レオクラシックス、手応えあり!  22世紀に残る音

レオクラシックス京都公演にご来場いただいた皆様ありがとうございました!

人と人、人と太鼓。私のライブはコミュニケーションが基本にあるので、レオクラシックスとは言え、リハーサルを重ねて作品化されたものを発表するステージとは少し違いました。

もちろん、太鼓アンサンブルは様式美が大切な要素ですし、きちっとした音作りが似合います。なので、何度も構成を練って、アレンジを試みてきました。

そして、レオクラシックスの幕が開きました。

京都公演では、お客さんの熱を帯びた集中力をいつも以上に感じました。ライブは、観ているお客さんの良くも悪くもナチュラルな反応と相まって価値が決まります。

お客さんの熱を自分たちの音に混ぜ合わせながら、表現したい方向へもっていく。その瞬間、瞬間がとてもスリリングでした。あは、アンサンブルのメンバーはドッキドキだったと思いますが(笑)

「祝祭"ZOKU"」に出演したサスケの笑顔はお客さんだけでなく、共演者の心にも突き刺さりました。

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音の変化にどう対応していくか。それは、旅をしていて景色の変化や思いがけない出会い(人・モノ・食)によって予定していたことが変わったりするのと同じように、私はパフォーマンスをドライブさせていたように思います。

先のブログに書いたカザフスタンのフェスティバルもまさにそれ。

もう一つ、京都公演で感じた手応え。

それは、プログラム「胎動」での藤本吉利さんから私への大太鼓ソロの受け渡しでした。TOUCH(タッチ)という曲で括らせてもらいましたが、タッチとはバチや手が太鼓の皮に触れる瞬間の音。

吉利さんの大太鼓はあの気迫に圧倒されますが、私は吉利さんの音のタッチが素晴らしいと鼓童時代も当たり鉦で伴奏しながら感じていました。京都公演では、私の大太鼓を叩いてくださいましたが、そのタッチの良さは変わらず。

また、吉利さんの大太鼓は危うさがあり、切なさもあります。そこに美を感じます。

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大太鼓ソロを打ち手が変わって演奏するという演出は、体力自慢だったり、「気迫の大太鼓からいろいろな音を出す大太鼓」程度の印象で終わるリスクも覚悟の上。

全く違う色でありながら、共有した「鼓童の時間」が成した事件だったかも知れません。

大太鼓を通じて形のない音を受け継いでいく喜び。新しい音はまだまだ生まれてくると実感した自作自演の極みでした。

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さて、間近に迫った東京公演。閃きに幸あれ!

これも閃き!?お取り寄せ太鼓(笑)

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レオクラシックス東京公演のチケットはこちら。

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東京公演出演の鼓童の齊藤栄一さんとの絶妙なトークはこちら♪

京都らしいお客様。あの名曲「千里馬(ちょんりま)」を作曲された藤舎呂悦先生のご来場。懐かしい話に花が咲きました!ありがとうございました。

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