こんばんわ、劇団超人<正直に言います!>予備校主宰の魔人ハンター<1日も映画を2本も観てしまいました。だって映画の日なんですもの>ミツルギです。
歴史の第2弾です。ちょっと遠のいていたので前回の粗筋から
・・・後藤ひろひとはからほり商店街の真ん中で叫んだ。
「誰でもいい!俺の首かっ切ってみろ!」
これがIWGP構想の始まりとなった。
でしたね。その続きです。
後藤さんが書いている通り、伊藤えん魔さん、西田シャトナーさん、後藤ひろひとさんの3人が演劇界に与えた功績は大きいです。それまでの劇団って『つかこうへい』作品か『唐十郎』作品の洗礼を受けているのです。そういう時代があるのでそれが身についていたのです。「やりたい演劇」という物があったのだと思うのです(まあ、『つかこうへい』作品をやれば入るという状態だったというのはあると思いますが)。このお三方には「やりたい演劇」はなかったと思います。あったのは自分の中だけ。私は映画ファンから小劇場を観たので、このお三方の作品が受け入れやすかったのです。たぶん映画をお手本としてたのだと思います。
「映画みたいなことを生で観れるんやー!」
これが私の印象でした。
ブログリレーに後藤さんは
「ラストシーンで驚くような演出を見せるものの
肝心のストーリーがうやむやに終わるものが多かった気がします。」
と書いてます。ええ、そんなの多かったですよ。信じられないかもしれませんが。テントが開くとか大道具が崩れるとかはまだいい方でした。急に主人公が長い長い台詞を激しく話し出し、いい感じの音楽がかかり、言い終わるとピカーっとまぶしいぐらいの照明がついて終わりとかもありました。
「えー、そこで終わるんー!」
ということで驚く芝居もあったのです。やはりこのお三方は小劇場を変えたんでしょうねー。
このお三方のおかげで我々は「自由」を手に入れたと思います。テーマ(主義主張)に振り回されなくていいんだよ。ストーリーをきちんとやればいいんだよ。演劇の決まりごとなんか気にせず、本当に自由な表現を目指せばいいんだよ。と言われた気がしたのです。
が、そこからもまた難しい問題に直面することになるのです。
それは、また次の機会に・・・。

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