こんばんわ、劇団超人<正直に言います!>予備校主宰の魔人ハンター<水嶋ヒロと嵐の松本潤の見分けがつきません>ミツルギです。
遊劇体『海神別荘』を観ました(於・ウィングフィールド)。なんか凄いらしいというので観たのです。地味に凄かったです。
泉鏡花の戯曲に取り組んでる遊劇体の皆さん。全部やるらしいです。私は根本的に既成台本による芝居は観ないことにしてます。まあ、そこまで手を出すときりがないということと、私はどこかで面白い劇作家と仲良くなりたいという感覚があるんだと思います。泉鏡花とつれになれません。なれたとしてもなりたくないという意識が強いです。んーん、なんか気難しそう。
客席と舞台を隔てる水槽を積み上げた壁があります。こんな美術は初めてみました。
始めの20分ぐらいしんどかったです。台詞が文語なのです。そんな感じに聞こえます。それがねー、私のトラウマを攻めてくるのです。
「お前、『舞姫』途中で読むんやめたやろー!」って。・・・まあ、大したトラウマでもないですが。
この作品、大概が海の中の住人、で、地上からやってくる地上の女が一人、あとナレーター。地上の女とナレーターは生声、海の連中はなぜか声が遠いのです。それが突然、ボリュームが変わったりするのです。
ん?なんか可笑しいぞ。
始めはマイクがあるのだと思いましたが、どうやら違うとわかりました。
カンパケです。
海の連中の台詞はあらかじめ録音されていて、それに合わせて口パクをしているのです。それがわからないくらい口があっているのです。まるでほんとにそんな声だと思わせるかのように。
遊劇体の皆さんはいっこく堂にならずして、「脱いっこく堂」の境地へ行ったのです。
「あれ?声が・・・遅れないよ。」
おいおい、それ普通やん!!!でも、そんな、普通ななんでもないようなことが幸せだったと思うのです。可笑しなことを可笑しく見せるために普通にするのです。凄い努力してです。私は思いました。
「この方法やったらかまへんやん」
と。でも、全く同じタイミングでやるのって考えただけでぞっとします。
私はどうも「神の視点」で描かれた作品というものが苦手なようです。映画でも芝居でもです。宮崎駿作品も「神の視点」の強いものはあまり好きではありません。『ナウシカ』とか『もののけ姫』とかです。『ハウルの動く城』も視点が個人だったり、神になったりしてぶれるからなんだかガタガタした感じになってるのだと思います(でも、この作品はこのガタツキが魅力なんですがねー)。この芝居はあきらかに「神の視点」だと思うのですが、そんなに嫌じゃなかったです。たぶん泉鏡花は神なんだと思います。神が「神の視点」で描いても何の文句もありません。
えー、台詞は忘れましたが、確かこんな台詞があったような気がします。
「海に住む者は嘆かない。」
嘆いてばかりいる女に言うのです。が、なかなか地上の未練を断ち切れないのです。で、地上に戻ってみたものは・・・。戻ってきた女は死を覚悟するのです。そのとき、その女の声が「遠い」声になるのです。
死を覚悟したら嘆かない状態にやっとなれたのです。なんか地上に住んでいる我々はいかに嘆く生き物なのかと思わされました。
これが私の解釈なのですが、違うかもしれません。でも、あの一瞬のためにこの声の手法があったのです。この瞬間、私は話しに引き込まれていたのだとわかりました。ドキッとしてホッとしたのです。そして、ハッピーエンドへと突き進むのです。
敷居は高い感じだったのに、かなり楽しめました。大人の楽しみというべきでしょうか?古い作品を紐解く楽しさ以上に今の演劇人のいたづら心(あえてそう言わせていただきます)に酔いしれました。やっぱり凄いぜ!

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