ミラノでアフリカン−“Leo”へ向けてのプロセス(1)  2018 "LEO"

6月末から7月頭に掛けて、1年半ぶりにミラノへ行ってきました。今回はカメルーンのダンサーと出会うことが目的の一つでした。

実は、イタリアへ行く前に東京で勅使川原三郎さんがキューバのダンスカンパニー「アコスタ・ダンサ」とコラボを行った報告会があり、そこで伺った話がとても印象に残っていて、勅使川原さんの言葉を何度も思い起こしながらミラノで過ごしていました。

「価値が保証されていないものをやる」

もうこれだけで、勅使川原さんのアーティストとしての生き方を感じさせるメッセージとして受け取りました。

私がミラノまで飛んでアフリカのダンサーと作業したからと言って、公演が企画される保証はないのですが、私にはタイミング良くこの言葉がど真ん中にあったので、そのプロセスからたくさんのイメージを獲得できました。

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事実、彼らはこれまでに出会ったアフリカのダンサーとは違う印象やスキルを持っていて、これからどう転ぶか分かりませんが、今の私のフィーリングと音に合っているなと感じました。

アフリカのダンサーというとアグレッシブでリズムに強い動きをイメージされるかもしれませんが、彼らはとてもナイーヴな一面があり、日本の『間』とは違いますが、時間と空間の使い方に柔らかなスペースを感じました。

もちろん、リズムに乗った時(オンビート)の身体の躍動感は「キターーー!」って感じで無条件に興奮します。でも、競ったらあかん!と自分に言い聞かせながら叩いていました。

まさに、”Power and Patience(パワー・アンド・ペイシェンス)”

「俺が太鼓を叩けば、女は踊る。そのうち女は遠くへ行ってしまう(トランスしてしまう)けれど、(一緒に盛り上がってはだめだ。)戻ってくるまで辛抱強く叩き続けなければいけない。」

これは私の亡き友人であり、シャーマンであるガーナのパーカッショニスト、アジャ・アディが教えてくれたメッセージですが、初めて聞いた時は、私自身が人を踊らせるほどのリズムを叩き出せなかったし、若さゆえに自己燃焼に喜びを感じていました。

太鼓は祭り。力強く、日本男児ここにあり。そして、ドヤ顔(笑)

こういったイメージは確かに保証された価値ではあります。自己燃焼系パフォーマンスは観ているお客さんが同調できれば良いのですが、太鼓の(音の)豊かさと音楽的な可能性を知れば知るほど、その狭義な解釈ではあかんなと思っていました。

もうこの迫力はどうよ!?まともにいったら足元を救われますよ💦

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ちなみにこれはドヤ顔ではありません。ドヤ顔はカメラ目線が基本(爆)チケット絶賛発売中!

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私はアフリカから太鼓におけるパワーの質を教えてもらったように思います。パワーはしなやかさであり、しなやかでないとパワーは生まれてこないと思っています。

W杯を観ても海外のプレーヤーのボールタッチが柔らかいこと。足元にスポッとボールが収まりますよね。あれは、足首を柔らかくしていないと衝撃を吸収できないと思う。専門じゃないけど・・・。

数年前におしゃれに入居者募集していたミラノの高層マンション。あっという間にモッサリしとる。これもある意味、価値が保証されていなかった!?(笑)

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