こんばんわ、劇団超人<正直に言います!>予備校主宰の魔人ハンター<金冠日蝕観ました?私は通勤時間、ずっと雲に隠れてました。苦情の電話はどこにかければいいんですかね?>ミツルギです。
式当日は睡眠不足と疲労でフラフラでした。それでも羽織袴をつけると気分がぐっと上がってきます。
自分で本を書きながらリハーサルに立ち会えないジレンマもありますが、そこは頼りました。頼れる人ばっかりやったし。
三千佛堂は
「ウソー!」
と言うほどの人で溢れてました。
舞い上がってしまいました。なんかフワフワとしたものを踏んでるような感覚。でも、
「誰来てんねんやろ?」
という醒めてる自分もいて、それでいて
「失敗しない!」
と自分に言い聞かせている自分もいました。
呼吸を忘れていたようです。友人たちと喋ってやっと落ち着きました。
少し経ってから披露パーティーに出席。もうスッカリ出来上がった感じの客席でした。
そこにスペル・デルフィン選手がいます。20代前半のころ、みちのくプロレスが大好きでした。
「応援せんと潰れる!」
とさえ思ってました。デルフィン選手にはファンレターも送ったことがあります。大阪から出たプロレスラーが嬉しかったのです。ほんとにファンでした。
沖縄から駆けつけてくれました。
大学の頃、落研にいた私は60本ぐらい落語会に行ってました。その半分ぐらいは桂雀三郎さんの会でした。雀三郎&小佐田定雄のコンビの創作落語は私にとって見逃せない一大イベントだったのです。
私の見出したころはまだ前髪にパーマがかかってたなー。信じられない人もいるでしょうが。歌を歌うずっと前です。
25歳のとき、創作落語『シャトル一平太 初めての冒険』で賞を取って雀さんにやってもらったのでした。
奇跡的に5月6日だけスケジュールが空いていたのです。
後藤ひろひとさんはまじで師匠です。たぶんこの人の教えが無ければ私なんて演劇をやってるわけないのです。
わざわざスケジュールを空けてくれました。
岩崎正裕さんや工藤俊作さんがやった太陽族の作品『ぼちぼちいこか』が芝居しようかどうか迷っていた私の背中を押してくれました。
田口哲さんの芝居屋さんの教室の発表会『帽子屋さんのお茶の会』で初舞台を踏みました。当時は何怒られてるか全然わからなかったなー。
隈本晃俊さんは遊気舎に客演してから、ずっと私に優しくしてくれました。一若手にもかかわらずにです。軽いボケも拾ってくれました。
わかいのぶこさんと向田倫子さんは私の作品にも参加してもらってます。この人達が参加してくれるとほっとできました。
高瀬和彦さんと上田ダイゴさんは困ったときには助けてくれる心強い友人です。ほんと心から応援してるし、力になりたいと思ってます。でも、なんかこの人らを褒める声を聞くと
「クソッ!」
と思います。私にとってライバルと言える人達なんでしょうね。向こうはどう思ってるか知れませんが。一番刺激をくれる人達です。
ニランジャン&アムビカーの両人は恩人です。プロデューサーの合田耕作さんも含めてです。私と超人予備校に自信を持たせてくれました。今回の結婚式もお膳立てしてくれたのでした。
楽市楽座と大阪新撰組は私が客演した劇団です。ほんとよく私に声をかけてくれました。遊気舎時代はそんなに客演してなかったのです。何かを評価してくれたんでしょう。ありがたいなー。
片岡雅はわざわざ関東からやってきてくれたのです。このためだけに。感謝です。
八天さんも来年の襲名で忙しいのに笛と玉すだれをやってくれました。玉すだれはちょっとムチャブリでしたけどね。八天さんも私の創作落語をやってもらってます。
舞道ダンスシアターはもう超人予備校の公演にとって欠かせないものになりました。
尾松はアシスタントで印象を残し、上別府はエア餅つきをやり(図工のないもう中学生みたいなもんです)、他の超人予備校のメンバーは裏方をやってもらいました。ミツルギ作品を支える人達です。
客席にも世話になった人、友人たち、一緒に芝居してきた人たち、などがわんさか来てくれました。
30代前半の演劇人も来てくれました。私を演劇人の友人と認めてくれたようです。私は今も現役なのです。動き続けているのです。
これだけの人、みんな来てくれました。
これまでも今もこれからも全部が見えました。
ほんと皆さん、ありがとう!感謝してもしきれません。
これにて結婚について終わらせていただきます。
追伸・・・
これも覗いてください。
にわたずみ
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