東出門市場の喧騒
朝になった。
私は、ラブホテルに、今夜のキャンセルを告げた。
すると、何事もなかったように、ただ1泊分だけ料金で済んでしまった。
その足で、夕べ見つけたビジネスホテルに行った。
まだチェックインには早すぎるので、荷物だけを預かってもらって、身軽になった私は、東出門市場へと向かった。
その途中、ミョンドンを歩いている時に、なぜだろうか、登山用品店が目に留まった。
そういえば、コンロを買ってきてくれと社員の一人に頼まれていた野を思い出したのだ。
なんでも、日本の卓上式コンロのガスボンを装着することができる、アダプターがあるのだそうだ。
こいつがあれば、高い山用の交換式のガスボンベを買う必要がない。
しかも卓上式コンロ用のガスボンベはコンビにでも買えるし、しかも値段が5分の1もしないだろう。
1個300円ほどだったが、私の目にはさらに優れたものが目に付いた。
なんと、そのガスボンベをダイレクト装着して、使えるキャンプ用のコンロが1000円ほどで売ってあるではないか。
なべを置く五徳があり、足が3本ついており、装着したガスボンベは4本目のあしとなり、よりコンロを安定させることができるのだ。
これさえあれば、コールマンなどの重く、高いホワイトガソリンなどを買う必要がない。重さは、小型のビールジョッキよりも軽く、大きさは手のひらに包み込まれるほどにコンパクトなものだった。
現在は日本でも売られてると思うが、20年近くも前には、消防法とかなんとか、あるいは、高級品を守るために、日本では販売禁止だったのである。
まったく、くだらないことばかりにいらぬ」知恵を働かせる、日本の政治である。
東出門市場は、南出門市場と2分するソウルの大市場だった。昔、ここにあったお城の広場の門に繋がる、門前町が発展したものなのだろう。
とにかく人だらけだった。アメ横のそれよりひどい。
そうかんじるのは、反乱するハングル文字と、飛び交うハングル語、それに朝鮮料理独特の臭いのせいなのだろう。
現在、「韓流」とかで中年のお姉さん方に大人気のようであるが、彼女らはこの中で、正気でいられたのだろうか?
いろんな食堂や、調味料屋が立ち並び、一番凄いのは衣料品屋だった。
中でも、うさん臭いのが革製品である。
もともと見る目がない私であったが、スペインや、イタリアのそれとは革の質が違ったし、ベルリンのものとは、その質も価格も全然違うものだった。
だが、おみやげだ。
これらを使う(社員にあげるつもりである)やつらに価値などわかるはずがない。
私は、いろんな店で値切りまくり、革ジャンを3枚買った。
それに一番いいのは、Tシャツである。
私はどこにいっても、Tシャツをお土産にする。
下着にしてもいいわけだし、雑巾にされても構わない。
いちおう、タイならタイの雰囲気があり、ハワイであればそれなりの柄になる。
なにしろ、5枚、10枚と買えば、半額ほどに下げてくれる。
かさばることはかさばるが、20枚買ってもシワなど気にする必要もなく、1枚200円を切るまで交渉し、売ってある柄のほとんどを買い込んだ。
あとで、洋服屋の飲み仲間が、「500枚ほど頼めばよかったよ」と悔やんでいたが・・・1万円で仕入れて、安くても1枚500円で売れるから、5万円から20万円で売れるのだそうだ・・・そうと知っていれば、私がやった。
その後、ベトナム雑貨とかも流行ったが、似たようなものなのだろう。
さて、私は青磁器、一輪挿しの花瓶をふたつと、コーヒーカップを2セット探し歩いた。
もう、写真を撮るとか、そういう余裕はない」。人だらけで、すられないように、カメラを強引に盗まれないように、それだけで精一杯だった。
いろんな骨董品屋を回り、嫁さんの両親にもあげねばならぬので、箱入りの結構、値が張るものを探したつもりである。
コーヒーカップの1セットと、山用のコンロだけが私へのお土産であるが、朝から晩まで、くたびれて、ビジネスホテルに戻った。
昼に、屋台のチジミとかいうお好み焼きと、おでんみたいなのでビールを飲んだっきりで、もうくたくただったが、ホテルでシャワーを浴びたら、またまた夜の街にのみに出かけるのだ。
今夜は、石焼ビビンバを食べてみよう。

もう、ハングル文字にはすっかり疲れてしまった。わずか1週間で覚えた文字であったが、読めるけど。意味がわからない。数字と、適当な言葉だけがよかったかなあ・・・
ハングルは、私にとってはタイ語やドイツ語、英語よりはるかに簡単そうに思えたが。
さあ明日は日本である。
なんだか、ひどく疲れた1週間だったように思える。
この項、終り。

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