戦い続けた8月💦💦💦  22世紀に残る音

今年の夏の東京は例年のような厳しさはなく、比較的過ごしやすかったのですが、海外からの過去に例のないオファーに思い切り夏を奪われた感じです。

場所はカザフスタン。2011年にツアーしていますが、今回はひと言でいえば、アジアの歌謡ショー。会場も仕掛けも豪華でしたが、そこに関わる人々が全く状況を把握しておらず、情報も錯綜し、誰も仕切れていない現場でした。ん〜、私が海外で仕事した中でもなかなかの現場。

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そもそも、本番3週間前に取引がない海外のエージェントからのオファーなんて怪しさ満点。オファーはカザフスタンからではなくもっと際どいところからでしたが、やり取りしたメールが3週間で120通っすよ(笑)

では、なぜオファーを受けたのか。
実は、9月のレオクラシックスや今後のダンスとの創作に向けて、自分を無理くりな状況に追い込んでみたかったのかもしれません。先のモモクロとの共演も想像だけでは追いつかないエナジーと集中力が生まれてモーレツ!創作意欲を掻き立てる何か起爆剤的なもの。追い込まれたかったとも言えます。例えば、

南の島、行きて〜♪自由になりた〜い♪
そんな思いを表現したい時、実際に南の島でホヨヨ〜〜ン♪と過ごしていたら音楽なんて作れないし(笑)

でも、さすがに今回は無理くり過ぎて、レナード衛藤も一気に追い込まれました。演奏時間の大幅な縮小を余儀なくさせられたり、エージェントの間違いメールで知った別の太鼓グループの存在。しかも、共演をセッティングさせられたり・・・。

演奏せずに引き上げることも考えましたが、そこは世界53か国を旅して、さらに文化交流使で国からハンコだらけの私(笑)。共演することとなった、もう一つの太鼓グループ・打打打団には、瞬時に私から「最後に彩やらへん!?」と提案。快く受けてもらい、日本太鼓チームは主催者の要望に応える形で共演してみせたのでした。

どんな屈辱的な扱いを受けても、ステージで演奏して、そこにいる人たちに音を届けること。1950年代から60年代に掛けてアメリカで活動した箏曲家の父・衛藤公雄から受け継いだものがあるとしたら、それは存在証明なのです。そこでライブして生き様を示すこと。

でもね、これを力任せにやってはダメ。当日、めちゃくちゃな段取りで全くリハーサルができなかった私は、「俺に正確な情報をよこせ!」と桶太鼓に付けたピックアップマイクで叫んだ。

そんな私をフォローしてくれたのは現地の音響さん。今回、口パクの歌い手さんが勢揃いの中、私たち太鼓チームだけが生演奏。そんな現場で燃えていたであろう彼は、唯一、ミュージシャンとして私たちを迎えてくれていた(と思う)。

本番でもそのマイクを使ってカザフスタン語で簡単なご挨拶。でも、リバーヴの掛かったマイクでグワングワンのご挨拶になってしまいました。でも、それはそれでよし(笑)

終演後、大急ぎで空港へ向かう!(photo: 打打打団)

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実は警察が私たちのバスを先導(汗)

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さて、レオクラシックス京都公演ではカザフスタン弾丸ツアーで根性据わったメンバーに加えて、小学生を中心としたサスケのキラキラ・エナジーが融合し、炸裂することでしょう。

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アメリカかぶれのエンタテインメントはどこにもありません。わはは、もう時代遅れです。本質がどこにあるか分かっているから、安心してご来場ください。絶対に気持ち良いはず♪

しかし、なぜチケットの動きが止まっているのだ。お求めくださいませよ。

レオクラシックスのチケットはこちら。まだまだあります!

メッセージ第2弾は鼓童の齊藤栄一さんとの絶妙なトーク(^^♪

経由したソウルで打ち上げ(^^♪

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See you soon!



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