやく正当な評価の機運が高まっていますが、この田中吉政ももっと評価されてよい戦国武将だと思います。
昨日の疲れがあったので、早めに切り上げて帰ってきたのですが、次に訪れることがあれば、二十七曲がりをじっくり歩いてみたいです。
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